第14話 模擬戦の申込み
生徒の実力を見るには、訓練場以外にもう1つ方法がある。
それは模擬戦である。
だが、新入生の実力を見るのに模擬戦を行ったと言う事は今までにない。
「ハルト先生、それ本当に言ってるの? しかも、最上級生の3年生相手って……冗談でしょ?」
「いいえ、冗談じゃないですよミイナ先輩」
するとミイナは、周囲をキョロキョロと見てから俺の方に近付いて来た。
「ちょっとハルト、貴方何を言ってるか分かってるの? そんな事今までにないし、模擬戦で実力見る事自体異例だから、受けてくれる人もいないでしょ。ましてや3年生なんて担当教員が許可を出さないでしょ」
「ミイナ先輩。俺は適当な事を言ってるんじゃないんですよ。既にある程度の力は見てるんですよ、担当生徒の」
俺の言葉にミイナは軽く首を傾げた。
嘘は言っていない、そもそもエリスは昔教えていたし、ある程度の力は予想できる。
デイビッドに関しては、入学初日に2年生と喧嘩しているのも見ているし、ノーラスも見学に行った訓練場である程度の力を見ている。
だから、今更訓練場で分かり切った力を見る必要はない。
なら次に見るのは、実戦的な場での力だ。
あの3人の力が実戦、しかも自分達より実力も経験も上の相手に対してどれだけ発揮できるかを見る。
そこで発揮できた力が、本当の実力だと俺は考えている。
訓練と実戦では気持ちの持ちようが違う。
だから、いくら訓練で凄い力を使えようが雰囲気や場所、状況が違う場所でも同じ力が出せなけば全く意味がない。
俺はそれをエリスに伝えると、エリスは「なるほど」と呟いて頷ていた。
確かに少し強引で、俺の考えの押し付けかもしれない。
だけど、この方があの3人のモチベーションも変わるし、何よりデイビッドは絶対に賛成してくると思っているからこの方法を考えた。
現状、あのチームはエリスかデイビッドの意見で方向性が決まる雰囲気だ。
なによりデイビッドの性格からして、実力を見せつけたいと言う思いに沿ってるし、エリスも普通に訓練場で力を見せるより実戦と言う方がやる気は出るし、反対はしないだろ。
まぁ、ノーラスには少し気持ち的に重いし、悪いと思うが君の力も実戦の場でどう出るか見ておきたいから、許してくれ。
俺は心の中でノーラスに対してだけ謝った。
「言っている事は分からなくないけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫って、何がですか?」
「生徒の方もそうだけど、何より引き受けてくれる相手よ」
「あ、そっちですか。そっちは大丈夫ですよ。もう相手は決めてるんで」
「そっちって……それで、一応相手は誰をするつもりなの?」
するとそこでタイミングよく、教員室に1人の教員が入って来た。
それを見た俺は、エリスに「あの人ですよ」と言うと、エリスはその方を見て言葉を失った。
「実戦で力を見るには、うってつけだと思いませんか?」
「いやいやいや、ちょっとハルト! 貴方誰とやろうとしているか分かっているの?」
エリスは急に俺の両腕を掴んで来て、揺さぶりながら慌てたように問いかけて来た。
「分かってますよ。現3年生で最優秀生徒を持つ、ドラバルド先生ですよね」
ドラバルド――教員として20年目の大先輩であり、これまで数々の優秀な生徒を卒業させてきたこの学院で最も優秀な教員。
現に、今担当している3年生も3年生内で最優秀な成績を残しており、ドラバルド先生が担当になった生徒は成功が約束されているとまで言われるほどだ。
御年43歳になるが、日々体を鍛えている為衰えなど感じさせない体格に、ダンディな雰囲気もある事から女子生徒にも男子生徒にも人気の教員である。
本人はそれを鼻にかける様子は一切なく、一教員として生徒達と接していたり取り組みもしている姿から、教員達からも一目置かれている存在であった。
「そんな人に、模擬戦を申し込むつもり?」
「はい。あの人以外に、ピッタリの人はいませんからね。それに、何となくですけど引き受けてくれる気がするんですよ」
「どこから出て来るのよ、その自信は」
「それじゃ早速お願いしてきます」
俺はミイナにそう言って、席から立ち上がってドラバルドの方へ歩き出した。
「ちょ、ちょっとハルト先……もう、一度決めたら全然曲げない所、昔から変わらないわね、ハルト」
ミイナは、俺の後ろ姿を少し心配そうに見つめていた。
そして俺がドラバルドの方へと向かっていると分かった教員達も、こそこそと話し始めた。
「おい見ろ、ハルトのやつドラバルドさんに話し掛けに行くつもりだぞ」
「どうせ相手にされないだろ。いい笑い者だ」
「お前みたいな奴が、話し掛けていい人じゃねぇっつうの」
「つうか、俺達みたいな者や実績を持ってる先生達ですら、ドラバルドさんに近付く事が恐れ多くて行かねのに、あいつ空気すら読めねぇのかよ」
そんなこそこそ話が俺には聞こえて来たが、そんなの一々気にせずに俺は一直線にドラバルドへと近付いて声を掛けた。
「ドラバルド先生、おはようございます」
するとドラバルドは、俺の方に視線を向けて来てから暫く沈黙した後「おはよう」と返して来た。
「あの、今お時間いいですか?」
「……何か用かな、ハルト先生」
ドラバルドがそう返事した事に、他の一部の教員達は少しざわついた。
「おいおいマジかよ。ドラバルドさんが、あのハルトと話してやがる」
「ドラバルドさんの、あの威厳ある雰囲気に気圧されないなんて、あいつまさかそれも分からない程に鈍い奴なんじゃ……」
いや、お前ら俺をどんだけ変な奴だと思ってるんだよ。
どんな人だろうが普通に挨拶して、話し掛けれたら無視しないだろ。
ましてや、こんな凄いと思われる先生なら尚更だろうが。
まぁ、確かにこの威厳あるオーラと言うか凄さ的な雰囲気を感じなくはないけど。
俺は少しだけ間を空けてから、再び口を開いた。
「ドラバルド先生、突然のお願いになってしまうんですけど、私の担当生徒とドラバルド先生の担当生徒で模擬戦をしていただけませんか?」
その発言に、教員室の教員達は一斉に俺の方を向いて来て、教員室は静まり返った。
えっ、何? 何でこんな静かになるの?
俺は想像もしてなかった状況に、少し驚いているとドラバルドが話し始めた。
「模擬戦……確か、ハルト先生は今年から新入生を担当するんでしたよね? それで急に模擬戦とは、どう言った意図があるのですか? 基本的には、新入生は訓練所で実力を見てから担当教員がそれぞれの生徒を理解し、教育してから実戦的な模擬戦を行うはずですが」
「ドラバルド先生の言う通りです。ですが、私としては現担当生徒達のある程度の実力は把握した上で、実戦的な模擬戦と言う環境での実力を見たいのです」
「ほぅ、昨日初めて会った新入生の力を既に把握していると。ハルト先生は、1日だけで初めて会った生徒の力を見抜けるとは、素晴らしい目をお持ちだ」
すると、後方の方でくすくすと他の教員達が笑っている声が聞こえた。
「それで、どうして私に模擬戦を申し込んで来たのですか? 模擬戦ならば、私の担当生徒でなくてもいいと思いますが? いきなり新入生に3年生を当てても意味がないと思いますが」
「いえ、そんな事ないですよ。こちらはこの学院で最優秀と呼ばれる生徒に挑めて、そちらの生徒も今年の新入生の凄さをしてると言うメリットがあります」
「話を聞く分だと、メリットがあるのはそちらだけだと思いますが?」
「そんな事ないですよ、3年生が新入生相手に模擬戦となれば負けれませんし、周囲からの目もありますしあまり体験出来ない緊張感を味わえて、いい経験になると思いますけど?」
それを聞いたドラバルドは、そのままじっと俺の事を見つめたまま黙っていた。
「おい、あの言い方だとハルトの奴、ドラバルドさんの担当生徒に勝てるとか思ってないか?」
「ないない。新入生が3年のしかもドラバルドさんが担当する生徒に勝てる訳ないだろ。もし、そんな事思ってるなら、あいつは教員なんて向いてねぇよ」
他の教員達は小声で、俺がドラバルドに宣戦布告している様に映ったのかそんな事を話していた。
「ハルト先生。貴方は、自身で言っている事は今までにない事だと理解していますか?」
「えぇ、もちろんです。前例がないからと言って、やってはいけないと言うルールはないですよね?」
「っ……ふっ、確かにその通りです。分かりました、ハルト先生貴方との模擬戦を受けましょう」
まさかのドラバルドからの承認発言に、再び教員室に衝撃が走る。
「ありがとうございます、ドラバルド先生。では、もう既に場所と日付けはいくつかとっていますので、どの日がいいですか?」
「おや、仕事が早いですね。もしかして、私に言う前に私が受けると踏んで先に行動してましたか?」
「いえいえ、そんな事ないですよ。ダメな時に、生徒と運動でもしようかと考えてとっていただけですよ」
「そうでしたか」
その後、俺はドラバルドと模擬戦の日程を話し、模擬戦日が明後日に決まった。
そんな光景を他の教員達は、ただ黙って驚いた表情で見つめて来ていた。
するとそこでチャイムが鳴り響いたので、教員達は我に返り教材などを手にして急ぎ足で教員室を出て行った。
「それでは、私も失礼します。急なお願いを聞き入れて頂きありがとうございます。それでは、模擬戦楽しみにしています」
俺はドラバルドにお礼を言ってから、一礼して教員室を後にした。
ドラバルドは何も言わず、そのまま自席へと進み席についた。
それを残っていた教員達が横目で見ていたが、すぐに視線を外して自分の作業へと戻った。
「(ハルト・ヴェント……まさか、模擬戦を挑んで来るとは。今までにない教育方針で別の意味で目立っていたが、まさか新入生相手に3年生との模擬戦とはね……)」
するとドラバルドは机の上に置いていたノートの表紙を、片手で握り潰した。
「(そんな間違った思想を持っている奴が、まだいたとはね。それは間違った教育方針だと、私が教えてやらねばな)」
ドラバルドはその直後、机下の荷物棚に視線を向けて手を伸ばそうとしたが、途中でその手を止めた。
そして、伸ばした手を戻して握りつぶしてしまったノートの後片付けをし始めるのだった。
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