最強魔女の弟子、300年後に転生し師匠の娘を弟子にする
属-金閣
第1話 二度目の人生と赤髪の少女
「う~ん。改めて300年後の世界は平和だな~」
ある青年は芝生に座り込み大木に寄りかかりながら、大きく背伸びをする。
膝の上には家から持って来た日記を乗せていた。
背伸びを終えた青年は日記を開き、最初のページから自身のこれまでを振り返り始めた。
青年の今の名前は、ハルト・ヴェント。十五歳。
先に伝えておくが、今の彼の人生は二度目である。一度目は300年前の世界でグレイ・メイスキーとして人生を歩むも十五の時、ある事故で若くして死んでしまった。
が、その際偶然手にした転生の書によって今の時代に転生していた。
前世では捨て子であったハルトだが、師匠に拾われ育ての親とし成長しつつ共に旅をしながら厳しくも裕福ではなかったが楽しく生きていた。
しかし、転生した今の生活は前世に比べて断然裕福であった。
時代も関係しているが、両親は優しく時には厳しく接してくれ、衣食住の不安もなく、ご近所付き合いも多く平和な村である。更には、教育も受けさせてもらえ今では近くの有名魔法学院に特待生として通っている程順風満帆な生活を送っていた。
「前世では師匠に地獄の様に色々と叩き込まれていたことが、まさか運よくこの現代で使えたのが功を制してるよな。学院でも特待生として通えているのも、師匠のお陰です」
ハルトは育ての親である師匠への感謝を忘れず日記の次のページをめくる。
前世での師匠かつ育ての親の名はシーマ・メイスキー。
300年前の時代では『色彩の魔女』と呼ばれていた者であり、世界の均衡を守る五人の始まりの魔女と呼ばれた一人であった。
魔女とは、その時代の世界最高の魔法使いかつ最高戦力として認められた者が敬意を込めて呼ばれる名である。それはもちろん300年後の現代でも変わらず残っている。
つまり、ハルトは300年前世界最高の魔法使いの弟子として鍛えられ、その知識と力を有しているのだ。
「特待生になれたのもそのお陰だな。でも、別に目立ちたい訳でも最強になりたいとか、ちやほやされたいとかじゃないんだよな。たしかに考えはしたよ。俺って男だし、それくらいのことは考えたけど……あんな死に方しておいてそれをしようとは思えなかったんだよな」
ハルトの前世の死に方はあまりにもあっけなく、油断していた自分が招いた死でもあった。
十五歳の時、シーマと共に街道の荒くれ者掃除の仕事依頼を受けた時であった。いつも通り二人で依頼を達成したのだが、残党が逃げそれを追おうとしたが巻き込まれた商人がその時いたのだ。
シーマは深追いせず戻る提案をしたが、ハルトは自分に任せ残党を倒して来ていいと伝えたのだ。
見逃せば今回の様な人が増えてしまう。同じ目に遭う人を減らすべきだと善意の気持ちで提案したのであった。シーマは一度は断るも、もうハルトも子供ではないし力もあるからと思い、そこで別行動をとったのであった。
だが、それが運命の分かれ道となった。
その後茂みに隠れていた残党が、背後からハルトを切りつけたのである。しかもその時使用した相手の剣には猛毒が塗られていたのだ。
斬られたハルトはそのまま地面に倒れてしまい、全く身動きも取れず声さえ出ない状態となる。その後残党は商人も斬って逃走するのだった。
ハルトは周囲の警戒を怠っており、猛毒の影響で身体も動かず、治癒の魔法すら使えずゆっくりと苦しんで死んでしまったのだ。
「あの後、師匠が俺のことを見つけた事を今でも考えると、とても胸が苦しくなる。俺はなんて親不孝な奴なんだ……300年経った今でもあの時の自分の甘さが憎い。一日でもあの後悔を忘れたことなんてあるもんか……」
日記の恥を強く握りしめるハルト。
「だから、運よく手にしたこの二度目の人生では、親不孝などせず絶対にあのような事がない様にまずは学院を優秀者で卒業する。その後はしっかりした就職先で働いて、最後には村に帰って来て末永く暮らして行こうと決めている」
シーマに辛い思いをさせたことを悔やみきれず、代わりと言ってはなんだが今の両親に恩返しつつ自身の後悔をなくそうと思っていたのである。
そのため前世から引き継いだ力は、この世界ではむやみに見せびらかす様にはつかわず自分が目指す未来に近付けるように使用すると決めたのであった。
そのためハルトは、一般的な学院生よりも少し出来る程度の力しか使っていない。
「とは言っても、最初から前世の力を完全に引き出せたわけじゃないんだよな。身体作りをしっかりした上で鍛え、自身に宿る魔力量も徐々に増しつつ、試行錯誤の上でやっとこの体で使えるようになったんだよな。あの日々は大変だった」
ここ十年程を、ハルトはしみじみと思い出す。
現在のハルトは前世の力が使えるといっても十割ではない。現状まだ八割に過ぎない。
身体の成長期と魔力量の向上で二十歳過ぎには完全に取り戻せると想定していた。しかしながらハルトは今も体は鍛え続けており、知識も昔だけのものだけなく現代の知識も多く学び更新し続けているのであった。
「そう言えば、学院では特待生と言っても、今の俺より優れてる奴は多いし魔法も同年代にしては凄いもの使う奴もいるんだよな」
前世の知識だからといって全てに万能ではない。今の世界にはより優れた者が多くいるし、この時代の魔女もいる。もしかしたら、今持ち合わせている知識と現代まで進化を遂げた知識を混ぜ合わせれば頂点もとれるかもしれない。
しかしハルトはそこへの興味はもうなかった。
ただ漠然とした目標の為に日々を生きているのだ。
悪く言ってしまうと、二度目の人生としての新たな夢や目標がないのである。
今持っている目標は前世の後悔を晴らす為だけのものなのだ。
前世では師匠と肩を並べる事を目標とし日々鍛錬し、仕事にも同行していた。が、今やその師匠もおらず、強くなる理由もなくなってしまった。
ただ今は力を万全にする為だけに鍛え続け、親を悲しませないように平和的に幸せに暮らせて行ければいいと考え日々を過ごしている。
「さてと、そろそろ家に帰るか。たまには部屋の掃除でもしようかね。昔内緒で買った本でも売ってしまうかな」
ハルトは日記を閉じ立ち上がると、軽く背伸びをし帰途についた。
その道中で数人の子供が、同い年位の少女に向かって笑いながら小石を投げている現場を目撃する。
子供のじゃれ合いか? いや、雰囲気がそんなんじゃないな。
これはたぶん……いじめだな。
見た限り、小石を投げている子供たちの方は男子だけではなく女子も混じっており、ターゲットにされている少女が物珍しい赤髪をしていた事が原因じゃないかとすぐに推測出来た。
この世界では色々な髪の色の者がいるが、何故か赤髪の者はほとんどおらず、ある所では悪魔付きとまで言われる所がある。
子供の事だ、たぶん珍しがってやっているだろうが、それはいい事ではない。
かと言ってここで割って入って彼女を救った所で、また俺が居ない時に彼女はいじめられるだろう。
もし助けるのだとしたら、それはある意味責任を持って助けなければならない。
これは前世の師匠の言葉だ。
その時だけの優しさやお節介、助けた後の達成感の為だけにやるのは、問題の解決にはならないし相手の為にもならない。
要はその場しのぎにしかならならず、結果的には元に戻るもしくは悪化するだけだ。
師匠は、やるならばとことんやれと言うタイプであった。途中で投げ捨てるな、見放すな、関わるなら最後までやり切る覚悟を持てないなら関わるなと教えられてきた。
なので自分で責任を持てない事はやらない、関わらないと決めている。
そのため、いじめの現場を見てもハルトは彼女を責任を持って助ける事は出来ない、面倒を見ることはできないと思い、残酷ではあるが見なかったことにして引き返そうとした時だった。
「おい、あいつを魔法の標的にしようぜ! あいつ頑丈そうだし」
「おぉ~いいね! いいアイデアじゃん! それじゃ早速俺から行かせてもらうぜ!」
ハルトは背後から微力ではあるが魔力を感じ振り返ると、先程の子供が赤髪の少女に向けて下級の炎魔法を放とうとしている所が目に入る。
それを見てハルトは考えるよりも先に体が動いてしまう。
少年が放った下級の炎魔法が赤髪の少女の顔に直撃する寸前で、ハルトが放った下級の水魔法が赤髪の少女の前に割って入り魔法を相殺した。
「な、何だ!?」
「皆あいつよ!」
「何割り込んで来てんだよ! お前誰だよ!」
おいおい、今どきの子供はこんなに口が悪いのか? 少し怖いんですけど……
「君たち、一方的に弱ってる人に魔法を放つのは良くないんじゃないかな~」
「はぁ? てめぇに関係あんのかよ」
っ……それを言われると言い返しようがないが、もう手を出してしまっただから何とかしないとな……あ~何してるんだ俺は。
自身の考えと矛盾している行動に嫌気が差し、ハルトは小さくため息をつき子供たちの方を見つめた。
「関係あるに決まってるだろ」
「おいおい皆聞いたかよ。この兄ちゃん、あいつの関係者だってよ」
「うわ~マジで? 見るからに通り掛かって人じゃん。もしかして、あいつを助けて俺カッコいいとか思おうとしてるんじゃない?」
「それありえるわ。そしたらこいつダッサ。全然カッコよくもないっつうの」
子供たちは勝手にハルトを貶す事を口にしながらあざけ笑った。
はぁ~……やっぱ関わるんじゃなかった。
「で、兄ちゃんはそこの奴とどう言う関係なのさ?」
ニヤつきながら子供が問いかけてくると、ハルト小さく深呼吸してから口を開いた。
「この子は、俺の弟子なんだよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~やっと帰って行った……」
ハルトはため息をつきながらは近くの芝生に倒れ込んだ。
「あ、あの……」
そう声を掛けて来たのは、先程矛盾行動で反射的に助けてしまった赤髪の少女である。あの後、赤髪の少女の師匠であると告げた後、子供たちに思いっきり笑われた。だが、適当に様々な魔法で動物を創りだし操る姿を見せると、子供たちは手の平を直ぐに返し釘付けになった。
ハルトはあの場を子供が食い付きそうな事をしていじめを納めたのだ。
その作戦は上手くいったが、想定外にいじめっ子たちがしつこくやり方を聞かれ続けたので、何となくそれっぽい事を教えることで解放してくれひとまず赤髪の少女を連れてその場を離れ今に至る。
いや~マジで今の子供って色んな意味で怖いわ……むやみに関わるには金輪際なしだな、うん。絶対に止めよう。
「あの、お兄さん……」
「あっごめん。え~と、君は」
ハルトは赤髪の少女に声を掛けられていた事を思い出し、直ぐに起き上がり胡坐をして彼女の目線に合わせた。
「私の名前はエリスです。……その、助けてくれてありがとうございます」
エリスはハルトに礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
自身より幼いのにやけに礼儀正しいなと、関心してしまうハルトだったが直ぐにエリスの頭を上げさせた。
その後軽く話を聞いた所、エリスは六歳であり推測通り赤髪の事でいじめられていたと分かった。いつもは髪を隠すために帽子を付けているのだが、今日は運悪く風で飛ばされてしまい更にそこにあの子供たちが現れたらしい。
「そ、それでは私はこれで帰ります。ハルトさん、ありがとうございました」
そう言ってエリスは二度目のお辞儀をし帰ろうとしたが、ハルトはエリスを呼び止めこちらに手招きする。
ハルトは咄嗟にだが彼女を救ってしまった。
と言う事は、自分のこれまでのルールに従うならこのまま彼女を返して終わりという訳にはいかないのだ。
別に前世で教えられた師匠の言葉を守る必要はないと他人は言うかもしれないが、ハルトにとって師匠であり親でもあり目標として尊敬していた人だからこそ、ハルトは師匠から教わった事に背きたくないのであった。
「エリス。俺は今日君を偶然助けて、更には彼らに君の師匠とまで嘘をついてしまった」
「は、はあ……」
突然語りだしたハルトにエリスは少し困惑した表情で首を傾げる。
「嘘とは言え師弟関係を公言したからには、これから君には俺の弟子になってもらう。そして、彼らからいじめられない様になってもらう必要がある」
「……えっ」
「ここで君とさよならしたら、また君は彼らかまた別の人に髪の事でいじめられるだろう。そして君はそれが当然かの様に受け入れるし、この先もその髪を隠して生きて行くんじゃないか?」
「そ、そんなの分からないですよ……」
そりゃそうか。
六歳の子供にそんな先の話をしても分からないし、そんな事を考えたりはしない。
でも責任を持っていくとなれば、この先エリスには何か対抗できる手段や知恵を身に付けるべきだ。それがこの先、絶対彼女の役に立つはずだ。
知識や力は自己肯定にもなるだろうし、選択できる未来は増やせた方がいい。
などとハルトが考えているとエリスが恐る恐る声を掛けて来た。
「……あの、何かよく今の話は分からないですけど、ハルトさんの弟子になったらさっき見せてくれた動物を創れたり出来るんですか?」
「えっ、さっきの?」
エリスは目を輝かせながら少し近寄る。
「まぁ、そうだな。頑張れば出来ると思――」
「それじゃなります! 私ハルトさんの弟子になります!」
「ちょ、ちょっと待って。俺が言っておいてあれだけど、そんな簡単に決めちゃうの? 今日会ったばかりだし、その、ほら知らない人の訳だしさ」
「? たしかにそうですけど、ハルトさんは私を助けてくれたいい人じゃないですか。ほとんどの人は見て見ぬフリをしますし。それにさっきのアレが私も出来たら、もしかしたら彼らにこの先この髪でいじられる事もないじゃないですか」
ハルトはエリスの言葉に目を丸くした。
エリスは思っていたより強い子であり、ハルトが思っていた様な子ではないと分かり、勝手に決めつけるのはよくないな反省をする。
さっきの光景を見て、自分と同じ事をすればいじめられないと知ったからか? いや好奇心という一面の方が自然か。偶然かもしれないが、自分から状況を変えようと行動するのは凄いな。
「ハルトさん? ん? ハルトさーん」
「よし、エリスがそこまでやる気があると分かれば、明日から早速特訓だ!」
「おー! よろしくお願いします、師匠!」
「し、師匠か。何か変な感じだな……」
こうしてハルトとエリスは本当の師弟関係となり、翌日からエリスに魔法を教える特訓の日々が始まった。
だが、この時ハルトは思いもしていなかった。
エリスと出会い、師弟関係を結んだことで思いもよらない運命の再開、更には将来をも左右する事になろうとは。
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