第3話 転がる気持ち、ショコ・ラの行方
にんまりと頬を緩ませる茉朝に見守られながら、私は校内テラスのテーブルに突っ伏すしかなかった。週明け、二人で過ごすバレンタインはどうだった、などと捕まり洗いざらい喋らされたのだ。
日曜日は大変だった。メレンゲを作ってる段階から家にやって来て、冷ましてる間も机の回りをグルグル回って、燈くんのハイテンションはいつもの比ではなかったように思う。そろそろ毎年恒例なんだから、そこまで喜ばなくても。
「いや、私がもうあげないって言った後だから余計かもしれないんだけど。なんなの可愛すぎるでしょ……」
「おお、さすがの宵子も恋に落ちたぁ?」
「違うの。可愛くて、可愛くて、この気持ちは……母性なんじゃないかって思うの……」
「……あっはっは、たかが七つ差で息子扱い。アカリ君マジでおっつー」
茉朝がわざとらしく肩を揺らした。楽しそうにしてくれちゃって。一度落ち着こうとココアの入ったマグを手に取ったけれど、まだ熱くて飲めそうもない。冷ますために吹き掛けた息は、唇をすぼめていたのになぜか溜め息みたいになった。
私だって、なにも本当に息子のように感じたわけじゃないのだ。そうでも言わないとこの気持ちの説明がつかないだけ。
「……燈くんにとっては本気で恋のつもりなんだってわかっちゃったらさ。子供の言うこととは思いつつ、そういう意味だって意識しちゃうと、急に恥ずかしくもあって」
「ふぅん?」
「悪い気はしない、っていうの? なんかこう、恋だって思わせてあげたいというか……恋だと思われてたい、かも」
うまく言えないんだけど。そう言葉を濁しながら、特に意味もなくニットの裾を摘まんで、離した。本当に意味のない動作。こうでもしないと手元が落ち着かない。
「案外、転がされてんのは宵子の方かもしんないねぇ」
「私って年下に弱かったのかしら……?」
好みのタイプは、もちろん年上。でもそれは恋愛においての話だ。燈くんはそういうのと違う……なら、単純に年下から甘えられるのに弱いということなのか。自分でもよくわからずに首を傾げてしまった。
「例えば。ウチの弟がキラキラしたお目々で好きだよって告白してきたら、どーお? 同じ年下だよぉ」
「え、ごめんなさいって断るよ。他にある?」
ひゃはっ、と声をあげて笑われた。猫のような目は、細めるとますます猫っぽく見える。いたずらな顔をしたまま、茉朝は使わなかったらしいガムシロップをネイルの綺麗な指先で弾いた。
くるくる、ころん。私に向かって転がってくる。小さくて甘い、それはまるで燈くん。大好きって飛び跳ねる可愛い存在。
ガムシロップはそのまま、私の前に置かれたモンブランの皿にぶつかって止まった。
「ホント、宵子たちをモデルに一本書いちゃおうかねぇ。その場合いいタイトルは……宵子、しょーこ、しょこちゃん。チョコレート、バレンタイン。あかり、ひかり、照明、ライト……む、それだぁ!」
普段のゆったりした動きが嘘みたいに、勢いよく手帳を取り出して何かを書き付ける茉朝。一度にったり笑ってから、くるりと私の方へ回した。
「ショコ・ラな関係?」
「間の点がミソなわけよ。女だけど宵子が年上だから、上扱いねぇ。そんでもって続編に当たるのが……」
ショコ×ラな関係。走り書きされた文字を目で追って、だけどよく理解できなかった。ショコ、かける、ラ?
「それ、私たちのことなの? というか最初のと何が違うの?」
「んふふ。覚えてないなら、いいよぉ。でもいつかショコ×ラになってねぇ」
「え、え、なあに? どういうこと茉朝、なんで笑うの」
ココアの湯気が揺れる。何のことか思い出せずに慌てる私の視線も、揺れる。その先に映ったモンブランの栗色が、燈くんの柔らかい髪の毛みたいだと不意に思った。
──いつまで君は、私の可愛い燈くんでいてくれる?
ガトーショコラのように、甘くほろ苦く、心の隅で響く声。そんな悪い自分を消したくて、私はそっと耳を塞いだ。
ショコ・ラな関係 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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