第1話『だが男だ』

椿つばき、君には潤いが足りない」

「へ?」


 時は放課後。

 つい今しがた終わったホームルームを今か今かと待ち構えていたクラスメイト達が次々と教室から退出していく。

 残るは談笑している男子、女子たち。

 二年生になって一ヵ月が経った今となってはもう見慣れた光景。

 そんな代わり映えのしないいつもの日常の一幕だった――はずなのだが。


「いきなりどうしたのさ正義せいぎ?」


 僕は声をかけてきたクラスメイトへと声を返す。


 東堂とうどう正義せいぎ


 この世界が何かの間違いか奇跡で生んだ、超絶万能人間だ。

 成績優秀。容姿端麗。スポーツ万能とどこに出してもおかしくない万能な男。

 しかもそれを鼻にかけないという性格の良さ。まさに冗談のような存在だ。

 頑張って欠点を上げるとすればそれはよく行方をくらませることくらいだろうか?


「ああ、すまない。少し性急にすぎたね」


 正義はその銀髪の前髪を弄りながら苦笑する。そんな姿すらサマになっているのだから凄い。神は二物を与えずとかいうけれど、この男には二物どころか百物くらい与えてるんじゃなかろうか?


「椿。僕は君にもっと日々を楽しく生きて欲しいんだ。その為に僕は君をある部活動に招待しようと思う」

「ごめん正義。言葉を選んでいるつもりなのかもしれないけど、何を言っているのか全然分からないよ」

「君をある部活動に招待しようと思う」

「おっと、さては聞いていないな貴様」


 ニッコリと笑みを浮かべる正義。何を企んでいるのかは知らないがこれ以上話すつもりはないらしい。

 となると……答えは決まった。


「だが断る」

「君をある部活動に招待しようと思う」

「それでも断る」

「君をある部活動に招待しようと思う」

「めがっさ断る」

「君をある部活動に招待しようと思う」

「………………」



 どうやら退く気はないらしい。

 逃げようかとも一瞬思ったが、正義から逃げられるわけもなし。

 …………はぁ。


「………………わかったよ」

「さすが椿だね。君ならそう言ってくれると信じていたよ」

「ちょっと前のシーン見直してこようか? これっぽっちも信じてなかったよね?」

「いや、君なら最終的には快く承諾してくれると信じていたさ」

「『最終的には』っておかしいよね? あと、全然快く受け入れてないからね? すっごいモヤモヤしてるからね?」

「さて、それじゃあ部室に行こうか。そうそう、メンバーにはかおる篠原しのはらさんも居るんだ。安心してくれ」

「げ」


 ますます行きたくなくなった。

 その時だった。


「椿ったらつれないんだ~。私と一緒じゃそんなに嫌なのかな~?」


 聞き覚えのある声と共に後ろから華奢な腕が伸びてきて、抱きしめられた。

 

「ちょっ!? 離してよ薫!」

「いーやーだー! 今日はまだ椿成分補充してないもーん。ぐりぐり。すんすん」

「頭を押し付けるな匂いを嗅ぐなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 後ろから僕に抱き着いてくる薫を引き離して正面へと立たせる。


「ちゃろ~、椿。正義君の言った通り、私も同じ部活に入るから。よろしくね☆」


 長い紫の髪をたなびかせながらセーラー服がとてもよく似合う薫は満面の笑顔で挨拶をしてきた。


 花宮はなみやかおる

 この学園の男子の多くから好意を寄せられている存在。

 創作でよく出てくる学園のアイドルってやつだ。







 だが……男だ。


 ヒラヒラと揺れるスカート。

 その華奢な手で自身の髪をかきあげる姿にはどこか色気すら感じる。









 だが……男だ!


 そう――外見やら仕草はこんなに可愛いらしいけれど、こいつは男なのだ。

 昔は普通に男の恰好をしていたのだが、ある時期からこうして女装するようになってた。


「薫はちょっとスキンシップが激しすぎない?」


 去年もそうだったが、こうもボディタッチが多いと僕も少し困る。


「あー! もしかして椿ってば妬いてる? ふふ、大丈夫だよ? 私が好きなのは椿だけだし、こんな事をするのも椿にだけだから!」


 そう言ってまたもや抱き着いて来ようとしてくる薫からサッと身をかわす。


「そういう問題じゃないし、そもそも僕たちは男同士でしょ!?」

「男同士なのが問題なら私、性転換手術でもなんでもするよ? そうしたら結婚してくれる?」

「そういう問題じゃない!!」

「ぶーー」


 いつものような冗談を口にする薫。


 ……冗談……ですよね?

 などと一年の頃とそう変わらない会話を続けていると、


「――ハッ!」


 ガンッと勢いよく開けられる教室のドア。

 その前にはこちらをキッと横目でにらみつけてくる黒髪の少女が居た。

 視線が重なる僕と少女。 


「フンッ」


 少女は僕と目が合う事すら嫌がるように足早に教室から去る。

 それを見送った正義はパンと手を合わせ、


「さて、こうして話しているのも楽しいけれど篠原しのはらさんを待たせるのもいけない。彼女も椿が来るのを心待ちにしているだろうからね」

「いやいやいや、今のアレを見てもそう言えるのはおかしくない? 完全にさっきのゴキブリを見るような目だったよね?」

「そうだろうか?」

「そうだろうよ!!」



 先ほど教室から出ていったのが篠原しのはら甘菜かんな

 今年から同じクラスになった子なので彼女の事を僕はほぼ知らない。



 そんな接点なんてほぼない間柄なのに、なぜか僕は彼女に滅茶苦茶嫌われている。



 特に何かした記憶もないんだけど、こうして顔を合わせる度に睨まれたり話しかけてくんなオーラを全力で出されるのだ。勘弁してほしい。


 で?

 そんな彼女とこれから一緒に部活動?

 もしかして何かの罰ゲームですか? ねぇ?

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