第13話『篠原さんの意外な一面』
「(もぐもぐ)」
「「「…………」」」
陽菜が静かに、しっかりと味わいながらクッキーを食べる。
そしてなぜかそれをジーっと見つめてしまう僕たち。
特に篠原さんは真剣な様子で陽菜の様子を見つめている。一挙手一投足見逃さないと言わんばかりの気迫だ。
「(もぐもぐ)……えーと……そんなに見つめられると食べにくいんですけど」
「気にしないで。でも――死ぬ気で味わって食べてね」
「死ぬ気でですか!?」
「ええ。緊張して味が分からなかったなんて事がないように、きちんと死ぬ気で味わってほしいの」
「それなら変なプレッシャーかけるの止めてくれませんか!?」
「……かけてないわよ?」
「どこがですか!? むぅぅぅぅ、こうなったらみなさんもこのプレッシャーを味わうべきです。ほら、まだまだクッキーはあるんですからみんなつまんでってください! さぁ! さぁ! さぁ!」
「あっ」
クッキーを一つ食べ終わった陽菜は篠原さんが持っていたクッキーの容器をサッと取り上げ部員たちの前に差し出していく。
僕の前にも差し出されたので、まぁ一つもらうことにする。
「あ、栞奈先輩。勝手に配っちゃいましたけど良かったですかね?」
「え、ええ」
体を縮こまらせ、小さく首を縦に振る篠原さん。ほんのり顔が赤い。本当に今日の彼女は一体どうしたと言うんだろう。
そして各々篠原さんが作ったというクッキーを食べる。
そして――
「「あ、美味しい」」
「……美味しい……なかなかやる」
「流石俺の嫁。美味しいね」
僕を含めみんなから美味しいという声が漏れる。っていうかこれ、下手したら市販のやつより美味しくない? これを篠原さんが作ったのか……。凄いなあ。
「ほ、本当? き、気を遣わなくてもいいのよ?」
そんなみんなの絶賛の声を信じられないのか、篠原さんがそんな事を言う。
いつもの篠原さんならさっきのスケベ太郎の言葉にキッツイ言葉を浴びせてただろうに……。
「気を遣ってなんかないよ。僕もみんなも本当に美味しいと思ったからつい『美味しい』って言ったんだ。それにほら、ここの部員たちに他人を気遣うなんて高尚な事ができるわけないでしょ?」
珍しく弱気になっている彼女にそう言葉を投げかける僕。
「「「おいコラ」」」
横からの抗議の声はこの際無視だ。
「そ、そっか」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向く篠原さん。その手はせわしなく自分の黒髪をぐるぐると弄っている。どうしてだろう。そんな篠原さんがいつもより可愛く見える。
そういえば篠原さんとまともに会話したのはこれが初めてかもしれない。いつもなら僕が何かを言うたびにキッツイ言葉をかけられてたからなぁ。
今日の彼女はらしくないとばかり思っていたけど、こういう篠原さんも悪くない。というより凄くいい。
もしかしたら僕は篠原さんの事を少し誤解していたのかもしれない。いつもキツイ感じで孤高の一匹狼っていう風に見てたけど、本当は可愛らしい一面もあるのかも――
「僕、篠原さんの事を少し誤解して――」
「――またフラグを立てたな主人公。万死に値する」
突如、背後に迫るスケベ太郎によって僕の命が窮地に陥っていた。
首筋に突きつけられる三角定規。スケベ太郎よ……それで一体何をするつもりなんだ。
「待って。よし、話し合おう。話せばきっと分かり合えると思うんだ」
「黙れ主人公。生きてるだけでフラグをポンポンポンポン立てる悪しき存在め! お前みたいなのが居るから俺はどんなに努力しても子作りが出来ないんだ!!」
「それは努力の方向性がおかしいからでしょ!?」
スケベ太郎の目を見て、分かり合おうとする僕――ダメだ。完全に目が血走っている。話が通じる状態じゃない。
まさに万事休す。
――これまでか。
その時だった。
「お邪魔します」
青春部部室のドアが開き、一人の女子生徒が入ってくる。
肩下まで伸びる白髪。小柄な体格だけれど、どこか妖艶さを感じさせる佇まい。
――っていうか、僕の妹の桜だった。
「あれ? どうしたのさ桜。もしかして桜も青春部に入るの?」
桜は青春部に所属していない。そもそもどの部活動にも所属していなかったはずだ。
にも関わらずここに来たっていう事はそういう事なんだろうか?
「はぁ……。首に三角定規を突きつけられて何を言うのかと思えば……。本当に度し難いほど愚かですね兄さん。えと……た、たまたま偶然友達と散歩していたらここに来てしまっただけです」
「いや、桜ちゃん。いくらなんでもその言い訳は……」
「あ、そうなんだ。変な勘繰りしちゃってごめんよ、桜」
「えぇ!? それで納得しちゃうの椿!?」
なぜか驚いている薫。いや、驚くも何も桜がそう言ってるんだから納得しないわけないじゃないか。
「……ふぅ。兄さんがちょろくて助かります」
「え、なんて? ごめんね桜。ちょっと聞こえなかったんだけど」
「何も言ってませんよ? 耳が腐ってるんじゃないですか兄さん?」
「ご、ごめん。僕の聞き違いだったよ」
また怒られてしまった。本当に僕は桜を怒らせてばかりだ。反省しないとなぁ。
「……こほん。さて、散歩ついでに……そこの俗物。私の愚かでノロマな兄さんに何をしているんですか?」
「ん? 俺?」
桜は僕の背後にいるスケベ太郎を指さす。
「あなた以外に誰がいると? ――と、まぁいいです。そこの愚図で馬鹿な男は私の兄さんです。あなたが傷をつける事は許しません。しかし、それではあなたの気が収まらないでしょう?」
「お、おぅ」
桜の空気に呑まれ、さっきまでの勢いを失っているスケベ太郎。分かる、分かるよスケベ太郎。桜と喋ってるといつの間にか桜のペースになっちゃってるんだよね。
「そこで取引と行きましょう。これから私と刺激的なひと時を送りませんか? あなたの望みはソレでしょう? ああ、それと私や兄さんの『お友達』になって頂けると嬉しいですね」
「やぁ椿お兄さん。今日から俺と君は親友だ。これから妹さんともどもよろしくな」
さっきまでの事などなかったかのように僕の肩に腕を回すスケベ太郎。なんという手のひら返し。手首がネジ切れんばかりの勢いだ。
「ふふっ、交渉成立ですね。それでは俗物。行きましょうか。早い方があなたもいいでしょう?」
「いや、まだ午後の授業が……」
「大丈夫ですよ。そこら辺は私の方で処理しておきます。初めてだと勝手が違うでしょうからね。今から動いておかないと晩御飯までに帰れそうにないですし、すぐに行きましょう。――という訳でお願いしますね、みなさん」
「YES,BOSS」
「え?」
そうして桜の後ろから現れる黒服の男三人。さっき桜が言っていた『一緒に散歩していた友達』だろう。一年生の友達だろうけど、どうして制服じゃない服を着ているのかなと少し不思議に思った。
「……例の場所へ連れて行ってください。一応、逃げないように拘束も忘れずに。私も後で行きます」
「OK,BOSS」
「な、なんだお前ら? ん? いや待て。黒服……だと……。まさかさっき俺の同志達を倒したのは――」
「――黙らせてください」
「YEAH(ガスッ)」
「げふっ」
そうしてあっという間に気絶させられて拘束されるスケベ太郎。それを桜のお友達の黒服君が肩に担ぎ上げてどこかへと持ち去っていった。
「さて、それではそろそろ私たちはお暇させて頂きます。みなさん、愚図で馬鹿で度し難いほど愚かな兄さんですが、これからもよろしくお願いいたします。では」
桜はその場で制服のスカートの端を両手で少し持ち上げてお辞儀してから部室から出ていった。本来はドレスでやるようなヨーロッパ的挨拶(カーテシー)だったはずだけど、桜がやると驚くくらいハマっているから違和感がない。
――さてと、
なんだかんだでまだご飯を食べてる最中の僕だったけど、なんだか食欲なくなっちゃったなぁ。
「まぁでも、食べ残したらまた桜に怒られちゃうし食べよっと」
なんか色々あってお腹がすいてるのも忘れちゃう。そんな事ってあるよね? とはいえ、もうお腹いっぱいで食べられないというわけでもないのでお弁当の残りに手をつける僕。
「えぇ!? アンタそれでいいの!? さっきのあの出来事の後にそれ!?」
そんな僕の行動の何がおかしかったのか、篠原さんが驚きの声を上げていた。そんなに驚いて……なにかおかしな事でもあっただろうか?
――ああ、そうか。
「篠原さんの言う通りだね。スケベ太郎のやつめ……初めての部の活動を途中で切り上げるなんて。それにまだ食べかけじゃないか。なんて行儀の悪い奴なんだ、ぷんぷん」
よく見るとさっきまでスケベ太郎が食べていた購買のパンが食べかけの状態で床に落ちていた。まったく、食べ物を粗末にするなんて酷い奴だよ。
「そっちじゃないわよ! アンタの妹とそのお友達についてとか色々と思う所があるでしょ!?」
「思う所?」
ふむ。少し思い返してみよう。
お友達と散歩していた桜。
スケベ太郎と刺激的な遊びをしようと誘っていた桜。
そしてお友達の黒服三人に連れられて行ったスケベ太郎。
最後にお行儀よく去っていった桜。
――なるほど。
「確かに……お友達と遊ぶのはいいことだけど学校をさぼるのはよくないね。帰ったら注意しなきゃ」
「そっち!?」
さっきから篠原さんは何をそんなに驚いているんだろう? そんなにおかしな事あったかな?
「栞奈ちゃん、ちょっと」
「え? なに?」
「まぁまぁまぁ、ちょーっとこっちに来てください栞奈先輩」
そして部屋の隅に連れられて行く篠原さん。何やら陽菜と薫が話しているが……さすがに内容までは聞き取れない。
しかし……やっぱり最後はハブられてるじゃないか、僕。これがモブの宿命か。ちょっと寂しい。
――(ツンツン)
などと黄昏ていると横からつつかれる。
そちらを見ると、上屋敷先輩が僕を見つめていた。
先輩はお弁当の卵焼きをお箸でつまむと、
「……交換……しよ?」
といって差し出してきた。
「……ありがとうございます」
「ん♪」
なんだか少し救われた気分になりながら、僕はお弁当に残っていたからあげを先輩のお弁当箱へと入れる。
そうして、代わりに僕のお弁当箱には先輩の卵焼きが。早速食べて――
「……うまっ!?」
「……ふふん♪」
先輩の卵焼きはとても美味しくて、もうそれだけで後はどうでもよくなった僕だった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます