第7話『ひゃい君爆誕(しない)』
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ」
「………………」
上屋敷先輩を追って数十分後、ようやく僕は先輩を捕まえる事ができた。
数十分って時間かかりすぎじゃないかって? やかましい! 僕だってすぐに捕まえられると思っていたさ。
しかし、実際は――
「待って~、ちょうちょ~」
「ちょうちょ~じゃありませんよ!! ああ、もう!」
「待て~~(ビュンッ)」
「ここに来ての急加速!? って意外と足速いな先輩!? っていうかなんでそんなにゆったり走っている感じの走り方なのに『あれ? 意外と速くね?』みたいな走り方出来るんですか!?」
「ちょうちょ~~(ビュビュンッタッタッ)」
「えっちょっ先輩!? なんですかその某配管工のおじさん的な動きは!? 壁ジャンプ? 先輩それ壁ジャンプですよね!?」
「ちょ~~ちょ~~」
「ダメだ! 蝶を追いかける事で頭がいっぱいになっていて僕の声が全く届いていない!! この……負けるかぁぁ!!!!!」
――と、こんな感じで追い付きそうになっては離されの繰り返しだったのだ。
蝶のスピードに合わせて先輩が動くみたいな感じだったからギリギリ見失わないで済んだけど、蝶とか関係なく全力で逃げられてたら速攻で見失っていただろう。
とまぁそれは置いといてだ。
先輩に対して僕は聞くべきことというか、言うべきことが色々とある。
なんで蝶なんかを追いかけ始めたのか?
無断でよその家の屋根から屋根へと某ヒーローみたいに飛び跳ねていいと思っているのか?
などなど、色々とお説教含め話し合わなくちゃいけない。
話し合わなくちゃいけないのだが――
「ぜひー、ふひぃー、ぜはー、ぷはぁー」
まずは……少し息を整えさせてください。
「……大丈夫?」
「はぁ……はぁ……大丈夫じゃ……ないでしょうよ……なんで蝶なんか追いかけてたんですか」
「……そこに蝶が飛んでいたから?」
「はぁ……はぁ……なんですかその『そこに山があったから』的な発言! あなたは登山家ならぬ蝶の研究者か何かですか!?」
「お山の上の景色って綺麗だよね。今から見に行こうか?」
「聞いて欲しいのは『山』の部分じゃないんですよ!! というか僕の話、ちゃんと聞いてます?」
「うん」
「とてもそうは思えねえや!!」
「元気いっぱいだね?」
「おかげさまでねえ!!」
どうやら僕を休ませてくれる気なんて微塵もないようだ。
「はぁ……それじゃあ今度こそ帰りますよ。寄り道なんかせず真っすぐ帰りますからね」
「うん。ばいばーい」
「あ、はい。さよならでーす」
そうして別れる僕と上屋敷先輩。家に帰ったらあの本の続きを読まなきゃ!
……………………
…………………………………………
……………………………………………………………………………………
「――じゃねえんですよ先輩」
「? ふぉうしたの?」
急いで上屋敷先輩と合流してその柔らかそうな頬を軽くつまみながらツッコむ僕。まったく、この先輩は……絶対僕の話どころか今日の話なにも聞いてなかったよね?
僕は先輩の頬から手を離し、
「どうしたの? じゃないですよ先輩。あのね? 帰りましょうって言ってるんですよ」
「海に?」
「人間の故郷である原初の海に帰る必要はないんですよ! 家ですよ! 上屋敷先輩の家に! 今から! 帰りましょうって僕は言ってるんですよ!!」
「うーん……」
軽く首をかしげる上屋敷先輩。僕、そんなに難しい事言いましたかねぇ!?
僕がなんと言ったものかと考えているとすぐに上屋敷先輩は「あ~」と何かに納得したような声をあげる。良かった! やっと伝わったか!
上屋敷先輩は僕の目をまっすぐ見て、こう言ってくれた。
「お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「いやコレ絶対分かってねぇわ!!」
一体どこの思考の海に潜ってきたのかと言いたくなるような返しに僕は頭を抱える。
どうすればきちんと伝わるのか……。
そんな思考を巡らせてた時だった。
何か冷たい物が僕の手を掴んだ。
そして、
「……かえろ?」
「へ? あ、はい」
上屋敷先輩に手を引っ張られる。
方向を確認してみると、それは先輩の家の方向で間違いなかった。
(何はともあれ、家に帰るって事でいいのかな? それにしても……)
僕は先輩に掴まれた手をちらりと見る。
細くて綺麗な手だ。少し握ったら壊れてしまいそうなほどに柔らかく、そして最初に感じた通り、少し冷えている。
なんというか……少し恥ずかしいな。
「名前」
「ひゃい!?」
そんな事を考えていたら変な声が出てしまった。うぅ、恥ずかしい。
「名前……ひゃい君?」
「へ? 名前って……ああ、もしかして僕の名前を聞いてるんですか?」
僕の言葉にこくんと頷く先輩。
どうやら僕という存在に少しは興味を持ってくれたらしい。
しかし……やっぱり部室での僕たちの自己紹介きいてなかったんですね。
「ひゃい君じゃ……ない?」
「少なくとも僕はそんなヘンテコな名前の人は知らないですねー」
「そうなんだ」
「そうなんですよ」
「………………」
「え!? 会話終わり!?」
どうやら僕への興味などその程度だったらしい。
「どうしたの? ひゃい君」
「さっきそれ違うって言いましたよねぇ!?」
「そうなの?」
「そうなんです!」
「そうなんだ」
「……」
「……」
また途切れる会話。
しゃ……喋りづらい……。先輩の感性が独特すぎて何を喋ればいいのか分からない……。
「ところでひゃい君」
「ク・ロ・ウです! 僕の名前は
「……くろう……つばき……」
「そうです」
「……長い……クロに改名……しよ?」
「まさかの改名強制イベント!? そんなの通る訳ないでしょう!?」
「えー」
「えーじゃないですよ!」
「でも……いちいち六文字も口に出すの……めんどうくさい」
「どんだけ面倒くさがりなんですか!? いや、まぁ先輩が呼ぶだけなら苗字呼びでも名前呼びでもクロ呼びでも好きにすればいいんじゃないですか?」
「じゃあ、クロで」
「……なんか、先輩の飼い猫になった気分ですね」
「♪」
なぜか妙にご機嫌な上屋敷先輩。何が嬉しいのか、かすかに鼻歌が聞こえてくる。
そうして先輩に手を引っ張られること数十分。
僕たちは住宅街を完全に通り抜け、舗装された感じの山道へと入っていた。
(あっれぇ?)
もしかして先輩、帰るとか言っときながら山に向かってたりします?
しかし、事前に貰った先輩の家の住所を見ると、確かにこの辺りだ。
(はっ! まさか……)
その時、僕はピンときた。ピンときてしまったよ。
僕の脳裏にとあるビジョンが映し出される――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます