第10話『黒鵜桜の日常』
「……寝ましたか」
私は、兄の
PC上に映っているのは薄暗い部屋。
そこには兄がベッドで横になっている姿が映っており、微かな寝息も聞こえている。
今日も兄の部屋に仕掛けた監視カメラは立派にその役目を果たしてくれているようです。
ちなみに、これは犯罪行為などではありません。
兄さんの部屋に仕掛けた監視カメラ。確かにあれは私が兄さん不在の間、秘密裏に取り付けたものです。
これだけ聞くと、盗撮なのでは? 犯罪なのでは? と思う人も居るでしょう。
しかし、違います(断言)!
親が子供にGPSをつけるのは犯罪でしょうか?
恋人の危機を廃するために周辺をガードするのは犯罪でしょうか?
大切な人の為を想っての行為なら、それは犯罪ではないのです(確信)!
それに、私と兄さんはれっきとした兄妹! 同じ母親の体内から排出された存在! それはつまり、私と兄さんは同一存在と言ってもいいくらい近しい存在ということにならないでしょうか!? 親と子供、血も繋がっていない恋人なんかよりよっぽど近い存在です!
そして、私と兄さんが同一存在だと仮定するならば、つまり私は兄さんでもあります。
つまり――――――今、私がしていることは自分自身の姿を監視カメラで見ているだけという事にならないでしょうか!?
そんなの盗撮行為ですらありません。最近流行りの自撮りっていうやつですね。
ゆえに、私のこの行動は犯罪ではありません。証明終了です。
「そーーーっと。そーーーーっと」
私は隣の部屋の兄さんが起きないように、静かに部屋を出ます。もちろん、PCの電源を落としておくことも忘れません。万が一、あのPCの中身を兄さんに見られたら、私はその場で死を選ぶ自信があります。
部屋を出た私が向かったのはキッチンの洗い場。そこには当然、今日の晩御飯で使った私と兄さんの食器が置いてあります。私が置いたのだから当然です。
「はぁ、はぁ」
静かにしないといけないと分かっているのに体がどうしようもないほどに火照ってうまく息をすることができません。どうしても息が荒くなってしまいます。
とはいえ、聡明な私はこの程度で兄が起きないという事を今までの経験から学習済です。なので、手早く目的のブツへと手を伸ばします。
このとき、重要なのは必要以上に物音を立てない事です。以前、思ったより大きく音が響いて兄を起こしてしまった事があります。
――カチャッ
小さな音を立て、私はブツをこの手の中に入手しました。
そして、
「(ぴちゃ……れろ……んっ……はぁ……ぴちゃ)」
私はそのブツを丁寧に、そしてしっかりと舐め回します。
そう――今、私は兄さんの食器を舐め回しています!!
いえ、違うんですよ? 一見、これはただの変態行為に見えるかもしれませんが、そうではないのです。
私はこの家の家事を一手に引き受けています。つまり、兄さんが使った食器を洗う義務が私には発生しています。
そう、つまりこれは家事の一環なのです(ドヤァ)!!
「ふ……ふふ……まったく兄さんったら、こんなに汚して……あ、ここにも……んっ……」
あくまでも義務として兄さんの食器を綺麗にしていく私(ここ重要です)。あぁ、なんて健気な妹なんでしょう。
しかし、そんな私の少ない楽しみの時間も終わりに近づいていきます。
やがて、もう舐めていない箇所がなくなった頃、
(カチャカチャッ、ジャーッ)
普通にその場に置いてあった食器を水で洗い始めます。
この音で兄さんが起きても私の目的は達成された後。全く問題はありません。
おっと、それなら最初から水洗いでよかっただろ!? とか思ったそこのあなた。それは早計ですよ?
セカンドオピニオン……というのをご存知でしょうか?
簡単に言えば、患者が主治医以外の別の医師にも診てもらうことです。
いかに有能な医師であっても人間です。なにかしら誤診をしてしまうかもしれません。ですが、二人の医師に診てもらってその診療結果が同じだったら患者さん的には安心ですよね?
これは医療の現場以外でも似たような事が行われています。兄さんの好きなゲームも、複数の人間がチェックしてようやく出来上がるものです。
要は、一人の人間、一つの方法で何かをやるよりも複数の人間、複数の方法で何かをやったほうがミスを少なくできるという話ですね。
さて、では食器の話に戻りましょう。
もう……お分かりですよね?
ただ水で洗うだけではきちんと綺麗に出来ているか不安が残ります。だから、私は自分の舌で舐めるというセカンドオピニオンならぬシスターズオピニオンをしているのです(ドヤァ)!!
さして時間もかからずに食器を洗い終えた私は速やかに自室に戻り、PCを開いて兄の様子を再び観察します。
変わらず静かに眠っている兄さん。その姿が愛おしくて、意味がないと分かっているのについその頬を画面越しにつついてしまいます。
「ふあぁ」
などとしていると、もう午前一時を回っていました。明日の朝食の準備などなどの事を考えると、そろそろ私も寝なくてはなりません。
だから、最後にPCに映る兄の姿に向かって、
「いつもごめんなさい……お兄ちゃん」
そう言って、私はPCの電源を落とし床に就いた。
そして迎える朝。
「ただいまー。あ、おはよう、桜」
「おはようございます、兄さん。朝食の準備は出来ているので一緒に食べましょう。愚鈍な兄さんでもお腹はすくのでしょう?」
「いや、別に一食くらい抜いても問題ないけど……」
「何を言ってるんですか兄さん。生活リズムの乱れは体の乱れ。規則正しい三食のおいしいごはんこそが私たちの体を支えているんですよ? 兄さんが風邪でも引いたら妹の私が付きっ切りで看病するハメになるじゃないですか。私にそんな手間をかけさせる気ですか?」
「ご、ごめんごめん、食べる。食べるからそんなに怒らないでよ」
「別に怒っていません」
「そう? なら良かった」
いつも通りの朝です。
私が兄さんを罵り、寛容で偉大な兄さんはそんな私を優しく受け止めてくれます。
本当はもっと自然に話すべきなのでしょう。そうした方が兄が喜んでくれるなんて事は私にだってわかっています。
でも、できません。だって――
(素で兄さんと話したら私のキャラが崩れるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
断言します。ひとたび、兄さんの優しさに甘えてしまったら……私のこの『出来る妹キャラ』は完膚なきまでに壊れ、とことん甘え尽くしてしまう自信があります。
まぁ、そんな私でも兄さんは優しく受け止めてくれるのでしょうけど……。
しかし……私が恥ずかしいのです!!!
それに、
(私に……そんな資格はありませんから)
「はい、兄さん。今日の分のお弁当です。せっかく作ったんですから、きちんと味わって食べてくださいね」
せめて、私の作ったもので兄さんが喜んでくれるようにと願い……いつものように、態度で示せない代わりにと心を込めて作ったお弁当を兄さんに手渡します。
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