第11話『お弁当を食べよう』


 登校準備を終え、桜の弁当を受け取る。

 その後、いつもなら桜と一緒に登校するのだけど今日から上屋敷先輩の送り迎えをしないといけないので途中で別れる。

 そうして僕は上屋敷先輩の家まで出向き、とてつもない苦労をしながらも無事始業時間ギリギリに先輩と共に学校へとたどり着く。

 そしていつも通り退屈な授業を受け、迎える昼休み。


「みんなで一緒にお弁当食べよ、椿」

「うん、いいよ」


 いつものようにお昼を一緒に食べに来る薫。

 僕は鞄の中から桜の作ってくれたお弁当を取り出し、さっそく開け――


「つーばーきー。みんなと一緒に食べよ?」

「うん。だからいいよって言って……ん? みんな?」


 ――弁当を開けようとする手を止めて薫の方を見る。

 薫はニコニコ笑顔で、


「うん、みんなだよ。ほら、だって沢山のお友達に囲まれてお弁当を食べて、おかずを交換したりするのって青春っぽいじゃない? だから、これはアレだよ。青春部の活動だよ」


 なるほど。確かにそれは青春っぽい。

 だが――


「うん。僕はパスで」

「なんで!?」

「なんでって……やれやれ、薫はモブキャラのなんたるかが分かってないようだね」

「少なくとも椿はモブキャラじゃないけどね……」


 薫がなにやら戯言を言っているが、それはスルーだ。

 僕は、モブキャラに定められた悲しき運命を薫に説明する。


「いいかい、薫。そんな青春っぽいイベントにモブの僕が行っても部屋の端っこでコソコソ食べる羽目になるだけなんだよ。しかも、僕以外のみんなが青春を謳歌するみたいな感じでワイワイ食べるんでしょ? そんなの、惨めすぎて死にたくなるじゃないか。それならまだ屋上で意味ありげにニヒルに笑いながら一人で食べてる方がいいね」

「こじらせ方がドンドン酷くなってない!? 大丈夫だから! そんな事にはならないよ。それにほら、椿は部長なんだから。ハブられる訳ないじゃない」

「え……でも、会社の社長とかって社員から疎ましがられてよくハブられるよね? それを考えたら部長もハブられそうじゃない?」

「ネガティブ!! そういうネガティブよくないよ椿! っていうかみんながそんな事する訳ないじゃない! だから安心して一緒にみんなでご飯食べよ? ね?」

「えー」


 やはり、気が乗らない。

 それに、青春部のみんなで食べるという事は、つまり篠原さんもその場に居るという事だ。

 別に篠原さんの事は嫌いじゃないんだけど、苦手なんだよなぁ。というか、この前『大っ嫌い』って直接言われちゃったからね。

 分かっていたことだけど、ハッキリ嫌いと言われるのは傷つくよなぁ。


「部長の椿が一回目の青春部の活動に参加しないなんておかしくない?」

「無理やり僕に部長を押し付けた薫がそれを言う!?」


 いやまぁ確かに一応は部長を引き受けた感じにはなってるけどさぁ。

 うーん、まぁ部長としての責務を果たせって言われるとそうしないといけないのかなぁと思わないでもないけど。でもなぁ……。


「それはそれ。これはこれだよ。それに、栞奈ちゃんにはもう一緒に部活動としてお昼食べるよって言ってあるんだよね~。椿、来なかったらまた栞奈ちゃんに怒られちゃうよ?」

「いやいや、なんで僕が怒られるのさ」


 篠原さんは僕を敵視している。そんな篠原さんが僕とお昼ご飯を一緒に食べたいなんて思う訳がない。むしろ、僕が行かなかったら喜ぶだろう。


「栞奈ちゃんって凄く真面目だからねー。最初の部活動なのに部長が不在なんて事になったら『しっかりしなさい、ビシィ!』っていう感じで椿に対して怒ると思うよ?」

「……確かに」


 そう言えば昨日の自己紹介の時に僕の性根を叩きなおすだのなんだのと言ってたからなぁ。



「まぁ、椿が普通に来ても栞奈ちゃんはなんだかんだで怒ると思うけどね(ボソッ)」

「結局怒られるんじゃないか!」


 どっちを選んでも怒られるなんて理不尽すぎない?


「あはは。そうかもねー。それじゃあ、椿は来なくてもいいよ?」

「あ、いいの? ラッキー」

「うん、多分後で栞奈ちゃんが来ると思うけどよろしくね」

「わぁい! 一緒にみんなとお昼たのしみだなぁ!!!(泣)」


 結局行くことにする僕。

 篠原さんに後で怒られながらお昼の場に連行されるよりは、自分から大人しく行く方がマシだしね……。

 というか篠原さんとどこかで二人きりになるのが少し怖い。なんだか強制的に矯正されそうだし。いや、ギャグじゃなく本気で。


「うん、椿ならそう言ってくれると思ってたよ」

「いや、正義も薫もどの口でそんな事言うの? お願いだから前のセリフを思い返してくれない? なんだったら僕は一回断ってるよね」

「え? 私は別に強制なんてしてないよ? どうする? 行かないでおく?」


 こ、この野郎……。


「……行きます」

「うん、椿ならそう言ってくれると思ってたよ」

「ぐぬぅ」


 なんだか悔しい。


「それじゃあ、私は栞奈ちゃんと陽菜ちゃんに声をかけてから部室に行くね。椿は上屋敷先輩と一緒に来て」

「わかったよ」


 上屋敷先輩を僕が迎えに行くことに異論はない。なんたってあの上屋敷先輩だからね。放っておいたら学校内で迷子になりかねない。案内役は必須だろう。


「スケベ太郎には声をかけないの?」

「うーん、助平くんはいつもお昼は忙しそうなんだよねー。だから誘いづらくって」

「忙しそうって……まぁなんとなく想像はつくけどさ」


 多分、ナンパでもしているんだろう。ホント、黙ってれば彼女くらいできそうな顔をしてるのに勿体ないなぁ。 


「それじゃあ椿、また後でねー」

「ほーい」


 そう言って薫は篠原さんの所へ、僕は上屋敷先輩の所へと向かった。


☆ ☆ ☆



「さて、先輩のクラスは一組だったな」


 僕は上級生クラスがある三階へと足を伸ばしていた。

 この学校に来て二年目の僕だけど、こうして自分の意思で三階に来るのは初めてだったりする。


「えーと、一組は……ここか」


 一瞬ノックでもしようかと思ったが……それはそれで変か。あまり気負うことなく、普通に先輩を呼ぼう。


「たのもー!」

「「「……は?」」」


 僕は自分の教室のドアを開くのと同じように? ごく自然にドアを開ける。

 そして、


「上屋敷せんぱーい。居ますかー?」


 呼びかけながら、無遠慮に教室の中に入る。

 やはり下級生の僕が珍しいのか、視線を感じるが気にしないようにする。

 教室の中には十人くらいしか人が居なかった。それもあって、僕はすぐに上屋敷先輩を見つけることができた。


「あ、居た」


 上屋敷先輩は教室の一番後ろ、左端の席でお弁当を広げていた。どうやらあそこが上屋敷先輩の席らしい。う、羨ましい。授業中に寝ても気づかれにくいベストポジションじゃないか……。


 ちなみに僕の席は教壇の真ん前なので、居眠りするたびに説教付きで起こされてしまう。

 とまぁ、それは置いておくとしてだ。


「せんぱーい。ってあれ? お弁当もう食べてるんですか? 一緒にみんなで食べるって薫から聞いてないんですか?」


 まぁ、先輩の場合ちゃんと話を聞いていなかっただけっていう可能性が高そうだけど。


「……クロ?」


 先輩がなんだかすごく驚いた顔で僕の顔を見る。

 まるで『馬鹿な!? 貴様はあのとき死んだはず』なんて思っていそうな顔だ。いや、まぁ絶対そんなことは思ってないんだろうけどさ。


「ほら、さっさとお弁当を片づけて部室に行きますよ。なんたって今日はみんなでお弁当を食べるデーですからね」

「食べるデー……そうなんだ」

「そうなんです(大嘘)」

「そっか……とっても……いい日……覚えとかなきゃ」


 ……どうしよう。変なところに食いつかれたうえに、なんだか今更冗談でしたなんて言えない雰囲気だ。

 ま、まぁ先輩の事だ。きっとすぐに興味が他の所に移って忘れてくれるだろう。多分。


 そうやって無駄に冷や汗をダラダラ流している僕を尻目に、先輩は食べかけのお弁当箱を仕舞ってそれを持って立ち上がる。

 そして、


「行こ♪」

「え、あ、はい」


 なんだか先輩、テンション高くない?

 あと、実はさっきから気になってたんだけど……。


「「「(ジーーーーーーッ)」」」


 なんか……すごい注目されてない?

 教室内に残っていた十人程度&教室の外から幾人かの生徒がこちらをジーッと見ていた。

 確かに下級生が上級生の教室に来ることはあまりない事かもしれないが……これは少し注目されすぎじゃないだろうか。



「クロ。行くよ(ガシィッ)」

「ちょっ、先輩。そんな引っ張らなくても普通に行きますから」


 そうして僕は先輩に手を引っ張られながら上級生の教室を後にした。








 その後、


「アレって上屋敷さんの彼氏?」

「クロって呼ばれてたよ? あの上屋敷さんが誰かの名前を呼んでる所なんてはじめてみたかも……」

「私、登校途中にあの二人が一緒のとこ見ちゃったんだけど……やっぱりそういう事なのかな?」

「えー、何それ。もう確定じゃん」


 などなど、クラスではそんな会話が繰り広げられていたのだが、それはまた別のお話。

 

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