第8話『第8話完!!(しません)』
苦労しながらも家族みんなで山小屋生活を送る先輩とその家族。
みんな懸命に働き、睡眠時間さえ削るような毎日。
いつも苦労をかけるねえと先輩に優しい声をかけるご両親。
そしてその疲労により、学校、そして今日の部活で変な受け答えばかりしてしまう先輩。
……なるほど。
「先輩……僕、先輩の事を誤解してたみたいです」
「? なに?」
「いえ、いいんです。先輩も……苦労してたんですね」
「???」
まるで何のことか分からないとでも言いたげな先輩。
いや、もしかしたら下級生である僕に気遣われるわけにはいかないと気を使っているだけなのかもしれない。なんて健気なんだ。
「僕で良ければいつでも力になりますからね!」
「……うん。じゃあ、私もクロの事……支える」
僕の事を支えると言う先輩。やはり腐っても先輩というべきか。誰かを支える余裕もないだろうにこの人は……。
「いえいえ、僕を支える必要なんてないですって。僕よりも先輩の方が「着いた」よっぽど苦労ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
そこには別次元の光景が広がっていた。
山を越えてきたその場所には誰かが常に手入れしていると思われる庭。
テレビの中でしか見たことがないような立派な噴水。
そしてこれまたテレビでしか見た事のないような西洋風のお屋敷。
完全に貴族のお屋敷的な光景が僕たちの目の前に広がっていた。
「行こ」
そんな光景に動じることなく、先輩は歩を進めようとする。
「いやいや、ちょっと待ってください先輩。これ! これなんです!?」
僕は目の前のお屋敷を指さしながら先輩に尋ねる。
「私たちの家だよ?」
「ああ、なるほど。僕たちの家ですかー。それなら納得できる訳ないでしょう何言ってるんですかアンタ」
「?」
首をかしげる先輩。だが、今この瞬間、真に首をかしげたいのは僕だという事を理解していただきたい。
「えーと……つまりなんですか。この家は先輩の住んでいる家だと?」
「(フルフル)」
首を横に振って否定する先輩。え? 違うの?
「私たちの家……だよ?」
「なるほど。僕たちの家ですか……。いや、だからなぜ僕を巻き込む。いつ僕が上屋敷の姓になりましたか」
「?」
「『?』じゃないですよ……。え? でも住所はここであってるしやっぱりここが先輩の家って事なのか」
スマホのナビで現在地を確認し、ここが先輩の家であることを確認する。
あれ? じゃあ山小屋生活を送り、日々苦労ばかりしているっていう設定は無し? もしかして先輩、貧乏キャラどころかお金持ちのお嬢様キャラ?
……なんだか裏切られた気分だ!!
いや、完全に僕の独り相撲だったんだけどさ。
まぁ、なにはともあれこれでミッションコンプリートかな。先輩を家まで送り届けたし、今度こそ帰ってあの本の続きを読もう。
「それじゃあ家に送ったということで、僕はこれで」
僕は回れ右して、先輩とつないだ手を離し――
「……」
「先輩?」
なぜか僕の手を掴んだまま手を離してくれない先輩。
これがラブコメ漫画世界の出来事だったらフラグがたったか? と思う所だけどそんなイベントがあったなんて記憶はない。僕、そんなに鈍くない(はず)。
「なんでも……ない」
どこか名残惜しそうに僕の手を離してくれる先輩。
いや、そんな反応されると勘違いしちゃいますよ?
「今日は……楽しかった……よ?」
先輩がほんのちょっとだけど……だけど初めて見る笑みを浮かべてそう言ってくれる。
僕にはそれがとても綺麗に見えた。
「あ、えと……どういたしまして……です」
なんだか照れ臭くなって明後日の方を向く僕。
くっ……もうちょっと気の利く言葉が言えないのか僕は! こんなとき、物語の主人公ならなんて言っていた?
思い出すんだ! 今まで僕が見てきた物語で印象に残るセリフを!!
A.俺に構わず先に行け!
B.一万年と二千年前からア・イ・シ・テ・ル~~♪
C.俺たちの戦いはこれからだ!
……どうやら僕は自分が思っている以上に緊張しているらしい。もしくは単純に僕の脳みそはもうダメなのかもしれない。
というか最後の選択肢に至っては場面が合ってないどころか打ち切りじゃないか。
そんな……打ち切りなんて早すぎる。まだ始まったばかりなんだ(いやほんとマジで)!
「8話で打ち切りなんて……そんなのダメだ!」
「???」
「あ、すみません」
いけない。思考が変なところにワープしてしまっていたよ。
どうやら少し疲れているらしい。さっさと帰って本の続きを読もう。
「そ、それじゃあまた明日……ってあぁ! そうだ、忘れてた」
いけないいけない。まだやらないといけない事が残っていたよ。
僕は手に持っていたスマホを先輩の方へと向け、
「先輩の連絡先を教えてもらってもいいですか? 聞くの忘れてました」
先輩の連絡先を聞く。
なぜって? そんなの必要だからに決まってるじゃないか。
明日、僕はこの先輩を学校に送り届けるというミッションをこなさないといけないのだ。
そのミッションの為にも、僕はこの先輩の連絡先を聞いておかなきゃならない。連絡がつかなかったら送り迎えがやりづらいしね。
先輩はこくりと頷くと、
「うん……はい」
スマホを取り出し、僕へと差し出してきた。え? 差し出しちゃうの?
えっと……先輩はそれでいいの? スマホって確か個人情報の塊みたいなものじゃなかったでしたっけ?
「え、あの……僕がこれ操作していいんですか?」
「うん」
「そ、そうですか」
普段、友達と連絡先の交換なんてしない僕だけど、こんなのでいいのかな?
妹、そして友達の薫と正義としか連絡先の交換をしていないから他の人がどうやって連絡先の交換をしているのか知らない僕。
まぁ、先輩がいいと言っているんだからありがたく連絡先を登録させてもらうとしよう。
というわけで先輩のスマホを受け取り操作を始める僕だが――
「あれ?」
先輩から受け取ったスマホの電源ボタンをタッチするも反応がない。電源が切れているのかな?
「これ、電源つけてもいいですか?」
「うん」
先輩からOKをもらったので、僕はスマホの電源ボタンを長押しし、起動させる。
そして無事に電源がつく先輩のスマホ。電源が切れていたということは多分残り電池は僅かだろう。アドレスの交換までは電池がもってほしいところだけど大丈夫かな?
そうして僕が目にしたものは、
『ようこそ』
という文字と共に表示された言語設定の画面だった。
ぶっちゃけ、スマホの初期設定画面だった。
「……先輩」
「うん?」
「スマホ……ちゃんと使ってます?」
「(ふるふる)使い方……わからない」
「そ、そうですかー」
どうやら先輩はスマホを携帯してはいるが、使った事は一度もないようだ。
……スマホを携帯している意味……ないのでは?
「えーと……使い方、教えましょうか?」
「いいの?」
「ええ。っていうか先輩がスマホ使えないと僕も困りますし」
「どうして?」
「どうしてって……連絡が取れないと明日から困るじゃないですか」
「明日?」
「あれ? もしかして聞いてなかったですか? 明日からの先輩の登下校に僕が付き合う事になったんですよ。まぁ薫もちょくちょく付き合ってくれるらしいですけど」
「明日……」
そう呟く先輩はまっすぐ僕の目をみつめ、真剣な面持ちで言葉を出す。
「使い方……覚える。だから……教えて?」
スマホの使い方を教えるだけ。たったそれだけの事なのに、先輩の目は真剣そのものだった。
だからだろうか。僕も自然と緊張してしまっていた。
とはいえ、ここで僕が言えるセリフは一つだけだ。それは緊張していようといまいと変わらない。先輩がなぜこんなに真剣なのかは分からないけれど、その真剣さを笑ったり、茶化したりなんかしちゃいけない。だから――
「分かりました」
僕はそう答えるしかないのだ。
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