隻腕のヰト＝キヲ

　遠い未来、故郷に似た遠い惑星に入植した人類の子孫は苦労を重ねて、かつての故郷の前宇宙開発時代、大正から昭和初期に相当する文明を営んでいた。その田舎町の端の端に建つ民宿ヰト＝キヲ荘の一人娘、一介の女学生スヾはある日ひとりの泊まり客、王都の偉い学者の先生クロヲから問われる。
「その名を好ましく思われませんか」
　スヾは亡き祖父がつけたヰト＝キヲ荘なる屋号にいささか複雑な思いを抱いていた。この惑星は三百年前、かつての故郷の江戸時代相当の文明を営んでいた頃に異人の侵略をうけた。ヰト＝キヲとは当時の愚人として知られる男の名、狭く小さな心のゆえに下男にも妹にも許嫁にも見限られたあげく、人類の敵と手を結んで許婚と無理心中を遂げた男の名だった。
　だがクロヲはかつて偶然に見つけたというヰト＝キヲの妹の文を…続きを読む