第二話 紅土ノ役

第二話 コウえき


 かつコウの侵略にった。事件はくりかえし芝居に掛かってこうしやくされてよみほんに刷られてかたりつがれて、人類を救った老将コヲカ=ロヲと若武者ムロ=タヲと……人類の敵にくみしたにんヰト=キヲの名を知らぬ者は無い。


 三百年前、ヒガシサト領のサトムラぬしのヰト家に男子キヲが生まれた。あかわんを欠いていたが、ぬしは親族の意見をれずにちやくなんと定めた。同月、ぬしの家に代々仕えるムロ家に男子タヲが生まれた。よくとしにヰト家の分家にしてしんひらいてこう有るヰセ家に女子キアが生まれて、キヲの許嫁いいなずけに定まった。さらよくとし、キヲに妹カナが生まれた。キヲはたびたびさといと誉められたが、村の仕事はつまるところ人手頼りで、せきわんの子のばんはさして無い。キヲは次第にねたみをめた。さいな事でもおのれを言われたとおもいこんでは不機嫌に成った。きの時はさすがこらえたが、うちばかりの場ではげきこうもした。やがないないとめけぬ事件も起きて、サトムラぬしせがれかんしやく持ちと噂に成った。でもタヲはキヲをうまく立てゝ仕えた。キアもカナもキヲをかばってく支えた。くしてとしの近い四人は共に育った。の年の秋のの日も共にた。

 王統五代五年りようげつ十四日夕刻、ヒガシサトの東のヤマあかく平らでまるい城がくだった。あかい具足の兵がわきて山中に陣をいて、翌々日のめいにはシロヤマに建つヒガシサト領主のやかたを襲った。

 シロヤマ山塊から真西に伸びた先の小山で、戦乱期に難攻不落のやまじろとして知られた。とはいえ東向きの備えはを削ったからほりべいの程度で、あかい兵らはたいきよしておしけて一帯の樹をきりたおしてはたてけておしって、領主も家臣もみなころした。翌日には北西の城下を襲った。一帯の村も田畑も焼いてう者をみなころした。

 の時、はるか西方のオヤヲカみどりの光が立ってヤマへ飛んだ。モリヌシかつて戦乱初期に人の殺し合うのをいとって身を隠した。二百年もあらわれなかった。でも人類をかぎったのでもなかった。だから危機にかけつけけた。そして人の常識を超えたいくさすえヤマあかい城は半分が欠けた。モリヌシも翼を欠いて退しりぞいてヒガシサト領の西にしぎわに墜ちた。たまたまあかい兵に襲われる難民の一団が在った。大半はひんか息絶えて、立つのは若い男女が四人ばかり。モリヌシは助けようとした。とはいえ自身の傷も深い。だから四つのうつわ欠片かけらを盛った。くしてちからきて消えた。


 かつの最初の人類がくじけた時、モリヌシは各人のうつわった欠片かけらさずけたと伝わる。覚のめぐみを得た者は水脈や鉱脈を探って手工業の発展に寄与した。動のめぐみを得た者は土木に治水に従事した。止のめぐみを得た者はさいおさえて人を集落を田畑を救った。めぐまれしものらは離れても念ずれば意を交わすのがかなった。


 四人はめぐみふるって山野ヤマノ川辺カワベナカサトを逃げて迫東ハヅマハラの西端のセキに至った。迫東ハヅマセキの代官はモリヌシほうに接してうちおどろいて悲嘆に暮れた。とはいえだ覚・動・止・交のめぐみあやつる四人がる。中でもムロ=タヲなる男子は離れて物を動かすのに優れて、ヰト=カナなる女子は知覚にけて、ヰセ=キアなる女子は離れて物をく止めた。最後にヰト=キヲなる男子は覚・動・止のいずれもぬきんでずに意を交わすのもなんするが、でもなお一通りのめぐみあやつるのにそうない。

 一方、王城ではあわただしくひようじようが持たれた。便べんの上からコウと名付けたの敵は人に似た姿で人と同じく刀や槍や弓や鉄砲を使う。一切無言で死をいとわずおそいきて、死ぬと間も無くつちくれかえる。一体ごとは決して倒せぬ相手でないが、問題はぼうだいな数で、各所の報告からおしはかるに総計は軽く万を超える。もし本当につちくれから続々と生まれ出るなら、すぐ十万も超えるやもしれぬ。ヒガシサト領はすでに奪われた。接する山野ヤマノの軍も押されて、交渉の試行は全部が無益に終わったという。もし山野ヤマノ川辺カワベナカサトも落ちて、迫東ハヅマセキを破られたなら王都も西領もすべてが危うい。

 くなる人類の危機に在って王軍を率いる老将コヲカ=ロヲは策を献じた。そもそもコヲカは王統初代のすえおこして故地・オヤヲカの守護をになう家系であって、じつは秘かにモリヌシの遺産二基を伝える。これもちうべき時である……ず王軍と西領の諸軍を合わせて迫東ハヅマセキふさぐ。手前の迫東ハヅマハラコウが集まるところを遺産をもつて粉砕する。次いで東へ進みヤマあかい城もまた粉砕する。王統はこれを認めて、西領の諸領主に参陣をめいすると共に老将を征コウ大将に任じて軍事の全権を預けた。とはいえ全軍がそろって迫東ハヅマハラに陣をくには時がる。老将は迫東ハヅマセキに急使をつかわして、めぐまれしもの四人によりぬきの兵を付けて東へ先行させよと命じた。

 くしてサトムラ隊なる遊撃軍が編成された。タヲがして隊長はキヲが務めた。でも迫東ハヅマセキを出て敵地に入って、いざ闘いが始まるとキヲの出番は無かった。カナが覚のめぐみで敵を探って、キアが止のめぐみで弾と矢と槍と刀を止めて、タヲが動のめぐみうちたおす。一瞬の選択が生死を分ける場でいちいち指示を仰いだのでは隊が危うい。必然、三人はキヲを外して三人のみで意を交わす。自然、同行の兵らもタヲに従う。当然、キヲはねたみを溜めた。

 サトムラ隊はコウの分隊をらして迫東ハヅマハラナカサト川辺カワベ山野ヤマノを駆けた。難民の避難を支援して領軍に助力した。ヒガシサトへ入る手前で山野ヤマノ領の最後の一隊を助けた時、サトムラ隊の兵一名が死んだ。かたい犠牲だった。でもキアは護れなかったと泣いた。キヲはおのれの指揮のを言われたとひがんでげきこうした。なだめるカナを荒れるキヲの左手が叩いて、キアとタヲはとつめぐみふるった。たたきふせせられたキヲは見上げて三人をののしった。タヲは返す言葉で、こころねの狭い役立たずめとなじった。キアはタヲにすがって、さすがに愛想が尽きたといいはなった。カナもふたがわに付いた。

 四人は平和な時代に生まれ育った田舎の農家の子に過ぎない。なのに突然にいくさばほおりこまれて、身近な人、大勢の人がじんに命を奪われるのを見て、重い期待を負わされて、気を張り続けておののいてくたれて、誰もかつてのままではられなかった。

 三人はキヲをかぎると決めた。キアがめぐみでキヲを止めた。みじろぎもならず意識さえ失うまで止めた。これを箱に詰めて、山野ヤマノの隊に託して、かなうなら老将に届けて欲しいと頼んだ。

 さて山野ヤマノ隊はしばらく身を潜めたが、一帯にコウ兵が見えぬのが知れて川沿いの街道を西へ一気に逃れると決めた。恩人に託された何やら知れぬ大事な箱も負傷者や武器弾薬・ひようろうと共に荷車に積んでいて駆けた。川辺カワベを抜けてナカサトを抜けて迫東ハヅマハラに出て、ようやまで敵兵がらなかった由縁を知った。はらの一面にあかい具足がひしめいていた。山野ヤマノの隊は河岸のたけだかな草に身を潜めながらせきを目指した。陽が傾いてようやはらの南東まで至った頃、西方に火の手の上がるのが見えた。危険を冒して小高いところからうかがうと、はらの西端を護るせきは夕陽を背になおあかく染まって見えた。山腹の城は焼けてほりあかい具足で埋まってるいうごめあかい兵に覆われていた。がくぜんとするところコウの一隊に見つかって山野ヤマノの兵はちりぢりに成った。

 の時、迫東ハヅマハラまんなかに一瞬のへきこうが炸裂した。いきのびびた者がうかがうと地面にぽっかりまるくぼが開いて、コウ軍の主力は丸ごと失せていた。


 老将コヲカ=ロヲはこれモリヌシの遺産の威力と宣言して、コウ退しりぞくのを追うために急ぎ軍を再編した。迫東ハヅマハラの南東の斥候から報告が届いた。コウ兵らの退く中に二本角のおおかぶとの将がたという。おおむね無個性なコウの中で独特な個体がさいはいを振るのについては既にいくか報告が有った。おそらく迫東ハヅマハラ一帯のコウを指揮した将が後方に在っていきびたのだろう……ただのみならず報告には続きが有った。将らしきコウは人類の男ひとを伴ったという。今まで先方は捕虜を取らず、対話がなりつ事例も無かった。だが、の男は将がよびせた騎獣に共にまたがって東へ消えた。遠目ゆえに素性は知れぬが、男はわんを欠いていたという。

 一方、サトムラ隊はヒガシサト領へ深く入ってシロヤマを攻めた。高名な山城はさすがごわくて、山裾でせりう中、カナの覚のめぐみが西からせめせるコウの軍勢をとらえた。キアは転じて護りを固めようとして……西のコウを率いる二本角のかぶと武者と、隣に立つ許婚いいなずけに気付いた。サトムラ隊は挟まれ囲まれて、兵は次々に倒れた。カナが南方の囲みの薄いのを見て取って、タヲがちからおしにおしやぶった。タヲとカナといきのびびたわずかな兵は川を渡ってヲカに隠れて、ぐるりと大回りしてサトムラ跡に陣をく老将コヲカ=ロヲと合流した。

 すなわちキヲはモリヌシめぐみもつて敵将と通じたのだろう。キアは混戦の中でさらわれたか犠牲と成ったか消息が知れない。だが、タヲとカナの生還は人類にとって幸いだった。の晩、カナが狙い定めてタヲが投じた二基目の遺産はヤマあかい城のちよくじようで炸裂した。コウの城もおそらくキヲも山塊ともろともに消えた。


 ひむかしに立つへきくわうわれかちどきぐ。


 三百年もくりかえし芝居に掛かってこうしやくされてよみほんに刷られて、でもいずれもの同じ句でいくさくだりを締める。じつたんを語る場合は、ムロ=タヲとヰト=カナが王統にうちまつを謝してめぐみを故地の復興に役立てたいむねもうしあげて、荒れたヒガシサト領の最も荒れた東端の三分の一を預かったいきさつを述べる。

 これが今も誰もが知るコウえきだ。

 じんじよう学校のしゆうしんは、ヰト=キヲがこころねの狭さのゆえめぐみさずかるうつわも狭くて、だからついに自滅したと教える。芝居もこうしやくよみほんたいていじようもつれがもとしんじゆうとして扱う。心情をもうと工夫する演出も見ぬではないが、何にしたってヰト=キヲがえんから人類の敵にくみしたにんであるのにそうはない。

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