第六話 最後の欠片

第六話 最後の欠片かけら


 の晩、私はけないで、明くる朝は母の手伝いに間に合わぬほどに寝坊した。先生はひるの列車で王都に帰るというので別れのあいさつを済ませて、何ともおちかずに学校のたくをするうち刻限が来てあわてゝ家を出た。

 登校すると教室が先生と私の話題にいていた。輪のまんなかるリンをにらむと澄まし顔で眼をらしたから、ならばリンの方こそ先生のふるみだと暴露してまきんでやろうと心に決めたところで、級友らのさゞめくのに混ざってリンの芝居かった一言が耳に入った。

の灰色に曇った瞳が綺麗に澄んでられたならほどに……」

ちよつと待って」私は思わず大声を上げた。「瞳が……灰色?」

もちろんスヾさんにはずっと魅力的に輝いて映るのかもしれませんけれども」

 なおるリンにつめった。

「本当に、輝いては見えないの?」

「……えゝ」

 きょとんとしたの様子は何の裏も無いのリンだ。

 なるほど、昨日の先生は朝から黒眼鏡をしていた。だからリンが直接に先生の瞳を見たのはとしだろう。だから憶え違いかもしれない。とはいえ昨日にシロヤマの碑のげんぶつの前で激しくまたたいたの蒼い光に気付かぬというのも妙な事だ。

 違う……思い出せ私。はじめて会った時、先生は何と言ったか。


「見えましたか。うか……こりゃまいりました」


 もしかしたら、否……確実に、私は一番に大事な何かを間違えたのだ。

「私……確かめないと」

 かんちがいしてはやす声を背に校舎をとびた私は小走りにうちへ急いだ。何が起きたと驚く父から既に母が先生を送って出たと聞いてひきかえそうとして、ふとおもいいてふりいて父に先生の瞳の色を尋ねた。街区へ急ぐ途中で戻りの母といきってまた尋ねた。父母の答えは同じくまつたく蒼でなかった。

 聞いた列車の時間までだ随分と余裕が有る。街区のいずかで用を足すのだろう先生を探しながら、私はおもいかえして考え続けた。

 さくじつに私がシロヤマの碑をヰト=キヲの墓標と断じた時、先生はうなずかなかった。


 歩き疲れて駅のまちあいすわりんだ私を先生は黒眼鏡しにもわかる蒼く光る瞳でえて、少し話しましょうかと言った。切符を午後発の便に替えて、駅の向かいのちやみせの奧の蓄音機のそばはこせきに腰を下ろして、さあどうぞ、とうながした。

「ヰト=キヲの事を教えて下さったのは……ですか」

、と思われますか」

 先生がたのといかえすのにむっとして、けれども文句はのみんで、あんごとつきい下さいと頼んだ。おもいかえして考えて心の中にくみげたのは本当にもうがたい結論だった。でも一点、先生と私だけが知る証拠がすべてをうらける。

 私はず昨日最後の誤りをただところから始めた。

シロヤマの碑は、ヰト=キヲの墓標ではありません」

 先生いわくのおおむね九きろさしわたしを仮に九・二きろと思ってみれば十二分の一の程度はおおむねの内に収まると知れる。すなわち、山塊をえぐったのはヰト=キヲでなくとも、同程度のかさの同程度の濃さの別の現実うつつとしてもちようじりは合う。たとえば……コウの本体だ。

「では誰の墓標でしょうか」

コウの将の墓標です」

 おそらく将はヰト=キヲをおしとどめてあかい城へさんして、今の仕方では語りたい相手の人類がほろびさるとちゆうしんした。くしてコウの本体はコウなる在り方のそもそも在ってならぬ事をさとって兵の布陣する山塊もろとも現実うつつからおのれを消した……憶測と言えば憶測だがおおむあたりが真相だろう。

コウの墓標、とは思われないのですね」

コウの将のかぶとたてものおそらく弧を下向きに描く細い月でした」

 それが東に立ったからあかつきなぞらえたのだ。

「でも『くぼきわのヰト=キヲ』が描くのはくわがたたてものおおかぶとです」

 わざとらしくはんばくする先生に私は簡潔に応じた。

あれは……嘘のですから」

 そびようの方のかぶとは尖った二本角がそりがって見えた。

「タヰ=ゲツはなる嘘をいたでしょうか」

「『ジツロク』の著者は……先生の御先祖様です」

 ムロ家所蔵のそれは著者本人がかきうつして贈ったまさしくげんぽんの写しだと思う。

「でしたら、ムロ=タヲがシロヤマいただきへりを崩したのもきですね」

 失念していた。でもの通りだ。うっかりなおあかつきへの感謝を刻んでしまった碑は事故に見せかけて崖下に落として、世をたばかる嘘の句を刻んだ碑をたてなおしてしたのだ……私はうなずいて話を進めた。

「三百年前、コウの城が失せて戦勝に沸くサトムラ跡地の陣の片隅で老将と先生の御先祖様とサトムラの密議が有ったろうと想像します」

「何をひようじようしたでしょうか」

「大きくかまえて言うなら、人類のいきのびびる道を定めました」

 老将には、はらえぐり山をえぐり幾万人を一度に滅ぼす兵器が人の手に有ればひどい災いの種と成るとわかっていた。モリヌシの遺産の真の素性はかくしとおすがきちだ。まためぐみさずかる四人と王統がかかわり方を誤れば世が乱れるのもわかっていた。それでなくとも多数の人命が失われて東領の全域が荒れて西領に難民が溢れて王軍も消耗していた。重ねての混乱は誰にとっても望ましくない。

 とはいえただ口をつぐめば済むという事態でもない。山野ヤマノの隊はサトムラ隊にいさかいの起きた事を知る。敵将と結んだ男の噂も軍の内で広まりつゝある……直接の関係者でいきびた者は多くなかろうが、知られたことごとつじつまを合わせてなおかつ真実を完璧におおいかくす嘘を組立てるのはなんわざだ。

「四人は何を望んだと思われますか」

 かなうなら以前の暮らしに戻りたかったろう。でもそれかなわぬ話だ。

「……格別な事は求めなかったろう、と思います」

「でもいくさの功労者となれば名も知れて、おもてに立てば関心もいて、探る者が出て、かくしごとかんく者も出るでしょう」

「だからの先を追究しようと思わぬほどくだらぬ筋書きをこしらえました」

 田舎の馬鹿な子らが大事ないくさなかえんもとの愚かなけんをした、と嘘をくのに決めた。老将コヲカ=ロヲはさんしての兵器は飽くまで二発限りのモリヌシの遺産だといいとおした。ムロ=タヲとカナは老将を介して王統にうちまつしやして、くまでの臣下としてヒガシサト領の東端の三分の一を預かる身と成った。

 タヰ=ゲツは……の人ばかりは何ともはかり難い。四人とめんしき有るゆえに老将に随行したのだと思う。巻込まれたのだと思う。ところが当人は異様なまでの熱意をもつの陰謀を支えた。『シロヤマジツロク』を世に出して、きようじさえ捨てゝ嘘のを描いた……。

「『くぼきわのヰト=キヲ』に描かれたにもきですね」

 私はうなずいた。

「私なら、ききうでは残すでしょうから」

 タヰ=ゲツは戦後にわんを欠く男のうしろ姿すがたを描いて披露した。でももとそびようは将も男もぬりつぶれていて向きが知れない。とすれば、欠いたのは実は左腕かもしれない。そして私は三百年前のいくさで左手をしたと伝わる男ひとを知っている。

「ヰト=キヲとキアは、ようにして身を潜めたでしょうか」

「二年前に滅びた他村のだと身をいつわって名を変えて、ニイサトしん跡、シロヤマの南麓のかつてキアの生家の建った土地、今の当家の建つところに暮らしました」

「両名のまつえいぞんでしょうか」

 わざとらしく尋ねる先生に、私は大きく一呼吸して返した。

「先生は、欠片かけらが人から人へ継がれると思われますか」

「事例は聞き及びませんが、今ならそれも起こり得るとわかります」

「私が先生の眼の蒼い光を察した時、何と思われましたか」

欠片かけらの淡い光を察するのは知る限りアオタマ欠片かけらを盛られた者とアオタマのみです」

「……自覚は有りません。ですのでうかがいます」

「どうぞ、何なりと」

あてどころの知れぬ探物さがしものは……見つかりましたか」

 先生は蒼く輝く眼で私をえて、ニコリとうなずいた。

これほどまで見えぬとは思いませんでした」

 先生の眼では極めて濃い別の現実うつつ……たとえばアオタマモリヌシの内をうかがうのはかなわない。


「ヰト=キヲの事を教えて下さったのは……私に探りを入れてられたのですか」

「何もぞんないのは初日に察しました」

「でしたら、でしょうか」

貴女あなたは知るべきと思ったのです」

「結論から告げずに遠回しな仕方を採ったのはですか」

「六人が発想してタヰ=ゲツが仕上げた物語は、よみく者をたばかる罠が幾重にも仕掛けてあります」

「私がほど厳重に護られるかをきよう下さった、という事でしょうか」

 先生はかぶりを振った。

「結末から語ったのでは、ぞんぶんたのしんでいただけぬでしょう」

 聞いて瞬間にちた。の学者先生はなるほどタヰ=ゲツのまつえいで、御先祖もまたくのごとき人だったのだ。タヰ=ゲツはまきまれたやつかいな状況をたのしみ尽くした。だましてやろうかとこんしんの力をもつて本作を仕上げた。そして今まつえいこれを何より誰よりたのしんでいつくしんで、心酔しているのだ。

 先生がまたもニコリと笑って口を開いたので、私は姿勢をただしてがまえた。

「昨日に歴史資料館で碑を見た際にた学芸員を憶えてられますか」

「立派な白ひげの方ですね」

「本家のくらでタヰ=ゲツのてびかえを共に見つけた学友というのが彼です」

 でも先生はおないどしに見えぬほどに若々しい。というのはまり……。

アオタマ欠片かけらうつわを護るのはに限らないのですね」

「ムロ家のはタヲとカナがちや寿じゆ百八歳を越えてかくしやくとしていたと記します」

 欠片かけらの効力の精度はみりよりはるかにこまかい。思うに病原をとりのぞいて組織のさわりをおさえて、さまざまな手立てゞうつわながく生かすのだ……これが意味するところおもいえがいてぼうぜんとする私をに、先生は話を元へ戻した。

「先刻、の友人に頼んで共に役場に出向きました」

 たのか……さがしまわる途中にちらとものぞかなかったのがやまれる。先生ひとで紙の記録を調べはすまいとはなからけてしまっていたのだ。

簿から何がわかりに成りましたか」

貴女あなたじいさまばあさまと共に貴女あなたの出生の前年、はやりやまいの年に亡くなられた、と記してありました」

 予感はしていた。すなわきわめて大きな欠片かけらおそらく相応に永くうつわを生かすのだ。

「私がったの人は……実は祖父でなかったのですね」

か改めてとうさまからうかがうべきかと思われますが……現行の戸籍を辿たどる限りとうさまひいじいさまに当たるとみえます。とはいえもちろん、七十年前の全国戸籍改正の際にように記録がされたという事でしかありません」

 ばんしゆうの日の夕刻の情景が思い出された。

の人は……死のぎわヤマの失せた跡地の空を見ていました」

 夕陽のべにが射す高い雲の何処いずこからか気の早い粉雪のちらと舞うのをふたして見た。の人は衰えて語るのもままならぬのにか私は望みをく察した。若い頃のが元とかで、の人は左の腕に義手をしていた。


 くしてまたしばらくの沈黙を経て、先生がつと差し出した名刺の肩書きをなにしに見て、私はりつぜんとした。


 王軍研究所 第三特別研究部長


「もしかして……先生には私が恐ろしくも有効な兵器に見えていででしょうか」

「どうかがまえないで下さい」

 先生は困り顔で笑って、さがしごとは本当に私事なのですよと弁明した。また今は三百年前と違う。アオタマる。モリヌシの最後のかけの在る事がすなわアオタマいきぎを抑えるかもしれぬと思えば、宿す者を害してはむしろ人類に危難が及ぶ……といったいいように私はむくれた。

まりけつきよくいわゆる火薬玉ではないですか」

 先生はまたも笑って、でも真顔に戻って告げた。

「とはいえアオタマが人類に歴史・伝承・文化のもろもろ調ととのえよと求めて史料の整理・ほんこくが進んでおおむそろった昨今、誰がタヰ=ゲツらのおおいかくした真相に至らぬとも限りません」

 あるいは何十年かして私の見た目が世間で妙に思われ出すかもしれない。

「支えていただけるとのおはなしでしょうか」

「何なりと……のぞみなら王統を廃して次なる王朝の初代女王にだってかついでさしげますよ」

 じようだんでしょう……と私はかぶりを振るが、先生の様子がまたじようだんでない。

「……第三特別研究部というごとについてうかがってよろしいでしょうか」

アオタマとの技術文化交流にかかわる調査研究と各種支援を独立した立場からにないます」

 きの回答が聞きたくて尋ねたのではない。私はたんそくして問い直した。

「先生は具体的になるたちなのですか」

「私を含めて総勢三十七名の特別研究官のアオタマの才を束ねる役目に就いています」

 まり人類最強の隊が困った事にじんもとに在るのだ。聞いて私は改めて深くたんそくした。


 くして先生は機嫌良くあしり軽く午後の列車にのりんだ。

 一方で、見送る私は知らぬ間に我が身が負った重過ぎる荷の事を考えていた。三百年前、ただ好いた娘とそいげたいと願う若者が同じ荷を負った。十万の侵略者を倒して人類を救ってみずからの死までかたって、驚くべくは初志を貫徹してけた。の故事を思うなら、の血を受けた私もまあ何とかかなうのだろう。仮令たといほどに荷が重かろうと曲がらねば道の開ける事も有ると、くなるにんを支えるすいきようものもまた在るのだと、今に残る史料と史蹟は教えている。

 私はばんしゆうの日の夕刻、もう声の届かぬの人の前でと約束した。よもやこれほどを負うに落ちるとは知らずに誓ったのだけれども……の約束は何が起きてもたがえない。

 噴煙を上げて駅をつ列車に手を振りながら、さまざまに心をかきみだされて課題を山盛り積まれたはらいせに、えばコウ屋旅館の三男坊が最近は王都に出たいとゆめえがいている、ならばの身代わりにでも婿にもらっての眼で芋でも上手に掘ってもらおうか、と思ってしまったのはないしよだ。


        了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隻腕のヰト=キヲ 真雁越冬 @maghan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ