【Epilogue】旅路の果てに

Epilogue



【Epilogue】旅路の果てに




 * * * * * * * * *




「いくよーっ!」


「いよいよだな……」


 春になり、巨大なダムの氷が融けきった。土竜達のおかげで塩分の層は殆ど取り除かれている。高く巨大な堰の下には、5体の土竜が待機していた。


「マニーカ! 頼んだ!」


 ヴィセの合図で土竜達が堰の下を掘り進めていく。数分が経った頃、堰の中央が沈下を始め、やがて耐えきれずに堰全体が崩壊した。


 留まる場所を失った水が、大地へと一気に襲い掛かる。


「これで上手くいってくれたら……!」


 大洪水は地表の何もかもを押し流し、勢いを保ったまま広がっていく。前日まで雨が降っていた事もあり、大地が乾ききっていない事も幸いした。


 洪水は山麓からデリンガーの廃墟を過ぎ、盆地の半分以上を洗い流すことが出来た。ヴィセ達が地道に削った浮遊鉱石の粉を、ドラゴンが空から撒いていく。


 雨が降る度、高い所から重点的に粉を撒いてきた。洪水が及ばない高地も浄化が進んでいる。


「数日も経てば、海へ続く地下の川が役立つな。土竜が綺麗に掘ってくれたから」


「浮遊鉱石を張り付けたし、海に到達する頃には霧毒も薄まる。上手くいってくれなきゃ困る」


 ドラゴン達、ディットやスルツキーも見守る中、浮遊鉱石の成分を含んだ水が大地へとゆっくり滲み込んでいく。大地の悪臭はいつの間にか消えていた。





* * * * * * * * *





 それから1週間が経った頃。


 洗い流された大地は、正常な土を取り戻していた。スルツキーが成分分析をし、ディットが浮遊鉱石の成分の残留濃度を測る。


「これは……予想以上ね。大地にまだ浮遊鉱石の成分が残ってるくらいよ」


「これなら、今すぐ畑を耕して作物を作り始めてもいいくらいだ! モニカの土壌と遜色ない」


「よっし! 人が住める大地だ!」


 大地の一部が元に戻った。水が行き届かなかった平原もこれからだ。ポンプを何地点かに移動させ、ダムはあと3カ所に用意されている。


 ≪コチラデ 少シズツ 戻シテイコウ。霧ノ中デハ無意味ダガ、霧ガ ナケレバ浄化デキル≫


 ≪我らも協力する。秋にまたポンプを別の場所に据えたなら、別の区域でも同じことが出来よう≫


 1つの大陸の再生だけで何千年掛かるのかと思っていたが、この調子ならディットが生きている間にも、オムスカ付近の低地までを取り戻せる。


 草木が生え始めたなら、浄化は更に加速する。僅かに残った緑がこの低地へと入り込み、草原を作り出す日はそう遠くない。


「この様子を写真に収めてもいいかい。他の人に見せて大丈夫だろうか」


「はい。高地へ追いやられて生きる日々を、ついに終える事が出来ると伝えて下さい」


「ああ! 仕事なんて金を稼ぐ手段でしかないと思っていたのに、自分の仕事がこんなに役に立ったなんて! モニカはかなり内陸だけれど、俺が生きている間に大地を取り戻せるよう協力する!」


「それじゃ、そろそろあたしも引き上げかな。あたしも研究の全てを無駄にせずに済んだ。ヴィセくん、有難う。あなたと出会えて、かつての恋人との誓いを果たせたわ」


 ヴィセとバロンはスルツキーとディットにハグをし、笑顔でまたねと手を振る。運ぶ役はフューゼンだ。


「何なら世界一周でもしてやろうか」


「有給休暇が明日までなんだ、魅力的な誘いだけど、やめておく」


 スルツキーが笑いながらフューゼンの背に乗る。前の鞍にはディットが乗る事になった。


「じゃあ、行ってくる。後は宜しく頼んだ」


「また会おう! というより、時々お邪魔する気は満々さ!」


「あたしも! 遊びに来てくれるならいつでも歓迎するわ!」


 フューゼン達が飛び立ち、上空を旋回した後で西へと消えていく。


 アマンとフューゼンは、ヴィセが大怪我をした時に居合わせなかった。彼らなりにその分働こうと、人を運ぶ役を買って出てくれた。


「さあてあたしもだね。あの子達、畑の耕し方をもう1度教えなきゃ、危なっかしくてねえ」


「ジェニスはすっかりラヴァニ村の村長気分さ。じゃあ、行ってくるよ」


 エゴールがジェニスを背に乗せ、ナンイエート経由でラヴァニ村へ飛び立つ。次に集合するのは、他の場所に水を貯め始める夏の終わりだ。


 霧が晴れた大地、剥き出しになった廃墟群。


 生まれてこの方見た事のない景色に見入る者が、他にもいた。


「……これが、イワンのやっていた事なのよね」


「うん。俺とヴィセ、頑張ったよ」


 エマは広大な土地を見つめながら、バロンを背後から抱きしめていた。悲しい運命を背負った弟が、その運命を受け入れて辿り着いた答え。それを誰よりも祝福し、誇らしく思っていた。


「いつか普通に行き来が出来るようになったら、ロイも連れて来たいわ」


 ≪バロンも乗るだろう。となれば、もう1匹ドラゴンが必要だな≫


「……分かった分かった。その時は俺が変身するさ」


「もう1匹必要だから、ヴィセがドラゴンになるって」


 ヴィセが「まだブロヴニクまでしか飛んだ事がないぞ」と不安そうに零し、苦笑いする。その横からテレッサがすまなそうに顔を出した。


「ごめんなさい。私がゴーンから乗っちゃってたから、おふたりで来られなかったんですよね」


「え? ああいいのいいの! ロイも仕事が決まったばかりで休みどころじゃないし。写真を見せて自慢するわ」


「いいなあ、結婚……か」


 テレッサは呟いた後で背伸びをし、ヴィセのおでこをつつく。それから少し寂しそうに笑った後、ヴィセとハグを交わす。


 テレッサは恋心を秘めつつ、ヴィセを弟だと思う事に決めた。つまり、ドラゴン化を諦めた。


 両親を亡くし、肉親が兄だけとなった彼女は、家族への憧れを捨てきれなかった。同時に、賑やかな町に生まれ、賑やかな町に育った彼女は、自然との暮らしに慣れる事も出来なかった。


 ヴィセのドラゴン化が治ればと期待していたが、残念ながら治す手段はない。人として結ばれる事は諦めなければならなかった。


 エマも同様にバロンの将来をヴィセに託すと決めた。ヴィセとバロンとドラゴン達との絆を見て、邪魔してはならないと考えるようにもなっていた。


「いい? 私がお婆さんになっても、ちゃーんと相手するのよ」


「呼ばなくても押し掛けてくれるんだろ?」


「フフッ、良く分かってるじゃない」


「あーあ。おれにドラゴンの血がなかったら、2人とも妻にしたかった」


 アマンがそう言っておどけ、テレッサとエマは「1人だけを愛せない男はお断り」と声を揃える。


 テレッサがヴィセの頬にキスをし、ドラゴン化したアマンの背に乗った。続いてエマも背に乗ってまた来ると叫び、笑顔で手を振って別れを告げる。


「姉ちゃん、またね!」


「ええ、今度こそ誕生日と年末年始は一緒に過ごすんだからね!」


「ヴィセ!」


「ああ、元気で!」


「新商品、揃えて待ってるわ! しっかり稼いだら店に寄ってね!」


「……早く帰れー!」


 アマンが飛び立ち、テレッサとエマの「キャー!」という声が取り残される。


 まだ生き物の気配がない平地に残ったのは、ヴィセとバロンとラヴァニだけだ。


「じゃ、帰ろう。ラヴァニ、宜しく」


 ≪ああ。騒がしいのは良いが……≫


 ヴィセとバロンを背に乗せながら、ラヴァニが空を見上げる。


 ≪こうして、ヴィセとバロンしかいない所で見上げる空が好きなのだ≫


「そうだな……なんだか落ち着く。俺達と一緒にいる事を選んでくれて、有難うな、ラヴァニ」


 ラヴァニが飛び立ち、あっと言う間に浮遊島へ近付く。家の横にある柵の中では、いつになってもドラゴンに慣れない鶏が大騒ぎだ。


 浮遊島に着くと2人は鞍から降り、草が生い茂る地面を踏みしめる。鞍を外してラヴァニの封印を発動すれば、2人と1匹、旅をしていた頃のメンバーの姿だ。


 だが、これから始まるのは旅ではない。


「ただいまー!」


「はいおかえり。さ、鶏の卵を見て来るか」


 ≪いっそ、ゆでたまごを産めばよいものを≫


「んなわけにいくか」


 何年経っても、相変わらず2人と1匹の関係は変わらない。


「あ、ヴィセ、ラヴァニ!」


「ん?」


 ≪どうした≫


 バロンが玄関の引き戸を開け、ヴィセとラヴァニへ振り返る。バロンはニッと笑顔を浮かべ、ヴィセとラヴァニに抱き着いた。


「おかえり!」


 かつて全てを失い孤独を味わった青年は、優しい笑顔で少年と小さなドラゴンの頭を撫でる。


「ああ、ただいま!」




 旅路の果てに行き着いた小さな浮遊島の小さな家に、帰宅を告げる声が響く。誰もいない日々を過ごし、1人2役で独り言を呟いていた青年はもういない。


 ドラゴニアを取り戻した彼らは、きっと来年も一緒だ。




 これは、2人と1匹がドラゴンと人を繋ぎ、かけがえのない旅をしたお話。





【Lost Dragonia】―故郷を失った少年と、故郷を探すドラゴンの旅― end.

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【Lost Dragonia】―故郷を失った少年と、故郷を探すドラゴンの旅― 桜良 壽ノ丞 @VALON

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