第2話兄貴! ありがとうございます!

 スラム街の入り口に着くと、屋根から飛び降りて道を歩く。


 地面に座っている男たちに、シルクハットの形をしたペンダントを見せると、一人が急いで立ち上がって、走り去っていた。


 組織の関係者だから手を出すなと、伝言をしに行った下っ端だ。


 残った二人の男に、銅貨が入った袋を投げる。


「仕事が終わったら、これで飯でも食べるといい」


 袋の中を開けて銀貨数枚を見た男たちが笑顔になる。


「兄貴! ありがとうございます!」


 首を小さく縦に振ってから、立ち去る。


 道が石畳から地面に変わり、建物の背が低くなり、通路にある壁の崩れている箇所が増えていく。徐々に景観が悪くなり、それと同時に治安も悪くなる。普通の場所とスラムはハッキリ分かれているのではなく、こういったグラデーション状になっているのだ。


 クスリで頭がイカれた中年が倒れている横を進むと、崩れかけた壁に守られた教会が見えてきた。


 尖塔は破壊されて、崩れている。礼拝堂に位置する屋根の一部は穴が空きっぱなしだ。壁も大小、様々な穴が空いていて、風の通りは良くなっている。


 周囲にある壁はボロボロで、入り口にある鉄製のドアは、半壊していて誰でも入れるようになっている。


 そんな場所に、人がうつ伏せのまま倒れていた。


 腰まで伸びた髪と体格で女だというのがわかる。背が低いので子供だろう。手足だけではなく、体からも血が流れている。


 一時間も放置していたら確実に死ぬであろう出血量だ。


 スラムでは珍しいことではない。よくある光景。毎日理不尽に暴行され、死んでいく場所だ。


 朝になれば死体を漁る子供どもが処理してくれるので、掃除する必要すらない。


 血を踏まないように気をつけながら歩き、鉄製のドアを軽く押す。


 ギィと音を立てると、


「助けて……」


 少女がかすれた声を出した。


 驚いた。まだ、生き残りたいと思う力は残っていたのか。


 もう一度少女を見ると、顔を必死に動かしていたところだった。


 目が合う。


 死にたくない、助けてと、訴えているようだった。


 ここは、朽ちて放棄された教会ではあるが、運命の女神を崇めていた場所だ。


 ここで倒れた幸運がどこまで続くのか、生き残る運命がお前に残っているのか、試してやろう。


「好きな食べ物は何だ? 俺と同じだったら助けてやる」


 オートミール? パン? 肉? それとも少女らしく甘い果物か?


 さぁ、答えてみるがいい。


「ない。食べられるものならなんでも……」


 好きな食べ物を知らない。


 食事とは栄養を取る以上の価値はない。


 生きるために食べる。それだけの生活を続けた者が出せる答えだ。


 スラムの住民とは言え、そこまで割り切った考えをしているヤツは珍しい。いや、初めてだ。柄にもなく女神が運命を操作したのではないかと思ってしまう。


「…………奇遇だな。俺も同じだ」


 賭けは俺の負け。


 この少女には一言も伝えていない賭けだったが、運命の女神ライマとの約束は、守らなければならない。


 異様に軽い体を脇に抱えて教会の中に連れて行く。


 少女は意識を失ったようで、一切の反応はない。


 心臓の鼓動が、まだ私は生きていると主張していた。

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