第3話神父様!
教会内は荒れ果てている。床は砕け、瓦礫が至る所にある。信者が座っていたはずの、木製の長椅子は半壊していて、とても座れる状態ではない。
唯一無事に残っている祭壇に少女を横たわらせた。
血は流れ続けている。
この状態から助けるためには、高品質な回復ポーションを使うか、もしくは……。
『運命を司るライマよ。哀れな子羊の傷を癒やしたまえ、ヒール』
魔法を使える人の中でも、さらに限られた人だけが使える神聖魔法を発動した。
信仰する神の名を呼び、対象に何をして欲しいのか伝え、魔法名を唱える。信仰する神が気に入っている人であれば、無事に魔法は発動する仕組みとなっている。
神聖魔法に限って言えば、詠唱の内容は人それぞれ。俺と同じ言葉を使う人はいないだろう。
神の手による回復の効果は劇的で、傷口を塞ぐだけではなく、失われた血までも戻る。再生もしくは時間の巻き戻しと言い換えた方が正確かもしれない。
俺が使えることは誰も知らない。そんな奇跡が、目の前に起こったのだ。
「うっ……」
意識の回復までサポートしてくれるとは、神のアフターサービスも手を抜かないようだな。
少女が目を開き、俺を見る。
「…………助けて、くれたんですか?」
「お前は俺との賭けに勝った。だから助けた。それ以上の意味はない」
「……ありがとう……ございます」
「勘違いするな。これは、善意ではない。お前の答えが違ったら見捨ていた。礼などいらない」
「わかってます。それでも……言わせてください」
何度も、ありがとうと同じ言葉を繰り返しつぶやく。いい加減、飽きてきた。
「それで納得するのであれば、受け入れよう」
そこまで言って、ようやく少女は笑顔を浮かべる。
体力すらも戻っているようで、体を起こして祭壇から飛び降りた。
目鼻立ちがはっきりしていて、目はやや垂れ目。男の劣情を刺激するような顔立ちだ。もう少し成長すれば体の方も追いつくだろう。娼婦としても、奴隷としても高く売れるのは間違いない。髪はボサボサだが、それでも色あせることのない美しい少女だった。
「もう夜は遅い。礼拝堂の裏に小さな部屋がある。今日はそこで寝るといい」
この教会で唯一、部屋として機能する場所だ。
普段寝泊まりしているところで、ベッドや服が置いてある。暗殺業に必要な装備も隠している重要な場所だ。
「神父様は、どうされるのですか?」
「俺はドアの前で寝る。慣れているから気にするな」
反論しようとしたので、無視をして先に部屋の中に入った。
黒い神官服を脱いで、通常の白い神官服を着る。クリーンの魔法が付与されていて、汚れが付かないという優れものだ。
闇市で流れていたのを、買い取って使い続けている。教会から貰った由緒正しき物ではない。スラムの住人に渡すような物好きなんて、いないかららな。
「神父様!」
「うるさい。大声を出すな」
後をつけてきた少女を叱ると、下を向いてしまった。
上位者からの命令に反抗するなと、教育されてきたストレートチルドレンによくある反応だ。
「ベッドが汚れるから、血まみれの服は脱いで寝ろ」
それだけ言って、部屋を出るとドアを閉めた。
多生戸惑うだろうが、最後には俺の言葉に従う確信があった。
一つの命を消した夜に、もう一つの命を助ける。
一晩に二つの仕事をして疲れた。
今日はもう休もう。
暗殺に使っていたマントを床に敷くと、壁に背中を預けて、座ったまま寝ることにした。
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