第9話これから戦争にでも行くつもりか?
晩ご飯として屋台で買った串焼きを食べ、井戸で体を洗い、アーリーをベッドで寝かせた夜。教会に一人の男がきた。
天井の穴からさし込む光によって、そいつが誰なのかすぐに分かる。ホビット族のブラウリオだ。
「今日、二回目の来訪だな」
逆立ちをしながら、腕の筋肉とバランス力を鍛えてたのを中断する。片腕の力だけで体を宙に浮かべ、回転。足に地面をつけた。
「いや~。見事だねぇ~! 見世物小屋でも客が取れるんじゃないか?」
「無理だな。人を殺す生き方しか知らない」
スラム生まれ、スラム育ち。学はなく、文字は当然のように読めない。奪い、殺すことで生き延びた俺には、暗殺者の仕事以外できるとは思えなかった。
ブラウリオのような陽気さ、もしくはアーリーのような素直な気持ちがあれば、また違う人生を歩めたのかもしれないが、そんな想像をしたって無意味だ。俺は、変われない。
「相変わらずだねぇ~! まぁ、そっちの方が俺たちには都合が良いから、問題ないんだけどなッ!」
細い紐で結ばれ、丸まった羊皮紙を投げつけてきた。
受け取って中を開けてみると、次のターゲットが書かれている。
「仕事だ」
先ほどまでの軽薄そうな声ではなくなり、低く他人を脅すために使う声に変わっていた。
「急な話だな」
「時間がない。今晩、ヤってもらうぞ」
まいったな。急すぎる話だ。確実に相手を殺すのであれば、時間をかけて念入りに準備をする必要がある。これが生き残るコツだ。
しかし、今回は時間がないと言って、リスクの高い仕事を押しつけてきたのだ。
「アーリーを保護する対価か?」
「そうだ。組織同士の話はすでについている。今度はお前が約束を守る番だ」
たった一人の少女を助けるのに、高い借りを作ってしまったな。この話は、断れない。受けるしかない。
ターゲットの詳細が書かれた羊皮紙を見る。
笑うシルクハットが敵対する組織の暗殺者。しかもベテランだ。つい先日、取り引きを邪魔されたと話を聞いたので、報復の一つとして、この男を殺すことに決めたのだろう。
「こいつは、どこにいる?」
「西地区の宿だ。俺が近くまで案内する」
「監視の間違いだろ?」
「ふん」
ブラウリオは、機嫌悪そうに鼻を鳴らした。
「で、受けるだろ?」
この前のように寝ている間に殺すことはできないだろう。正面から乗り込み、仲間を何人も殺して行かなければいけない。
「もちろんだ。道具を用意してくる」
静かにアーリーが寝ている小部屋のドアを開く。『スリープ』の魔法を使って、深い眠りにつかせてから、床の一部を剥がす。下には、暗殺用に使う武器があった。
ショートボウ、刀、ナイフ、回復ポーションなどを取り出す。毒薬が入ったビンもあったが、今回は使わないので置いておくことにした。
黒い神官服に着替えてから、ナイフを足首や手首につけていく。魔法効果が付与された刀は、腰にぶら下げる。回復ポーションはポーチに入れて、矢筒を背負い、ショートボウを片手に持って部屋を出た。
「おいおい! これから戦争にでも行くつもりか?」
装備を調えた俺の姿を見て、ブラウリオが腹を抱えて笑っていた。
実際、戦争のようなものだから間違いではない。
「ベテラン暗殺者の家を襲うんだろ? この装備でも足りないぐらいだ」
「ちげぇねぇ!!」
陽気な声で俺の背中を叩く。
特等席で眺めるだけのコイツにしてみれば、全てが遊びのように思えるのかもしれない。
「準備は出来た。案内しろ」
「任せろって!」
アーリーが眠る部屋に鍵をかけてから、マントを羽織って教会を出て行く。
踊るように歩くブラウリオの後を追いながら、これから名前も知らない暗殺者の元へ向かう。
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