第6話朝食を買いに行く。ついてこい

 組織への連絡は、ブラウリオに任せれば問題はない。今まで通り、適切に処理してくれるだろう。


 半壊した木製のベンチに腰を下ろし、手に収まる程度のがれきを握る。力を入れると、ミシミシと音を立てて崩壊した。


 体調は万全だ。問題なし。いつでも仕事はできる。


 足の指から頭まで全身をくまなく動かし、日課にしているチェックが終わると、また人の気配がしたので立ち上がった。


 長い髪を濡らしたままアーリーが戻ってきた。体にこびりついた血は消えているが、服には痕跡が残ったままだ。これ以上は消えそうにない。スラムだからといって、血に染まった服を着ている人はいないので、新しく買いに行くしかなさそうだ。


「朝食を買いに行く。ついてこい」

「は、はい!」


 歩き出すと、数歩後ろをアーリーがついてくる。


 邪魔にならないようにと気を遣っているのはわかるが、これだと連れて歩く意味が無い。


「隣を歩け」

「え、その……迷惑ではないですか?」

「そうだったら言わない」


 何を勘違いしたのか「はい!」と明るい笑顔を返すと、俺の隣に立って、神官服の裾をちょこんとつまんだ。


 そこまで許したつもりはなかったのだが、文句を言うほどではないので、放置して先に進むことにした。


 鉄の柵を抜けて、通りに出る。


 近くでは、子供が木の枝を持って振り回していた。


 日が昇って活気の出たスラム街の道を進むと、いつも朝食を購入している屋台につく。


「焼き串を30本くれ」

「まいど!」


 中年の女性が元気よく返事をしたが、視線は俺の隣で肯定されていた。


 何年も一人で過ごしていたので、連れがいることに驚いている。


「今日から、教会に住むことになったアーリーだ。今後は使いを頼むこともあるだろう。よろしく頼む」

「へー! あんたに、お連れ様がねぇー!」

「偶然が重なってな。他の奴らにも伝えておいてくれ」

「任せなって!」


 朝食の買い出しはアーリーの顔見せも兼ねている。


 スラム街の北地区に位置するここは、俺が所属してるマフィア「笑うシルクハット」の縄張りだ。一緒に歩くことで、彼女も組織の一員とみなされる。


 抜け出した組織は手が出しにくくなるだろうし、ここの住民も襲うようなことはなくなる。そんなことをすれば、黒い神官服を着た恐ろしい殺し屋がやってくるからな。


 ルールを無視するようなガキが集まったギャング集団もいるには、いるが、よほど追い詰めない限りは襲っては来ないので問題はない。


「お待たせ! 焼き串30本ちょうどだ!」


 一本の串に謎の肉と野菜が交互に突き刺さっている。この一帯では一番安くてボリュームがある。さらに、これだけ食べれば必要な栄養は、ある程度吸収できる優れものだ。俺は毎日これだけを食べている。


 両手では持ちきれないので、半分をアーリーに持たせる。


 銅貨を45枚置くと、屋台を離れた。


「こんなに食べるんですか?」

「普段より少し多めだが、だいたいこんなものだな」


 アーリーは信じられないと言いたそうな顔をしていた。


 お前の体が細いだけで、普通はこれくらい食べるもん……だよな?


「これから、毎日これを食べることになるが問題ないか?」

「毎日、腐りかけのパンばかり食べてましたから!」

「なら、問題ない。もし、不味くても食べ続けるんだ」

「はい!」


 食にこだわりがないのは良いことだ。あれは栄養を補給する以外の意味を求めてはいけない。


 余計なものを背負えば動きが遅くなる。判断が鈍る。いつでも全てを捨てられるように、心も体も身軽でいるべきだ。


 奪われないために強くあるのと同時に、奪われるものを持たない。この二つのバランスを保つことが、スラムで生き延びる秘訣につながる。


「この先にちょっとした広場がある。そこで食事を済ませるぞ」


 建物が取り壊され、残骸だけが残っている場所につくと、適当な場所に腰を下ろす。


 串に刺さっている肉をまとめて食べながら、今後の予定をまとめることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る