epilogue 継ぎ接ぎだらけのぼくと君

 日々はいつしか過ぎ去って、気が付けばまた年が明けていた。一年はあっという間で、色んな出来事を濁流のように吞み込んで過ぎ去ってしまう。

 今年も色んなことがあった。色んなことを試した。色んな脳を観察した。心がどこにあるのか探そうとして、結局見つからなかった。だから、僕たちはこれと言って変わらない日々を過ごした。そしてこれからも、こんな風に日々が過ぎていくのだろう。

 今年もまた、初日の出を待っている。もうすぐ夜明けだ。地平線から太陽がゆっくりと顔をのぞかせてきた。橙色の強い光と、うすい紺色の空の間に、白い光がたたずんでいる。

 僕はそらにたずねた。

「なにか、心に残るものはあるか?」

 そらはしばらく黙ったまま、空を見上げていた。そして橙色と紺色と白い光を数回、交互にじっくり見渡してからこう言った。

「分かりません。ですが」

 そらは僕を見つめた。もう、ほとんど機械に成り果ててしまって、元の素顔すら伺えないほど変わり果てた表情で。

「来年も、こうして一緒に日の出を迎えられたらいいと思います」

 思わず、背筋が凍り付いた。その一言に心が宿っているように思えたからだ。だけどそれは、人工知能による学習機能の賜物であって、決して彼女の言葉ではないのだろうとすぐに思い至った。

 彼女なら、こんな分かりやすい事は言わない。

 じゃあ一体どんなことなら言うのだろうと想像してみる。目を瞑る。彼女が楽しそうに笑って「空を見上げるたびに、君のことを思い出すのだろうな」と言った。

 ――なんて。

「……はは」

 なんというどうしようもない空虚だろう。これっぽっちの一言に、あと何年振り回されるんだろう。馬鹿げてる。滑稽だ。自分でも可笑おかしくって、笑えてくる。

「どうされたのですか」

 と、そらが心配そうな電子音で尋ねてきた。

「ただの思い出し笑いだよ」

 本当は、「一体どこで間違ったんだろうなぁ」と言いたかった。でも、なんとか堪えた。

 こんなに君が近くにいるのに、どうしてこんなに遠いんだろう。

 もう何回心がバラバラになって、そのたびに拾い集めて、繋ぎとめてボロボロになっているのかなんて数えてすらいない。

 もしかすると本当は心なんて、どこにもないのかもしれない。

 

 だったらもう何も分かんねぇよ。

 僕には人の心なんて一生経っても分かんねぇよ。


 ――でも、諦められない。


 だって彼女は――死んでないから。

 心を失っているだけだから。

 生きている。まだ生きている。


 だから、まだ終わってない。


 いつでもいいから、一度でいいから。

 いつか空を見上げて、僕のことを思い出してくれ。

 その日まで繋ぎとめるから。

 だから。


「来年も、その次も、そのまた次の年も……ずっと、よろしく」

「よろしくお願いします」


 ぴこぴこと調子外れな電子音が鳴った。

 新年の眩しい光が、僕たちに降り注ぐ。

 明け方の空は、いつだって馬鹿みたいに綺麗だ。

 僕もいつかあんな風に、上空で薄く消える群青になりたいと思った。



 今日も、彼女の空には誰もいない。

 空っぽの空が、どこまでも続いている。どこまでも繋がっている。

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