3. Day break

 初日の出を拝むのが毎年のルーティンなので、今年も朝まで起きていた。アンドロイドの方はともかく、僕は普通に人間なので眠気が酷い。

「そうまでして毎年、見る必要があるものですか」

 飛びかけた意識が、心配そうな電子音に引き戻される。そらは、その時々の状況に応じて声色を調整できるのだ。まったく、アンドロイドのクセに良くできている。

(本当、我ながらよくできているよ)

 なんて、時間稼ぎのつもりでそんな風に自賛してみた。

 初日の出を見る理由。その言語化。難しいけれど、なんとか出力を試みた。

「もしかして、期待しているのかもしれない」

「期待、ですか?」

「そうだ。新年だろうと世紀末だろうと、太陽は太陽だし、空は空だ。そう、分かっちゃいるんだけどさ――なにか、特別なことが起こるかもしれないって、思っちゃうんだよな」

「例えば?」

「新年の光に当てられて、そらに人間の心が宿ったりとか」

「日光浴によって新しい機能がインストールされるとは考えにくいですが」

「例え話だよ。はは……僕の言っていることは難しいか? 人間の心は難しいか?」

「私にはよく分かりません」

 そうか。

 まぁ、そういうものだろう。

 なんて話をしていると、いよいよ地平線から太陽がゆっくり顔をのぞかせてきた。橙色の強い光と、うすい紺碧こんぺきの空。その真ん中に、白い光がたたずんでいる。

 なるほど確かに、一年の始まりに相応しい光景と言われれば、そうなのかもしれない。しか「これはただの空なのだと」言われれば、その通りの光景でもあった。昨日の空とも、明日の空とも繋がっていそうな、どこにでもある空が広がっているだけだ。

「どうですか、初日の出は?」

 と、そらが電子音に乗せて尋ねる。

「ただの空だな。毎年見ているのと変わらない空だ」

 そう答えると、そらはピロピロと音を出して沈黙した。

「そらは?」

 と、僕はたずねる。

「なにか、湧き上がってくるものはあるか?」

 そらはしばらく黙った後、じっくりと空を眺めて、電子音を奏でた。

「よく分かりません」

「そうか」

 まぁ、そういうものだろう。

「きっといつか、なにかが分かるさ」

 僕はそう言って、カーテンを閉めた。そして、そらが一瞬気を取られている隙を付いて、頭部の電源スイッチを落とした。

「正月は寝て過ごすに限る」


 そうして僕は、最高の正月に向けて意識を落とした。





 

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