2. Pandemic

 五年で八割以上の人間が「死んだ」と言うより、「心を失った」というのが正確だ。

 そのウイルスはある日突然、なんの前触れもなく蔓延まんえんして多くの人々をむしばんだ。感染した人間は、ぷつんと電源が切れたみたいに動かなくなる。脳の機能は正常で、生理的な活動は続けるのに、意志というものがすっかり抜け落ちてしまったみたいになる。呼吸する抜け殻のみたいに――或いは心を失ったかのように。

 人類に解明できたのは、そこまでだった。

 流行から一年以内に全人口の七割が感染し、大勢の人間が動かなくなった。それっきり死んでいった。

 混乱はWHOや各国の政治中枢まで及び、やがて誰にも収集が付けられなり、世界は緩やかに終わった。

 そして災厄を生き延びた人々は、好き勝手に暮らしている。「心を失うウイルス」にも感染しなかった外道ばかりだ。行政や倫理観の崩壊をラッキー程度にしか捉えないような連中だ。世界中どこに行っても無法地帯、道端に死体が転がっても不思議ではなく、挙句の果てに人体改造も当たり前という時代になった。住職のガトリング砲はやりすぎにしても、利き腕を油圧機構のサイバネに改造する程度は、みんな平気でやっている。当然、自衛のためだ。

 こんな世紀末でぼくが生き残っているのは、ひとえに大学でサイバネティクス機構を履修していたからという、ただそれだけの理由に尽きる。この世紀末、サイバネをいじれる人間が貴重なことはみんな知っているから、そうそう滅多に殺されない。

 僕自身、そういう立ち位置を甘受かんじゅしている。

 そういう意味では、僕も立派な外道なのだろう。


 ――なんてことを思い出しつつ、アンドロイドの作ったソバをすする。あのボロクソな生地からよくこんなコシの強い麺が作れたものだと感心した。さすが、脳幹にインターネットが直結しているのは伊達じゃない。


「いかがですか、ソバ」

「美味いよ」

「あんな生地から出来たとは思えないくらい?」

「言うじゃないか。アンドロイドのくせに」

「恐縮です」


 そらはクスクスと電子音を鳴らして、笑う仕草をした。アンドロイドも冗談を言えるのだから、つくづくいい時代になったと思う。

(……まぁ、自分で作ったんだけど)

 そう考えると、このソバも究極的には僕が作ったとも言えるので鼻が高い。


 なんだかんだ言いつつも、僕はこんな時代と上手く折り合いを付けているんだなと思った。

 まぁ、しょうがないさ。どうせ生きていくしかないのだから、上手くやらないと。

 そして来る年も「しょうがないさ」って言って終わりそうだな、と思いながら残りのソバもすする。

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