Recollection 01

 人類の大半が心を無くす前、僕は大学でサイバネティクス機構を研究する院生だった。取りあえずサイバネを履修しておけば就職先には困らないだろうという、本当にただそれだけの理由で研究者になった。なんというか、そういう時代だった。テレビを付ければ、十回に三回は「科学技術と人間の融合で、未来にさらなる可能性を!」って感じのCMが流れていたから、そういう風潮が高まっていたのだと思う。

 しかし現実は非情で、就職する年になって例のウイルスが蔓延した。気がついたら闇医者を開業していて、どうにかその日を暮らしていくハメになったが――まぁ、それは後の話だ。

 学生時代、僕は人付き合いが大の苦手で、極力人と関わらないようにしていた。誰に対しても常に一枚、厚い壁を張ってから接するにように心がけた。そうすれば、大抵の人も同じように壁を用意して接してくれるものだった。

 しかし、そんな常識が通用しない先輩が、一人いた。

 望月遥という名前の天才だった。

 彼女は自分の名前をひどく嫌った。彼女は名前の話題になると、ものすごい早口になって弁明するような人だった。とにかく喋っていないと気が済まないタイプで、研究室の中では酷く浮いていた。まったく存在感の無かった僕とは、正極の位置にいるような人だった。

 しかし、研究室内でメンバーが固まってくると、僕と彼女が余りものになることは必定で、そうなると僕は彼女の相槌係に収まらざるを得なかった。

 彼女は、本当に延々と話しかけてくるので、なんというか、圧倒された。会話のスピードと質量がとにかく凄まじいのだ。だから、相槌にもそれなりの要領を求められた。

 最初は猫被って、良い聞き手でいることを心掛けていた。しかし、それも数日が限界だった。彼女と出会ってから、相槌を打つのは実は疲れるということを知った。

 僕の対応は段々と雑になっていったが、それでも彼女はいつまでも延々と喋り続けるのだった。そして喋りながら、凄まじい速度で実験を進めていくから、きっと彼女のような人を天才と言うのだろうと思った。

 頭が良くて、早口で、些細なことに気を取られて、笑いのツボがよく分からないところにあって、よく笑って、よく分からないことで泣く人だった。


 要するに、変な人だった。

 危ういバランスの上に成り立っている人でもあった。

 そういうところを好きになってしまったのかもしれない。


 気がつくと、いつも彼女のことばかり気にしていた。

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