第10話 ヤクザ・イン・ウォー
「なあ、反社ども。俺はな、テメェらよりもよっぽど危ない組織にいたんや……わざわざ言うこともないやと? せやな、身に染みて分かったやろ」
「うぁ……あ……」
カレル王城、地下の拷問室。リュウは手慣れた手つきで、血に濡れた手袋を外す。彼の目の前には、椅子に縛り付けられた反政府組織ブリッツドナーの構成員が、虫の息で呻いていた。あれはもう歯がなく、爪もなく、抵抗する意思もない。まだ辛うじて生きている証拠として、血を全身から吹き出しているのだ。
「さて、話してもらうで。お前らの指導者は誰や? カシラもなく活動してはねえやろ」
「あ……」
血ぬれたボロ雑巾は、辛うじて人の言葉を喋ったのだった。
◆
「クッソ! なんてことや……そんな答えは望んでないんや……」
地下から上がった先、庭の木々を撫でる風は心地よいがリュウは息苦しく感じた。
「兄貴ィ、大丈夫っすか? やっぱ拷問って疲れるっすよね」
軽装騎士のペチコートが心配してやってきてくれた。
「いや、それで疲れたんじゃねえんや。奴らをこの国に送り込んだ指導者の名前が分かったんや」
「いいことじゃないっすか! さっすが兄貴ィ!」
「いいかペチコート、絶対にお嬢には言うなや」
「う、うん……」
リュウはペチコートの肩を引き寄せ、彼女の小さな穴に耳打ちする。
「反政府組織の指導者はパンドミ・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマン……お嬢の父だ」
「そんなことって……」
ペチコートも同じように動揺を隠せないのか、彼女の体の震えがリュウにもわかった。
カレル王国の先代王、戦争に負け一族揃って夜逃げした。年端もいかないコゼットに、敗戦国全ての責任を押し付けてだ。そんなクズが、まだコゼット姫の邪魔をしようとする。いまだに父を大切に思っている王女に、話すわけにはいかなかった。
「リュウ! ペチコート! 今すぐ、姫の元に集まってください! 港が爆破されました! それとヴェンジャンス帝国からの国交断絶の書面です!」
メイドのクリィが慌ただしく城内の通路を走ってきた。こっちを見かけて声をあげる。彼女の右手には、羊皮紙の書簡が握られていた。
港の爆破と、国交の断絶は二つの出来事じゃない。同じ意味を持つ、宣戦布告だ。
◆
数日後、カレル王国コゼット。ヴェンジャンス帝国、ジェライス帝王。双方はヨークランドにある国連の会議所に集められた。カレル王国も参加している国際連合、ベルウィンド和平同盟。その常任理事国だからこそ、ヨークランドという他国に場所に集められたのだろう。
「なによ! たかが戦争という喧嘩をするぐらいで、どうして関係ない場所にいかないといけないのよ。どうせ、お前たちを殺すって書面で言うだけでしょ!」
会議所の椅子にドカっと座り、コゼット姫はご機嫌ナナメだった。当然だ、彼女は常日頃から言っていた通り、ヴェンジャンス帝国は一度負けた相手。国力に数倍の差がある。本当に戦争をふっかけられたら終わりだ。
「お嬢、第三者を通した会議なんや。穏便に済ませる、算段をしているのかもしれん」
リュウはコゼットの椅子の後ろに立つ。会議所に入れる従者はやはり、一人だけだった。
「戦争にならなかったとしても、武力をネタにまた不平等条約を調印させられるだけよ!」
晩餐会でもするかのように長い机の向こう側、ジェライス帝王が腰掛けた。あいも変わらず悪人顔で、コゼットを舐めとるような視線でこちらを見ている。嫌なやつだ。
彼を補佐する従者はいず、一人だった。
「ではこれから、カレル王国とヴェンジャンス帝国の話し合いを行います」
机の真ん中にヨークランド王を始めとする国連の、四国の君主が腰掛けた。彼らは白い法衣を纏い、その姿は厳格さを表しているようだった。
彼らが座ると、待っていたとばかりにジェライス帝王が書面を読み始めた。
「さてお嬢ちゃん、ここに宣言しよう。我が帝国ヴェンジャンスはカレル王国に宣戦布告する」
やはり逃れられぬ宿命だったようだ。リュウは傍にいるコゼットを見やる。彼女は小さく震えたように見えたが、すぐに威勢よく怒鳴っていた。
「最後通告でしょ? 拒否権がないのに、私に同意を求めるのかしら? まったく、バカね! それとも私が泣いて許しをこうのを見たいのかしら?」
「いや、同盟国の方々にこの戦争は正義だと認めてもらうためだ」
「私たちの国が気に食わないだけでしょ? 不平等条約を解除されたのがそんなに悔しかった? それとも船を盗まれたこと? 卑しいやつね」
「……違う。暴君からカレル王国を取り戻すためだ!」
「何を言って……」
「ではお招きしよう、カレル王国真の王! パンドミ・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマン!」
ジェライス帝王が手を叩くと、会議所の中に一人の男が入ってきた。大仰なマントに、コゼットと同じ柄の王冠。その名は先代の王、コゼットの父親。面影は似ていて童顔。ガタイはよくて、人の良さそうな顔をしていたが、その瞳は冷え切った氷のような視線をしていた。
「うそ……お父さん! お父さんなの! 私、コゼット! コゼットだよ!」
コゼットは椅子を跳ね飛ばし、机に乗った。大量の書類を踏み荒らしながら、父の元へ走っていく。
「よせ! お嬢! あいつは……」
リュウは引き止めようとしたが、彼女のすばしっこさに間に合わなかった。刺客を娘の国に送り込んでくる父親がマトモなはずがないんだ。
「コゼット……我が娘––この売女めが!」
「きゃっ!」
コゼットはその父親に平手打ちされた。華奢な体が、机の上に転がる。
「おい、パンドミ閣下。ここで喧嘩をしていてば、わざわざ宣戦布告の場を設けた意味がない。国際法上、あなた方を正義ということにするための場なのだ。ここで武力行使は、世界大戦へと発展しかねん」
ヨークランド王たち、国連の君主にパンドミは会釈する。
「これは失礼。では宣言しよう! カレル王国はこの売女のせいで侵略国家となっている! 未熟な女が好き勝手やっているのだ! 私が留守のうちに! すなわち、子供の王国は既に国としての大義を失った! よって、私は王としてここにカレル王国の亡命政権を樹立する!」
「国連として認めましょう! カレル王国の真の王は、パンドミである! そしてヴェンジャンス帝国は偽りの王から玉座を取り戻すために、ここに宣戦布告する。それで間違いはないか!」
「我に正義ありだとも」
ジェライス帝王は強く頷いていた。最初から国連もグルだった。コゼットを悪者にして、あのクズ親は国を取り戻すつもりだ。
責任逃れの夜逃げをして、ほとぼりが冷めたら玉座に戻る。そういう筋書きだった。1から10までコゼットを生贄にする気だったのだ。
「お嬢……」
リュウは机の上で倒れたコゼットを抱き起す。唇の端が切れ血が滲んでいたが、大した怪我じゃない。意識もはっきりしている。でも彼女は項垂れてグッタリとしている。精神的ショックが大きいのだろう。啜り泣く声が周囲に聞こえないよう、リュウは大声を上げた。
「パンドミと言ったな! ブリッツドナー! 奴ら反政府組織を使って、破壊工作をしていたな!」
「なんだ売女の父親がわりか? 頭の悪そうな男だ、スパイは違法じゃないんだよ」
「なぜこんなことをするんや! 実の親やろうが! 出て行ったお前のために、カレルをよく導こうとしていたんや!」
「そうだろう、あれは俺に似て賢い。私がいなくてもカレル王国は栄え始めていた。本当はカレルが疲弊して、国民が私を求めた時に復帰しようと思っていた。だから我が尖兵を使って、国を衰えさせるつもりだ。だが失敗した。正々堂々殴りにきたわけだ……おっとこれはオフレコだ。国連の議事録には残さないでくれよ。はっはっは!」
パンドミ閣下は高らかに笑った。続けてジェライス帝王、そして国連の君主たち。笑い声は開戦の鉄砲代わり、いけすかない大人たちの唾が議会にあふれていた。
◆
「ひっぐ……うっぐ……うあああああっ!」
帰りの船の中、コゼットは船室で泣きじゃくっていた。冷たく濡れたベッドの上で、リュウは彼女を抱きしめる。そうすることしかできなかった。
実の父親が侵略しにくるのだ。それがどれだけ恐ろしく、怖いものか。リュウにはわかった。自分もオヤジに腹を切れと言われたからだ。
でも、彼女はまだ十歳にも満たないのだ。
「安心するんや、俺が守ってやるさかい。ペチコートもクリィ、それにケーニッヒだっている。少なくともこの船にいる奴らはお嬢の味方や」
小刻みに震えるコゼットを抱きながら、リュウは決意した。奴らを殺す。お嬢をこんな目に遭わせる奴が、父親だろうが大国の帝王だろうが殺してやると。
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