第9話 ヤクザ・グラウンド・デス
「こんな夜中に取り立てに行けとは、うちの姫様は無茶をおっしゃるで」
スーツで夜風を切り、リュウは誰もいない中央通りを歩く。夜逃げを阻止しろとコゼットから命令された。異世界に労働基準法がないとは、遅れているなとリュウは感じた。
「きゃああああ!」
尋常ではない女の叫び。リュウは慌てて、声のする路地裏へと急いだ。
「なんや! どうしたんや!」
薄暗くてジメりとした街の裏側。むせる湿気に赤い匂いが混じっている。衣服と腹を切り裂かれた女が、路地裏に倒れていた。その凄惨さには、暴力ごとに慣れているリュウも顔をしかめた。
殺された女は元々細身だったろうに、更に体が薄く見える。裂かれた腹に、臓器が丸ごとなかった。
誰かが直前までいたはずだが、周りに他の人影は見つからない。
◆
「ここ一週間で始まった連続通り魔事件は、これで五件……被害者は全員、臓器を全部取られていたって……うへぇ、こわー」
コゼット姫は騎士団の報告を受けて、渋い顔をしていた。朝っぱらから殺人事件の話をされては、仕方あるまい。
騎士たちと共に玉座でひざまづくリュウも、目覚めが悪く感じていた。
「臓器を持ってくなんて借金取りじゃあるまいし、酷い奴や」
「えぇ、リュウの国じゃ臓器売れるの?」
「ああ、医療技術が発展してたからや」
現実世界じゃ、そういう目的があるとも考えられる。だが、この異世界の技術では無理だろう。
「……ともかく、これ以上私の国民を傷つける訳にはいかないわ! コゼット・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマンの名において、命ずる! 我が騎士たちよ、全力をあげて国民たちを守りなさい」
怖がる子供みたいな顔をしていたコゼットだったが、キリッとした顔つきになっていた。
「は! カレル王国のために!」
「パトロール、そして犯人捜索を作戦を立てる! みんな、ついてきて!」
司令官のペチコート・イラストリアスを先頭に、騎士たちは鎧の音を立て、軍隊らしい規則正しい動きで玉座の間から出ていく。
リュウも共に出ていこうとすると、コゼットに呼び止められた。
「待って、リュウには独自に動いて欲しいの。騎士団の魔法部隊から人員を寄越して欲しいと、事前に言われていたの」
「あのケーニッヒの部隊やと?」
魔法部隊は騎士団の暗部、犯罪者退治などやらないと聞いていたがどうゆうことだろうか。リュウはともかく伝えられた場所へと向かうことにした。
◆
「よくきた、姫の懐刀のリュウよ」
「我らが案内しよう」
待ち合わせ場所は事件の起きた路地裏だった。リーダーであるはずの大賢者ケーニッヒの姿はなく、黒ローブの男女が二人組がいただけだった。フードに隠れて顔はよく見えない。
リュウはどことなく不安を抱きつつ、血の残る道を踏んだ。
「ケーニッヒはどこや?」
「大賢者様は別の要件があるのよ」
「我らは君に話しておきたいことがある。連続殺人犯の潜伏場所を」
ローブの男が血溜まりの残るレンガの道を叩いた。ガコンという音がして、一個のレンガが外れた。その中にはレバーがあって、それを引くと扉になっていて地下への階段が姿を表した。
「隠し通路やと!? どうしてこんなものを知っているんや」
「先代の王が使っていた道よ。コゼット姫は知らないけど、私たちは古参だから知っている」
「我ら魔法部隊には姫にも話せぬ秘匿義務がある。だからこれは最大限の譲歩だ。懐刀のリュウよ、君にだけ教えよう」
地下通路は肌がピリつくほどに乾燥していた。埃がまみれて薄暗い。ローブの男がもつランタンが光を灯すと、破けた蜘蛛の巣がよく見えた。誰かが通ったのは間違いないらしい。
「お前らが先代に義理立てしたい気持ちはよう分かる。最初のボスは親とも言っても過言はないからのう」
ヤクザの世界でもボスが変わることはよくある。自分を育ててくれた最初のオヤジこそ、最も大切にせねばならないとリュウは考えていた。
「分かってくれて助かるわ」
「この道に犯人が潜んでいるという証拠はなんや?」
「大賢者ケーニッヒが来てから、我ら魔法部隊は彼女の才能に嫉妬するものが多数現れた。新参者に勝つため、禁忌である召喚術に手を染める者が現れたのだ。触媒のために使うのは人間の臓器である」
「なるほど、お前らの中に犯罪者がいるということやな。そりゃ姫に話したくないはずやな。身内の恥で部隊が解散させられるかもしれへんもんな」
リュウは今は協力するフリをしようと考えた。忠誠を誓うのはコゼットのみ。先代の王への義理など微塵もない。彼らには悪いが犯罪者を捕まえたら、この部隊を弾劾しよう。それが組織のケジメというものだ。
「協力感謝します」
しばらく地下通路を進むと、広い空間にでた。そして血の匂いもした。丸い壁の部屋に、サークル状に人間の臓器が落ちていた。腐っているものや、形がズタボロに引き裂かれていたりして、何がどこかはわからない。そして、その部屋には黒ローブの人物が三人もいた。まるで待ち構えているようだった。
「ここで我らの儀式を執り行う。召喚獣の餌は貴様だリュウ!」
ランタンを持って案内してくれていた男がフードを脱ぐ。それはリュウもよく知っているパン屋の店主だった。国家転覆を目論むブリッツドナーとして、逃亡していたものでもある。彼は稲妻の紋様が入った、反社の仮面を被った。
「殺人犯はテメェらか! 俺を誘い出しやがったか!」
「我ら冥府に願い奉る。人の命は稲妻の如し、光消え失せる赤い旋律に、贄の魔物よ! サモンヴァルトデーモン!」
彼らが一斉に詠唱すると、臓器を取り囲むように魔法陣が現出した。部屋いっぱいに魔法の光が満ち、紫色に輝いていく。供えられた臓器が溶け去り、影が噴出するようにして巨大な魔物が出てきた。部屋を圧迫するほどの、筋骨隆々な悪魔だ。ツノが紫色に輝き、丸太のように巨大な腕をブンと振り回す。側にいたローブの男が一人吹き飛んで壁にぶち当たる。血を吹いて動かなくなった。
理性のない魔物に見えるが、一応は召喚者の意に応えるのだろうか。悪魔は黒目のない瞳で、リュウをじっと見ていた。
「やろうというんやな! 後悔しても遅いで!」
リュウは悪魔のパンチを横っ飛びで回避した。風圧で床の一部が抉れて穴が空いた。リュウは倒れて動けないローブの男に駆け寄り、鉄の杖を奪う。
「ニンキョウスキル!
杖を瞬時に日本刀へと姿を変える。悪魔の懐へと飛び込み、逆袈裟の形で切り上げる。悪魔の左腕が血飛沫と共に飛んでいく。
「グオオオ!」
叫ぶ悪魔の右腕の拳、リュウは後ろ飛びで避ける。地面を抉り、飛んできた石欠片がリュウのスーツを割く。大した切り傷じゃない。リュウはその腕に飛び乗り、そのまま太い筋肉の上を駆け上がる。ツノつきの頭を、ポン刀で撥ね上げた。
「人の命を使うにしては、安すぎるで…」
首のなくなった悪魔は動かなくなった。紫色の発光が止まる。
ランタンをもつローブの男がボソリとつぶやく。
「やはり、我らの魔力ではこの程度であろうか。だが、大賢者ならば…」
奴を刺し殺してやろうかと、リュウが詰め寄ろうとした瞬間。殺したはずの悪魔が、再び輝いた。紫色の光と共に爆発した。魔力の波動か、床を爆散させた。
「うわあああ!」
リュウは瓦礫と共に落下した。あまり高くなく、なんとかリュウは受け身を取ることができた。見上げると、ローブの反社どもは上から見下ろしていた。大したことない奴らの、小賢しい作戦だったのだろう。
「貴様ら! そこで待っていやがれ!」
この部屋に出口がないか探す。中心部にはベッドがあって、そこには前髪ぱっつんの少女が寝ていた。
「んぁ……おはよう、どうした? ここは…」
「ケーニッヒ! 貴様も反社か!」
リュウはポン刀で斬りかかる。ケーニッヒは文字通り、飛び起きて跳ねたので当たらなかった。
「わわわ! どうして斬り……いや、いいや。リュウとは一度、やってみたかった」
ケーニッヒは背中に背負った杖をぶん投げてきた。魔力を帯びたそれを、リュウはポン刀で弾く。杖は盛大に爆発した。
「ぐう!」
凄まじい爆風が体を軋ませる。まるで交通事故にでもあったようだ。だが、直撃でなければ死にはしない。
リュウは離れたケーニッヒを追い詰めにいく。
「あはは! ボクの魔法に怯まないなんて、流石だよリュウ!」
ケーニッヒの背中には杖が六本ある。一発は撃たせたから、あと五発を耐えれば勝てる。そうリュウは考えた。
ケーニッヒは残りの五本、全てを一気に投げつけてきた。
「なに!? 全部やと!?」
まずい、全てを叩き落とせない。何より得物を全て投げつけるという選択肢を取ったことに、リュウは驚いた。決めきれない恐怖はないのか、奴には。
リュウは刀を前方に投げた。一本目の杖に当たり、それが爆発すると連鎖的に全ての杖が爆散した。
「ぐうう!」
「やったか! って、言っちゃいけないんだっけ?」
爆炎の嵐が過ぎ去った。リュウのスーツはボロボロに破けて、血も滲んでいたが、直撃を避けたおかげで大丈夫。この程度、ヤクザの事務所同士の抗争で日常茶飯事だった。
「タマとるで…ケーニッヒ!」
「あはは、負け負け。強いねえ。ところで、ここはどこなの?」
「笑ってるんじゃねえ! 反社のリーダーが!」
「反社? なんの話?」
「上の魔法部隊の奴らを率いて、俺を始末しようとしたやろ」
ケーニッヒは上を見上げて、リュウに視線を戻す。まだ彼女は笑っていた。
「あんな変な仮面付けさせた覚えないけど……ボクは傭兵として、戦場での指揮を任されているだけだから、部隊のオシャレに口出しはしないよ」
「はぁ? じゃあ、お前も連れてこられただけ…」
「そうだね、ボクらを殺し合いさせたい。そうだろうね」
上のローブの男たちは何かをヒソヒソと話していた。そして、急に大声を上げたかと思うと、杖がリュウとケーニッヒに向けられていた。
「死ね!」
「まずいで! ケーニッヒ! 伏せるんや!」
「遮蔽物とかないよ!」
リュウはケーニッヒを押し倒し、自分を盾にするように覆い被さった。なんであれ、姫の大切な部下を失わせる訳にはいかない。
飛来する魔法を警戒して、リュウは歯を食いしばる。しかし魔法は飛んでこなかった。
代わりに鎧の音と、怒鳴り声が聞こえた。
「裏切り者め! 騎士団の恥を知りなさい!」
「イラストリアス司令官! なぜここが!」
「あれだけ大きな爆発音が聞こえれば、誰でもわかるよ!」
リュウは顔を上げると、上にはペチコート率いる騎士がごった返していた。叛逆した魔法使いを続々と拘束していく。
「け、計算通りだね」
リュウの腹の下、ケーニッヒが呟いた。
「嘘つけや」
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