第4話 ヤクザ・イン・デザート
「リュウ! どういうことなの! 説明して!」
城内を揺るがすコゼット姫の金切声。目の前にいるリュウには殊更にこたえる。
「……っ! どうと言われても、注文通りのパフェなんやがな、お嬢」
「私が頼んだのは特A級のクリームメロンを使ったパフェよ! これはC級のミストメロンじゃない! 私を騙そうたって、そうはいかないわ!」
コゼットは一口だけ食べたパフェをグラスごと、床に叩きつけた。先ほど、リュウが手作りしたデザートは白い吐瀉物のように四散する。
姫の癇癪にも困ったものだ。流石のリュウも、丹精こめて作ったものが無下にされるのはこたえる。
「そ、そんなわけないやろ! お嬢のいう通りのルートで輸入した、最高級品や。メロンの入ってた桐の箱には、品質保証書も同封されてたんや」
「保証書なんて言ったって、羊皮紙に一筆書いただけでしょ! この私の世界一グルメで、愛らしいピンクの舌は騙せないわ! そのメロンはC級品、庶民の味! 私には合わない! 今すぐ作り直して!」
「そないなこと言われても、メロンは同じ業者から買ったものしかないで……」
コゼットは大きすぎて斜めに被っている王冠を、直した。ふわりと膨らむスカートを抑えもせず、椅子から立ち上がった。ビシッと人差し指を、リュウに向ける。小さなその指には生クリームがついたままだった。
「これは立派な犯罪行為よ! リュウ! この輸入業者を締め上げて、罰金をたらふく支払わせなさいな! どんな手を使ってもいい――このコゼット・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマンの名の下に、全ての暴力行為を是認します!」
「お嬢――私怨が入っているな」
「そうよ、悪い?」
「いいや、俺も同じや。詐欺業者に、落とし前を付けさせてやるさかい」
高級品のメロンを安物とすり替えるとは、許せない業者だ。おかげで姫の前で恥をかいた。ヤクザは舐められらお終い。必ず報復をしてやる。リュウは血が滾るのを感じた。
「あと、ちゃんと本物の最高級メロンを持って帰ってきてね」
「……そっちが本命じゃないやろな?」
◆
「リュウさん! メロンがたくさん食べられると聞いて、やってきました!」
港に急ぐリュウの元に、メイドのクリィが付いてきた。デカメロンのような胸をばるんばるんと揺らし、機嫌が良さそうだ。
「買い物に行くわけじゃないんやぞ。ご機嫌ナナメの姫さんの相手でもしといてくれ」
「いえ、姫さまの命令で私も付いていくんですよ。リュウさん、メロンの味の違い分からないですよね? 私が食べて、偽物かを判断します。言うなればメロン鑑定士です」
「新しい職業作るなや……」
城の中ならば誰も気にしないが、クリィを街で連れ歩くると他人の視線が気になる。彼女はコゼット指定の、ドスケベメイド服。胸元がガッツリ空いていて、パンツが見えるほど短いスカート。ふとましいモモに映えるガーターベルトだ。
「あ、あのここから先は国家運営の港ですよ。そういった格好のお客様は……」
巨大な帆船が多く泊まる港に着くと駐在の騎士から、咎められた。彼は明らかにクリィの胸を見ている。慌てて彼女は胸を隠すが、ボリューム的に隠しきれていない。
「ひっ! こ、これが私のメイド服ですが、何か?」
「言っておくで、クリィ。その格好はどう考えてもお嬢からのセクハラや」
「ヒィい! やっぱりです……しかし、メイドたる者。主人の命令には逆らいません、それが矜恃です!」
クリィは顔を赤くしながら、言い切った。忠誠心の高さは、良くできた使用人だ。リュウは感心した。
「あ、あのう? それで、あなたたちは何なんですか?」
「ああ、言い忘れておった。俺らはコゼット陛下からの使いのものや」
リュウは港の騎士に、胸元のバッジを見せた。国旗を象った正式な証を見て、騎士は血相を変えた。
「国税庁の方でしたか、失礼しました!」
「協力せえ。輸入業者のフルーツリウスの記録が欲しい」
「お待ちください」
騎士は警備小屋の方へ引っ込んだ。暫くしてから持ってきてくれた、書類にリュウとクリィは目を通す。確かにメロンの輸出入記録が記載されていて、数は合っているように見えた。
「待って、リュウさん。輸入時にはC級のミストメロンだけど、輸出時には特A級のクリームメロンになっています」
「輸出国はヨークランド。あそこはC級のメロンの輸出すると免税だ。そして、俺たちのカレル王国は高級品の関税が安い。このフルーツリウスとかいう会社、かなりイジ汚いで」
「調べてみる必要がありますね。騎士さん、この商会の船はまだ泊まっていますか?」
駐在の騎士は一番大きな帆船を指さす。エメラルドグリーンの、高級そうな帆が張った巨大船だ。
「あれがフルーツリウスの輸入船です」
貿易は定期船ではなく、私物の貿易船を使う。乗組員は全員、同じ商会の構成員のはずだ。
リュウとクリィは、エメラルドグリーンの帆船が泊まる波止場にきた。商会の連中は、船に簡易的な橋をかけて、荷物の入った木箱を積み込んでいた。今度はこの国から輸出をしていくのだろう。
リュウは、髭面の現場を仕切っていた男にバッジを見せながら話しかけた。
「俺らはコゼット女王陛下からの使いや。色々と検査したいことがあるんや、船の中を見せろ」
「は? 役人だぁ? こっちはこれから出航なんだ、そんな暇ねえよ。帰りな」
男はリュウの肩を押してきた。邪険にされ、リュウはイラっとした。力づくでいうことを聞かしてやるか。
握り拳を作ったところ、クリィに耳打ちをされた。
「無理矢理に押し入っても、証拠を隠されたら意味ありません。ここは潜入しましょう」
「潜入たって、どうすりゃいいんや」
「私に任せてください」
リュウはクリィの提案を受け入れることにした。
◆
「おい、クリィ。なんや柔らかいんやが」
「リュウさん、変なところ触らないでください! ひゃっ!」
二人が入ったのは船に積み込むはずの荷物が入った、大きい木箱。中身は果物だろうか、真っ暗闇でリュウにはよく見えない。よく熟した、果肉の感触。手に吸い付く感じが心地よく、思わずモミモミした。
「何やこれ、メロンか?」
「……っ! それは私のおっぱいです!」
「す、すまん!」
まさか乳房を掴んでいたとは。リュウは慌てて、手を離す。体を遠ざけようと身をよじると、本当の果実を潰してしまったようだ。ピュッという音がして飛沫の湿り気を感じ、妙な匂いが充満する。
「きゃん! 変な汁が……ぬるぬるします」
「すまん、何か潰してしもた」
突然、木箱の中にとんでもない揺れを感じた。荷物が船の中に積み込まれようとしているのだろう。リュウは衝撃で、前のめりに倒れた。充満している果物がクッションになったようで、痛くはない。むしろ顔が挟まれたようで、心地が良い。
「うぐっ、乱暴やな。柔らかい果物で助かったで」
「リュウさん! だからそれは私の……」
頬に当たる、柔らかいものに挟み込まれているような感覚。リュウは慌てて、顔を離す。
「すまん……!」
いつの間にか揺れが収まり、辺りも静かになったようだ。出航したのだろう。機を計らって木箱の蓋を開け、リュウとクリィは外に出た。
「言い出しっぺは私ですけど……うぅっ、酷い目に遭いました。ベタベタですぅ……」
木箱の中身はココナッツベリーだった。乳白色の果汁が特徴的なブドウで、カレル王国の特産品の一つだ。
クリィのメイド服は、ぐっしょりと濡れていた。ダイナミックに開いた胸元にさえ、白濁した液体が滴る。
「しっ……誰かが来るで」
荷物の多い船倉に、外から足音が聞こえた。リュウは慌ててクリィの手を引いて、別の木箱の後ろに隠れた。
「おい、ヨークランドに着く前に作業を終わらせるぞ」
「あれ木箱の蓋が開いているな。中身もグチャグチャだし、積み込んだ奴には後で説教だな」
二人の乗組員が木箱を引っ張っていった。大きく重そうだが、下には滑車が付いているようで運ぶのは楽そうに見えた。
船倉から出ていく二人を、リュウとクリィは追いかける。物陰に隠れて、作業を見守る。
乗組員は隣の部屋で、ココナッツベリーを机に広げ始めた。そこには高級そうな桐の箱があり、ベリーと羊皮紙きらしき何かを突っ込んでいた。
「さっき、汁が口に入ったので分かりましたが、あのベリーはC級の安物です」
クリィがリュウの耳元で囁く。安物を高級に見せるだけでなく、正規の税金も払わない気だ。
「相当、悪質やな。ここの商会は徹底的に潰さねえとな」
「今のうちに証拠を集めて、寄港してから……」
「おい、お前ら! 何者だ! どこから入り込んだ!」
まずい、物陰を一人に覗き込まれた。リュウは焦る感情よりも、早く手が出た。
「オラァ!」
「グァ!」
乗組員の顎に強烈なアッパーカット。彼は机の方まで吹き飛んで、物音を鳴らす。
もう一人の乗り組員は離れたところにいた。まずい、奴は部屋の外に逃すと仲間を呼ばれてしまう。リュウは冷静になると、冷や汗をかいた。
「だ、誰か! 侵入者……」
乗組員が大声を上げて逃げ出した瞬間、彼の身体が半回転した。頭を床に打ちつけて、意識を失う。まるで魔法のように素早い体術だった。床に白濁した液体が垂れる。
「ふぅ、危ない危ない」
「クリィ、お前そんなに動けたんやな。コゼットが気に入って、傍に置くわけや」
物陰から、乗組員の位置までは机を挟んで数メートルはあった。クリィはまるで忍者のように、滑らかに机を飛び越して蹴りを入れていたのだ。
「いえいえ、竜を殺せるリュウさんほどではありません。ちょっと昔に色々あっただけです」
「俺と同じようなもんか。詳しくは聞かん、力を貸せ。果物の品評役にしておくには惜しい」
クリィは柔和な表情を見せている。リュウは彼女の肩を叩いた。まだ汁で濡れていて、触ったことをリュウは後悔した。
「おい、凄い音がしたぞ! どうした!」
部屋の外が騒がしくなった。船倉の方に人が来るかもしれない。
「リュウさん、この状況では証拠だけを押さえて隠れているのは難しいです」
「はっ! 力づくなら得意や! ブリッジを抑えるで!」
「はい! 私に付いてきてください、潜入は得意ですから」
クリィは中腰になり、まるでウサギのように素早く動く。リュウはその後ろを付いていく。クリィは知らない船の中なのに迷いなく、野生の勘でも働いているかのようだ。
誰かが近づく、気配がしたのか。クリィは突然止まった。そうしたら直上に跳ねた。天井にいったまま帰ってこない。
「おいおい、そんなアホな……」
クリィは腕と脚の力だけで、天井に張り付いていた。
「ほら、リュウさんも早くしてください。見つかってしまいますよ」
「し、しゃあねえな」
リュウも頑張ってジャンプする。何とか天井の梁を掴み、宙に浮く。リュウの真下を乗組員たちが通っていく。
「仲間がやられたんだ、敵は手練れだ気をつけろ」
「おい、まさか騎士じゃないだろうな」
「そんなわけないだろ、有能な騎士は皆んな亡命したさ。大方、貴族の私兵だ。だから高級メロンを偽装するのを辞めようって言ったんだ。金持ちを敵に回すと怖いからな」
「何であれ、始末すれば問題はチャラではないか。探すぞ」
乗組員たちは曲がり角の向こう側に消えていく。見えなくなるのを待って、リュウとクリィは天井から降りる。
「はぁはぁ……しんど」
「行きますよ、目標はブリッジです」
コソコソと慣れないことをするのは、疲れる。リュウは息を整えて、再び走り出す。
◆
船の甲板上、船尾側。取り舵のついたブリッジがある。巨大な操舵輪をクルクル回しているのは、髭面で帽子をかぶっている。フルーツリウス商会の会長で、船の検査を拒んだ人物だ。
リュウは彼の後ろから話しかける。
「テメェ、相当悪事をやっていたみたいやな。分かるよな、食い物の恨みは恐ろしい。特にうちの暴君の恨みはよ」
「侵入者は役人かよ。物騒な世の中じゃねえか――おい、野郎ども! 出てこい!」
彼の一言で、甲板に隠れていただろう。乗組員たちが姿を表した。数十人はいて、彼らはサーベルを持っている。商会というより、まるで海賊だ。リュウを取り囲む。
「へっへっへ、海の上じゃ俺らは自由よ。サメに食わしてやるから、そこで震えて――がああ!」
ニタニタと笑う一人が、半回転して吹き飛んだ。彼が頭を打ち、サーベルが甲板に突き刺さるとクリィが現れた。
メイド服の裾を摘んでお辞儀する。スカートの裏側からナイフを二本取り出し、両手に握っていた。
「こちらは私に任せてください、リュウさん」
「ああ、頼む――」
そう言い終わらないうちに、乗組員が全て宙に舞った。クリィの身のこなしは目にも止まらない。ナイフは相手のサーベルを受け止めるため。ただの体術で、全てをノックアウトさせていた。
「な、何なんだお前らは!」
髭面の会長は操舵輪から手を離し、狼狽えている。
「ただのメイドと役人といったやろ。サシで話し合いをしようや。今回の件、こちらも条件を呑んでくれれば減刑も考えてやってもいいんや」
「だ、誰が役人と取引などするか! 死ねや!」
髭面の会長は金ピカのサーベルを抜いた。迫真の殺気で突っ込んできたが、リュウにとっては相手の動きはノロく見えた。
「ニンキョウスキル!
「なに! 俺の剣が!」
リュウは金のサーベルを白刃取りする。即座にスキルを発動し、光の中に包み込む。リュウの腕の中でサーベルは形を変えた。それはヤクザの裏取引に使うもの。ジェラルミンケースに収まり、一目で取引相手の目を眩ませる。金の延棒だ。
「詐欺師が! 金の重み、食らっときい!」
「があああ!」
リュウは金の延棒で、会長の頭をぶん殴る。甲板の上で、会長は身悶えた。ごろごろと痛みに耐えている会長の頭を掴んで、リュウは彼を立たせた。無理矢理、会長の震える手を操舵輪に握らせる。
「手加減しておいたで。気絶してもらっちゃ困るからのう。お前は取引をダメにした。減刑無しで俺らの条件を呑んでもらう。このまま目的地のヨークランドまで船を動かすんや」
「じょ、条件って!? 何をやらせるつもりなんだ!?」
「そりゃ、決まってんやろ――特A級のクリームメロンや。早くしろや、怖い姫さんがヨダレを垂らして待ってるんや」
帆船は海風をなだらかに受けていた。波も高くなく、絶好の航海日和だった。
◆
「うんまああああ! これよこれ! 一口食べれば溢れるコクのある果汁! 砂糖を含んだ潮風のような清涼感! 喉を滑らかに落ちていくメレンゲのようなやさしさ! これぞ、まさしく特A級のクリームメロン!」
カレル王国、城内に響くコゼットの絶叫。ポジティブな意味なのは、いつぶりだろうか。
商会を脅して無理矢理、輸入させた高級メロンでリュウはパフェを作った。コゼットは喜んでいたので、リュウは安堵する。
「ねえ、姫様。私にも一口くださいよ」
「ダーメ! フルーツリウス商会を潰した以上、新しい輸入ルートを見つけないといけないの。それまでにメロンの備蓄が無くなるかもしれないじゃない。クリィはC級のメロン食べてなさい、あれ余ってるから」
「え〜! そんな〜! 今回は、私も頑張ったんですよ! 一口ぐらいくださいよ」
コゼット姫が座る玉座の近く、クリィはおねだりしていた。口をわざとらしく開けたり、ぴょんぴょんと駄々をこねる子供みたいに跳ねていた。豊満なクリィの体だ、いとも簡単に胸が揺れる。コゼットはそんなメイドの乳房を鷲掴みにした。
「うるさい、この駄乳が! ダイエットしなさい! それか、私が生クリームみたいに絞ってあげようかしら」
「いやぁああ! やっ、んっ……あぁん! ごめんなさい!」
コゼットの容赦ない責めにして、メイドのクリィは無抵抗だ。
「やれやれ、しゃあない。俺が新しい輸入業者と契約してくるで」
リュウは立ち上がり、スーツのポケットに手を突っ込んで玉座の間から出ていく。コゼットの声が背中から聞こえた。
「いいぞ、リュウ! 金に糸目はつけない! もし嫌だと言われたら、ぶん殴ってもいいぞ! あははは」
「あいよ――まったく、組長よりもおっかねえ姫さんだ」
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