第3話 ヤクザ・オン・ブリッジ

「橋の通行費、十万ルピって高すぎだろ〜!」

 

 王国の一番深い溝、バッドステップ谷。そこには幅の広い吊り橋がかかっている。馬車が余裕で通れるため、勇んで荷造りしたであろう商人が悲鳴をあげる。


「困るなあ旦那、払うもん払ってもらわんと。こっちも赤字なんですわ」


 支払いを拒むと出てくる怖い人、それがリュウだ。税務署のバッジをつけた、元ヤクザ。コゼット姫からの勅命を受けて、ぼったくりをしている。


「勘弁してくれよ役人さん! こっちはルーホンイモを百ルピで、家庭の食卓へ届けてんだ! 橋を通るだけで十万も取られちゃ商売にならねえよ」

「払わねえんていうのならよ、構わまへん。積荷はそのまま谷底へ落とすことになる」


 商人は足元を見た。バッドステップの谷底は深く、落とされた物の自壊音は恐らく聞こえないだろう。


「ば、バカか! こっちの国に売りに来ても、赤字になるってんなら自国で売るに決まってんだろ!」

「なら積荷は谷底へ落とすで」

「だから持って帰るって言ってるだろ!」

「あんさんよお。もう橋は殆ど渡り切っているんやで? 引き返したところで、橋を利用しておるんやから通行料は払ってもらう。出来ないなら、積荷は破壊する」

「 そんな横暴な!」

「せやで、余裕のない国。借金まみれ、敗戦国家。ようこそカレル国へ」


 リュウはスーツのポケットに手を突っ込んだまま、お辞儀をする。

 商人は結局、通行料を払ってくれた。恨みつらみを捨てゼリフとして吐いていきながらだ。残念ながら異世界にはお客様相談室はない。

 この橋の近くに備えられている詰所も、寂れて前時代的だ。木机の上に先ほど手に入れた金貨袋を置きながら、リュウは椅子に腰掛けた。


「お疲れ兄貴! いや〜、やっぱ兄貴に任せるとすんなり払ってくれる人ばかりで助かるっすよ!」


 ミニスカートの目立つ軽装鎧。おおよそ大規模戦闘に出る格好ではない女騎士、ペチコートがお茶を持ってきてくれた。今週は彼女が当直らしく、いまいち押しが足りないペチコートの手伝いとしてリュウが呼ばれる形となっている。


「脅しなら大得意や。だがな、橋の通行料高すぎひんか? そりゃ、快く払ってくれへんて」

「ぜんぜん、人が通らないからその分高いんすよ」

「税金やで、商売やないんやけど……」


 ふと、詰所の扉が叩かれた。ペチコートが開けに行く。外には同じ騎士団のメンツだろう、数十人がいた。暇な部署に何のようだろうか。


「イラストリアス司令官! 四番分隊、ただ今到着しました!」


 一番屈強そうな男が、フルフェイスの兜を脱いで大声をあげた。


「イラストリアス? 誰やそれ」

「あ、それ私っす。ペチコート・イラストリアス、名字言って無かったっすね」

  

 ペチコートは頭を掻きながら答える。


「は!? お前、そんな偉かったんかい!」

「あはは、そんな大したことないっすよ。先代の国王が敗戦して亡命するとき、騎士団の手練れが何人もご一緒しちゃってですね。今の騎士団は人手が足りないんすよ。私も繰り上がりで昇進しただけなんで、気にしないでくださいっす」


 ペチコートは快活な笑顔をリュウに見せてくれた。彼女は到着した部下に向き直っても、表情はあんまり変わらなかった。


「ごくろ〜みんな〜! 準備はできてる〜!?」

「イラストリアス司令官! 我々はギンギンに昂っております!」

「よしきた! じゃあ着替えちゃうよ! 兄貴ィ、そこの鎧取って」


 リュウは部屋内の隅っこに置かれた、重装鎧を見つけた。持ち上げてみると案外重い、ガチもんの防具だ。


「重いのう。なんや、戦争にでも行くんかいな……ってなに脱いどんのや!」


 重装鎧をペチコートの足元に置くと、彼女は元々きていた軽装鎧を脱ぎ始めた。乳房の形に象られた胸当てを外し、騎士団の制服のボタンを取っ払って行く。


「え? だって、脱がなきゃその鎧は着られないっすよ」

「年頃の乙女なんやから、恥じらいをやな……」

「私は戦士っすよ。いつでも更衣室がある訳じゃないっすから、気にしてたらダメっす。あ、もしかして! 兄貴ィ、その年で童貞っすか?」

「あ、あほんだら! ヤクザはな、強い男がなる職業や。強い男はモテるんや! ヤクザといえば夜の街で酒池肉林の大盤振る舞い、それこそ男の生きる……」


 リュウは思い返してみる。ヤクザは風俗店のいくつかを経営しているのは常で、うちの組も例外ではなかった。VIP待遇で利用できると聞いて、若い衆から誘われたこともあった。

 むしろ裏事情を知っているからこそ、あまり女の子の方から脱ぐと言ってはいけないのだと、リュウは考えている。

   

「へぇー、経験豊富なんすね」

「せ、せやで」

「じゃあ、問題ないっすね!」


 ペチコートは上着を脱ぎ捨て、薄桃色のブラを露出させた。服の上から分かっていた形の良い美乳。彼女が動くたびに、ふわりと揺れる。

 腰に手を伸ばし、スリットの入ったスカートのホックを外していく。すっと腰布が下に落ちる。タイツに覆われたお尻に、くっきりと下着のラインが映える。健康的な太ももに鉄のレギンスをつけ、ふくらはぎをベルトで締め付ける。腰には鉄の花びらと化した装甲板。ブラの上からそのまま、重装鎧を着用する。体の凹凸は消え去り、戦闘のみを考えた寸胴体型に、フルフェイスの兜。


「じゅんびかんりょ〜! さぁ、行こっか」

「ヒュー! ヒュー! イラストリアス司令官! サイコー!」


 騎士たちはペチコートの着替え姿を見て、わいわいと囃し立てる。士気は最高潮らしい。

 困ったものだ、そうゆうパフォーマンスをするにはペチコートはまだ若い。


「うちの組の系列店じゃあ、まず恥じらいから教えるで……」


 鎧をズシズシと鳴らしながら歩くペチコートと共に、外に出る。


「そういや、兄貴は鎧いらないんすか?」 

「俺は騎士やない、この派手なスーツを着てに極道になると決めたさかい。それにのう、鎧など俺には必要ないで」

「さっすが竜殺しの兄貴は違うっすね! そうゆうとこ尊敬しているっす!」

「ところで、何と戦う気なんや。こんな辺鄙なところに敵など……」

「いいや、兄貴。そろそろ来るはずっすよ。ここを縄張りにしているモンスターが」


 ペチコートが指差す方向、遠くから土煙が上がる。その出どころは深いバッドステップ谷からだ。底冷えするような金切声をあげ、高層ビルを横倒しにしたような巨大さ。長い体が脈動するように、うねる。手足も目立つもない、化け物が猛進する。


「な、なんやあれ!」

「ロンドルメン・デスワームっす。谷を住処にしていて、あの巨体で橋を壊しに来るっす」


 芋虫の化け物は谷からはみ出るほどデカい。そのまま通り過ぎれば、橋が千切れ飛ぶだろう。


「とっつげき〜!」

「うおおお!」


 ペチコートの号令に、騎士たちは突っ込んでいく。その怒号に反応したのか、デスワームの体から何かが吐き出された。体液のようなもの、それが谷から飛来すると地上で凝固する。二メートルばかしの小型なデスワームとなった。


「コルダイト流剣技! ソードフィッシュ!」


 先陣を切るペチコートは腰の両手剣を引き抜く。重装鎧を軋ませ、横なぎの一閃。ブヨブヨした小型のデスワームが、一瞬で三枚おろし。破裂するように液体と化した。

 他の騎士たちも、何十体と分裂したデスワームに応戦する。彼らはペチコートほど鮮やかに切れはしてないが、慎重に処理している。


「ペチコート! 剣を一本よこせ!」

「はいよ! 兄貴ぃ!」


 ペチコートの鎧の背中には、何本もの長さの違う剣がある。そのうちの一本を投げつけられ、リュウはキャッチする。


「ニンキョウスキル! 朱血憎凛刀しゅちにくりんとう!」

 

 どんな剣の種類だろうが関係ない。リュウはスキルによって、剣を光に包み込む。一番使いい心地の良い武器、それは片刃の日本刀。いや、極道じゃポン刀という。

 光の中から引き抜いたとき、異世界のたくましい剣は、東洋の流麗な刀身に切り替わっていた。


「オラああ! ウジムシが邪魔すんなや!」


 リュウはポン刀を振るう。ワームたちの体はブヨブヨしていて、妙に切りづらい。力任せに振り抜いて、ズタズタにした。


「橋を守るよ! とっつげき! とっつげき!」

「おい、ペチコート! 小せえのはともかく、あの親玉はどうすんや!」

「そんなもの、無理矢理止めるしかないっすよ!」


 ペチコートは橋を渡っていった。彼女から巨大なデスワームは目と鼻の先。そこにいたら橋と共に消しとばされてしまう。ペチコートは何を考えているのか、橋から飛び降りた。

 その勢いに、リュウも流石に焦る。


「お、おい!」


 橋から谷底を覗き込むと、ペチコートはデスワームの頭に乗っていた。気持ちの悪いナメクジの頭部に、剣を突き立てている。デスワームは突撃をやめて、頭をブンブンと振るう。その衝撃で、ペチコートは吹き飛ばされた。


「きゃああ!」


 橋よりも高い、遥か上空。砕け散る鎧の装甲板と共に、ペチコートが落ちてくる。リュウは手を伸ばし、ペチコートを抱きとめた。


「無茶しすぎやで!」


 リュウの腕の中で、ペチコートはボロボロ。鎧はなくなり、下着とタイツの格好。怪我はなさそうだ。


「い、いつまで触っているっすか!」

「す、すまん」


 リュウは慌てて離れる。着替えの時はなんでもなかったペチコートだが、彼女の耳は真っ赤だった。

 白いスーツをリュウは脱ぎ、彼女の背中に着せてやる。


「ありがとっす」

「いつも、あんな戦いを?」


 剣を頭部に突き立てられたデスワームは、踵を返して退散していく。分裂した小型の個体も、他の騎士たちが全滅させている。ひとまずは勝利なのだろう。


「えへへ、ああでもしないとデスワームは退いてくれないっすから」

「何が司令官や、あんなもん作戦と言わへん。次からは俺に――」

「……お姉ちゃん!」


 橋の向こう岸から声がした。何人かの一団がいる。家族だろうか、大人の他に、小さい男の子や女の子もいる。彼らに気づいたペチコートが駆け寄る。


「お前たち! また会いに来てくれたの?」

「うん! ペチお姉ちゃん! 今週は当直だって聞いてね、みんなで来たよ!」


 ペチコートは笑顔で彼らをハグしたり、頬を擦り寄せたりしている。


「イラストリアス司令官の家族は、橋の向こうの国で暮らしているんですよ」


 リュウの肩が叩かれた。騎士の中で一番ガタイの良いやつが、笑顔でいた。


「ふむ、ペチコートは異邦人なんか?」

「いや、違います。コゼット陛下が着任して、あまりの税金の高さにイラストリアス家は他国に引っ越ししたらしいです。六人兄弟ですからね、色々大変なんでしょう」


 あんなにも必死になって、突撃するほどだ。よっぽど家族と会えなくなるのが嫌だったのだろう。


「それがあいつが橋を守る理由か――なんでペチコートは、この国に残ったんや」

「騎士としての仁義を果たすため、と司令官は言っておられました。住みづらくなったとはいえ、騎士としての忠誠心を捧げようとしているのです。その心意気に、私も感服しております」

「仁義か……まるでヤクザや。形のないものに、縛られてるんや――だが、そういう不器用な生きかた嫌いやない」


 ペチコートは弟を肩に乗せたり、妹をおんぶしたり。その笑顔はとびきりに見えた。

 橋の向こう側の団欒だ。渡っていないのだから、通行料は払わなくていい。リュウはそう結論づけた。





「ぬらぬら〜なめなめ〜ナメクジちゃん〜♪ お前の弱点どこにある〜♪ ツノ出せ、ヤリ出せ、目玉出せ〜! 塩塗り混んでやる〜! ヒャッハッハ!」


 次の日、バッドステップ谷に妙な歌が響いた。カレル王国方面から、一台の馬車がやってきた。荷台の上で仁王立ちしながら歌っているのは、コゼット姫だ。


「……なにしに来よったん、お嬢?」


 今日も橋の防衛隊をしているリュウは、呆れて迎え入れた。姫のことだから、気まぐれで来ただけに決まっている。意味不明な曲もノリノリで歌っているし。


「やぁ、リュウ! なんたらなんとかのデスワームに困っていると思って、秘密兵器を持ってきてあげたの!」

「秘密兵器……?」


 コゼット姫は大きすぎるマントをはためかせ、荷台から飛び降りた。ズレた王冠を直してから、馬車にかかった布を取っ払う。そこには全長五メートルはあろう巨大な槍があった。人が持つものじゃない、仕掛けで吹っ飛ばして、城門に穴を開けるような攻城兵器だ。


「火薬炸裂式城砦破壊用切削槍 トーピード! もうしつこいナメクジともオサラバよ!」

「まさか高い通行料は、こいつを開発するためやったんか!?」

「もちのろん!」


 コゼット姫はハハハと高笑いをする。その特別な槍を見て、喜ぶものがもう一人。


「わーい! さすが陛下! かっこいいっす!」

「へい、ペチ! センスを分かってくれるのは、私の騎士だけだよ〜!」


 コゼットとペチコートは、仲良さそうにハイタッチをする。


「中には塩を盛り込んでくれたっすか?」

「うんうん! スクア海の天然塩をたーくさん充填しといた!」

「待てや! ナメクジっぽいからって、塩まけばええんか?」


 リュウの疑問に、コゼット姫は笑顔で答える。


「そうよ! でもあんな巨体にパラパラなんてやっていられないじゃない。そのための巨大槍、これをぶち込んで内側から塩をぶちまければ、パンパンパーンよ!」

「お嬢はいつも派手やな。しゃあねえ、いっちょ派手にやってやるで」


 だだっ広い橋の中腹に、馬車を運んで巨大槍を下ろす。槍は大砲に直接装填されていて、砲台の車輪を転がす。備え付けられた四本の鎖、その先には巨大な鉄球が付いている。リュウとペチコートは鉄球を谷に投げ入れる。ピンと張った鎖、重さで橋がたわむ。無理矢理に固定された大砲は、欄干の隙間から砲口を向ける。

 火薬を大砲の横ハッチから詰めたリュウは、火打ち石が嵌め込まれた棒をペチコートに渡した。


「準備は完了や。ペチコート、お前が打て」

「いいんすか、兄貴? こうゆうのきっとバーン! って面白いっすよ」

「橋を守りたいんやろ?」

「うん! ありがとっす」


 ペチコートに点火棒を渡した。橋のところからだと、遠くまでよく見える。土煙をあげ、またデスワームが近づいてくる。

 コゼットと他の騎士たちは、遠くで見守っている。


「ペチコート、家族と離ればなれで寂しくはないんか?」

「ん? そうだね、あんまり会えないのは寂しいっす」

「騎士の忠義と言ってもな、家族ってのは大事や。俺のいたヤクザっちゅーのはな、ファミリーなんや。抜けられはしない。だがの、騎士は違うやろ? 辞めたければ辞めても構わへん」

「嫌じゃないっすよ。放っておけない、ワガママ姫がいるっす。派手に税金とって、派手にこんなオモチャ作っちゃって。そりゃあお金分取られる、国民は面白くないっす。でも、きっと陛下ならちょっとずつでも、この国がよくなってくる気がするんすよ」


 ペチコートは点火棒を振り上げた。デスワームの姿がはっきりと見えるほど近い。あの化け物は橋に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。瞳のない、ブヨブヨとした鎌首をもたげる。歯のない口が、橋の上の異物を飲み込もうと口を開ける。

 カンッと火花が散る。ペチコートが大砲の横ハッチにある穴を点火棒でひっ叩く。耳をつんざく爆発音が鳴り、巨大な槍が弾き出される。デスワームの口内にぶち刺さり、白い粉が大量に舞った。充填されている天然塩だろう。

 化け物のうめき声が、谷に響く。巨大なナメクジの化物は、浄化されるように融解していき、跡形もなく消えていった。


「せやな――少なくとも、今回はコゼット姫のおかげや」

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