第2話 ヤクザ・マイ・フェアレディ

 ――異世界に召喚される前。現実世界で腹を切ったリュウは、天国に似たような場所にいた。



「のつく人……ヤのつく人! 聞こえますか?」


 かしましい女の声。おぼろげな意識のまま、目覚めたリュウは雲の上にいた。目の前にいるのは、転生の女神と名乗った。ヒラヒラの羽衣はとてつもなく薄くて露出も多い。もう殆ど裸エプロンと言ってもいいほどだった。


「ヤのつく人って、俺か? ヤクザ言いたいんやな」

「そう! ヤクザって言うんデスね! 私がこの仕事についてから初めて見ましたデス! 珍しくて、正直興奮してますデス!」

「最近の社会情勢的に、ヤクザっちゅーものは減っておるしのう」


 彼女が言うには、転生の女神ってのは何人もいるらしい。彼女、ファイブというらしい。女神はリュウを見つめ、宝石のような瞳を一層輝かせている。聞いてもないのに色々教えてくれた。

 どうやら前任者は四京四兆四億の魂を送ったので、四京四兆四億の有給休暇を取ってお休みらしい。ブラックなのか、ホワイトなのか。働き者なのかニートなのかよく分からない神の就業体系は置いといて、リュウはファイブとしばらく話をした。


「――つまりや、任侠ってのは心にある鉄骨みたいなもんや。カタギには手を出さねえ、やられたらやり返す。受けた恩義は一生忘れねえ。絶対に曲げられねぇ鉄の掟を持つことを、任侠って言うんや」

「ふんふん! かっこいいデスね! まさしく現代のサムライデス! いや、サムライも見たことないんデスけどね!」


 極道とは何かを極め抜いた人のこと。組に金を納められない奴は指を詰められること。対抗組織にカチコミに行って、ポン刀で切り刻んだことなど。リュウは話した。

 バイオレンスな内容だったがファイブは「どひゃーっ!」とか「にょわー!」やら、奇声を上げて楽しんでくれた。

 それで気をよくしたのか、ファイブはとんでもないことを言い出した。


「特別サービスデス! 本来なら反社会的な罪人は地獄行きなんデスが、リュウくんは異世界転生させてあげますデス!」

「なんやて!? 異世界ってどーゆうこっちゃ!?」

「異世界は良いデスよ! 記憶も肉体もそのまま、ファンタジーな平行世界で第二の人生を謳歌するんデス! 最近は人気の転生先デスよ」

「待てや! 俺は自分で望んで腹に穴あけたんや! 今さら未練などあらへん!」

「本当にですか?」


 ファイブは冷めた言葉を吐いた。輝きを失った、石のような瞳がリュウを見つめている。まつ毛は無く、まばたきもしない。まるで作り物のような、温かみのない視線が貫く。


「な、なんや! 何を知っ……」

「組長の娘が対抗組織に誘拐されたこと、助けようとして無理な殴り込みをして死なせてしまったこと」


 まるで雲の上から全てを見通してきたことを言う。


「そうや! お嬢は俺が殺したようなもんや! だから俺は罪人や! 地獄行きさせたらええんや!」

「――まだ小学生ぐらいでしたね、その子。あなたが名付け親だとか。よく懐かれていたみたいですね」

「だからなんや! 神やからといって、許さんで!」

「その子に頼まれたのですよ。あなたの魂を救ってくれと」

「お前……あいつに会って……」

「ええ、私があの子の魂をお見送りしました。『リュウは私を助けようとしてくれた、恨んでないよ』と伝えてくれと――清らかな心の持ち主は、やがて現世に輪廻転生させられるでしょう」」

「お嬢が……」


 恨まれていると思っていた。自殺しなければあの子に呪われるんじゃないかと、リュウは恐れていた。最後の最後まで、自分を気にかけてくれた事実にリュウは震えた。


「ヤクザという咎を背負ったあなたは本来ならば地獄行きです。デスが! 異世界転生させてあげましょう! 神の掟をねじ曲げる、大盤振る舞いデスよ! ついでにチートもあげますデス! 名付けてニンキョウスキル!」


 ファイブの瞳に生気が宿る。変身でもするかのように両腕をぐるりと振って、バンザイのような決めポーズをしていた。


「なんやそれ……」


 リュウは目元を拭う。お嬢が願ってくれるならと。「やってやるで」と呟くと、リュウの身体が光に包まれた。どうやら転生先に飛ばされるらしい。

 意識が霞んで行く寸前、ファイブはボソリと言ったのが聞こえた。


「今度は救えるといいですね」




 

 異世界に飛ばされ、気づいた時リュウは洞窟にいた。現世にいた時と同じ、白いスーツに赤いシャツ。派手なヤクザの格好。場違いだとリュウは思った。なぜならファンタジーとも思えるものが目の前にいたからだ。


「人間が我が領域に踏み入るか……覚悟はできているのだろうな」


 薄暗闇に輝く赤々とした、巨大な眼光。岩が真っ二つに裂けたような巨大なアゴに、氷柱のような歯が生えそろう。舌先だけで人間なんて丸呑みだろう。


「ドラゴンか奇遇やな。俺もリュウってんだ、ある意味じゃ同類やな」


 リュウはドラゴンを睨みかえした。強者を見かけると反射的にガンを飛ばす。ヤクザの敵はヤクザであるように、舐められるわけにはいかない。強さだけが、関係を決めるステータスなのだ。暴力の化身であるドラゴンも同じだと考えた。

 少なくともリュウはそういう世界で生きてきたのだ。


「脆弱な人間と同類だと!? 舐めるなあああ!」


 ドラゴンが大口を開ける。地獄の釜のような喉奥、火炎が逆巻く。何かを吐き出すというのはわかった。

 リュウは反射的に石を拾う。この洞窟内の鉱石だろう。転生の女神から貰ったスキル、それを使うことを無意識に思いついた。


「ニンキョウスキル! 灰緑乱神拳かいりょくらんしんけん


 握り潰した鉱石が光に包まれて、液体のように蠢く。指の間から飛び出し、無数の突起物となって収まる。喧嘩屋殺法とも言える殴り用の武器。メリケンサックと化す。強烈なアッパーカットを、ドラゴンの顎に見舞う。


「ぬぐうああああ!」


 ドラゴンの頭が上方へぶっ飛んで、天井にぶち当たる。そのまま首が豪快にハマり、ドラゴンは動かなくなった。噴出する返り血が、ドラゴンの逆鱗のあたりから降り注いでリュウのスーツを赤くする。


「じゃかんしぃじゃボケが!」


 リュウは振り返り、洞窟を出ていく。そこには緑あふれる世界が広がっていた。いくところはわからない。

 ただお嬢がくれた人生だ。生きるしか他はなかった。





 それから、適当に歩くと運よく街が見つかった。どうやらそこそこ大きい王国らしい。人は一人では生きられない。わかってはいるが、リュウは器用な男ではなかった。


「テメェ、どこ見て歩いてんだ!」


 街を歩けば、誰かと肩をぶつかっては怒鳴る。そんな調子で人付き合いが苦手だから、仕事も探せない。若い頃から組に入っていて、ヤクザ以外の生き方を知らない。残飯を漁り、ドブネズミと共に路地裏で雑魚寝をする。そんな生活だった。


「ヤクザ以外に生き方なんて知らねえよ」


 異世界にきて何日たっただろうか。リュウはドブネズミしか話相手がいなくなっていた。

 ヤクザはヤクザでしか生きられない。こんな異世界に居場所なんてなかった。

 その時だった、あいつに会ったのは。


「コゼット・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマン様のおな〜り〜」


 ふと気づくと表通りが騒がしい。ひょこりとリュウが裏通りから顔を出すと、パレードがやっていた。巨大な彫刻が馬車に引きづられ、大衆のどよめき声が聞こえる。楽器を手にもつ集団は歩きながら演奏し、踊り子たちは進みながらクルリと舞う。

 その最後尾に王妃だろう、高貴な一団がいた。小柄で年端もいかない姫は、大きな王冠が似合っていなかった。姫は馬に乗っていない。徒歩かというとそうでもない。彼女は人の上にのっていた。隊列を組んだメイドが四人、その背中に跨るのがコゼット姫。その姿は運動会の騎馬戦に似ていた。


「クリィ、遅いわ! もっと駆け足! 風を感じさせてよ!」

「そ、そんなこと言われても……はぁっ! はぁっ! 姫さま、重いです限界ですぅ!」


 騎馬戦の下にいる一番先頭の子は、息も絶え絶え。胸も大きく、上下に躍動していた。

 だが、一番上のコゼットは乗馬用の短いムチを取り出して、クリィの背中に叩きつけていた。


「誰が重いか! レディに失礼ね! こいつこいつ!」

「あうっ! やっ! ごめんなさい〜!」

「待ってクリィ、止まって」

「え? え〜! 急げって言ったり、止まれって言ったりなんなんですか〜!」

「いいから、止まる!」

「は、はい〜!」


 騎馬戦の一団は、街道に立つ人の波の切れ目に止まった。そこは路地裏に続く、汚れた道路。顔を出し、力なく這うリュウがいる場所。


「お前、妙な格好してるわね。旅人?」

「さあな、異世界から来たって言ったら信じるかいな?」

「へぇ、面白いわね。でも真実かなんてわからないわ、目の前で飛んでみせてよ。ほらジャンプぅ」

「それは出来ないんや。自分の意思できたんじゃないんでな」


 適当に言っておけば立ち去るかとリュウは思ったが、むしろコゼット姫はぐいぐい来た。


「フゥン……あなた私に飼われてみない?」

「は? 俺みたいなホームレスを拾って、なんだパレードの見せ物にする気かいな? やめておけ、あんたんとこの部下も嫌な顔してるで」


 コゼット姫はメイドの騎馬から降り、あろうことか手を差し伸べてきた。身長に対して長すぎるマントが土に汚れてもしゃがんで、地に這うリュウに目線を合わせてくれる。


「その服についているの、ドラゴンの血でしょ。お父さんから教えてもらったから知っているのよ。最初は赤色だけど、時間が経つとシミが虹色に光るの。まるで水面上の油みたいにね」


 指摘されてリュウは気づいた。洗っていない白いスーツが、油絵のパレットみたいにドギツイ色あいになっていることを。


「ドラゴン……そういや、そんなのを殺したんやったな」

「あははは! 凄いわ! ドラゴンを殺せるなんて王国中を探したって、一人としていない! ねえ、私に飼われてよ、あなたみたいな強い人を待っていたの!」


 コゼットは王冠がずり落ちそうになるほど、無邪気に笑っていた。屈託がない笑顔というのだろう、リュウはその顔を見たことがあった。組長の娘、お嬢に武勇伝を語るとき、あの子はいつも大袈裟に笑ってくれていた。今は亡きお嬢に、コゼットはどことなく似ていた。

 リュウはほぼ反射的に、彼女の手を取った。




――現在。


「なぁ、お嬢! 本当にやるんか?」

「コゼット・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマンの名の下に、全ての違法行為の罪禍を許そう! いっけ〜、やれやれ!」


 急かされたリュウは街中に運んだ、大砲を点火する。凄まじい爆轟が、早朝の城下町に響く。ドラゴンだとか、敵国の兵士に向けたものじゃない。ただの個人宅を、大砲で爆破したのだ。


「ヒィいい! なんだあああ! しぬぅうう!」


 瓦礫の山から住人の男が一人飛び出してきた。逃げようとする彼を、リュウはむんずと捕まえる。


「おい、どこへいくんや? 税金を払うのが先やろ?」

「ヒィいいい!? 役人!? これやったの役人!? 常識ねえのかあんた!」

「滞納者に常識を問われてもな……それと、発案者は女王陛下だ」

「なにいい! 撃ったのはリュウだろ! わたしは知〜らなーい!」


 リュウは後ろの姫を指さすと、彼女は大砲を踏みつけて憤慨していた。税金の取り立てに同行したいと言われて了承したらこの有様だ。


「あははは! この国サイコー! 女王陛下バンザイ! コゼット様こそ王家の血筋! うははは!」


 男はリュウに胸ぐらを掴まれたまま、狂ったように笑っていた。賛歌を受けて、なぜかコゼット姫はウンウンと頷いている。


「そうでしょ、そうでしょ。いやー、そんなに褒めても税率軽減しないぞ♡」


 コゼットに拾われて数ヶ月。仕事は税金の取り立て。やってることは国家運営のヤクザ。ほぼ現実世界と変わらない、暴力的で無茶苦茶な毎日だ。そうリュウは溜息をつく。

 でも何故か、コゼットがいると安心する。自分を救ってくれた彼女を、無下には出来ない。

 時折、リュウは心の中で祈りに似たものを呟く。自分を異世界に飛ばしてくれた、あの子に対してだ。

 昔のお嬢よりも過激だけど、今のお嬢の元で俺は元気にやっている。

 リュウは天を仰ぐのであった。

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