第5話 ヤクザ・マジック・ロッド

「深淵より生まれし、彼方の鳥よ。我が声に応え、乱覇せよ! レイブンクロー」


 草原に襲来する魔法の鳥。乱雑するイノシシ型のモンスターの頭上に降り注ぎ、黒い爆発が起きる。魔物は赤い肉片になって四散した。

 ずらりと並ぶカレル王国騎士団所属魔法使いの集団。黒いローブに、金属製の杖。軍団はモンスターを蹂躙していた。


「ほう、魔法っちゅうのは便利やな。これは喧嘩やない、一方的な暴力や」


 リュウは魔法部隊の後ろで、その戦闘を眺めている。城下町付近に現れたモンスター討伐に同行したが、出番はなさそうだ。原理を無視した魔法の乱舞、派手で楽しいとリュウは思った。


「各員、撃ち方やめ! ここまで圧倒的なら、女王陛下もお喜びになるでしょ。帰るよー!」


 魔法軍を率いるのは、軽装鎧の女騎士ペチコート・イラストリアスだ。彼女の指示通り動く、軍団と共にリュウも帰路についた。




「――どう? リュウ、魔法見学は楽しかったようね」


 城に戻ると、コゼット姫はスペシャルな椅子で踏ん反りかえっていた。声色から察するに、不機嫌そうだった。

 スペシャルな椅子というのは、メイドのクリィだ。彼女は裸に剥かれて、横向きに四つん這いになっている。丸見えのお尻が赤く腫れていた。恐らくコゼットが叩きまくったのだろう、やっぱり不機嫌だ。


「せやな。姫もお楽しみだったようで」

「ぜんぜっん! 楽しくないわ! 民間に卸した、杖の供給量と税金の額が合わないのよ!」

「税金? 杖を買う時の消費税かいな?」

「それは徴収できないはずないから、問題ないわ。リュウは外からきたから知らないのね。うちの国は杖の所持量に応じて、毎年税金がかかるの。あと、暴発しないように杖の検査費も取っているわ」

「まるで車やな……」


 杖があれば誰でも手軽に魔法を発動できる。簡単に人を殺せるものだから、国が管理するのは当然だ。税金も高くできる。国が管理するのだから。それに賛同できないのは、国に反抗してるからだろう。


「購入履歴から目星はついてるわ。大賢者、ケーニッヒ・ユウボルト。この国、最高の魔術師で、一年間で百本も買うのはアイツぐらいよ」

「税金を払わないとはアホやな。任しとき、俺がたんまりふんだくってくるで」


 コゼットからケーニッヒ・ユウボルトの住所や経歴の乗った、書類を受け取った。リュウは城から出ていく。





 大賢者、ケーニッヒ・ユウボルト。民間の魔術師ながら、その実力はカレル王国トップ。誰もが手軽に使える魔法だが、この人物の使う魔法だけは特別で、通常の数倍の威力があるとされる。その手腕を買われ、先代の王と客員魔術師の契約をしていたらしい。

 今はアンダー村で隠居中と、書類には記載されている。


「おい、王国の税務署のものだ。話がある、出てこい」


 リュウは村にある小屋の扉を叩くが、住人が出てくる気配はない。小さい家ながら庭付きで、大きな木が立っている。垂れ下がった枝葉に窓が隠されて、中が見えない。


「あの爺さん、耳が悪い……聞こえないよ、それじゃ」


 ボソリと、囁くような声が空から聞こえた。声の主は木の上からだ。生い茂る葉の中、太い枝に人が寝そべっていた。ボロ布を布団のようにくるまり、頭にはターバンを巻いていて顔が見えない。木を住処にしているのだろうか。枝には鍋や服、本などが紐によって括り付けられている。


「なんだテメェ、人の敷地で暮らさない方がええ。騎士を呼ばれるで」

「忠告ありがと……だから、ボクからもアドバイス。呼んでも出てこないから、強引に入った方がいい」

「言われなくても、元からそのつもりや」


 リュウは扉に蹴りを見舞う。鍵と留め具が外れて、バタンと開いた。中は物がしこたま溢れている。その殆どが魔法の杖だった。何十本もの杖が無造作に、床に散らばったり、机の上に山積みにされている。そんなゴミの山の中にローブを来た老人がいた。


「ヒィい! な、何じゃ? ご飯かのう? もうちょっと、優しくしてくれたもう」

「あんたがケーニッヒやな。滞納している税金を払ってもらうで」

「はて? 税金とは何じゃ、美味しいのか? 昼飯はもう食ったぞう」


 どうやらこの爺さんは、もうボケているようだ。大賢者といえど、年には勝てないのか。だからこんなにも杖を買い込んで、税金を払うのも忘れているのだろう。困ったものだ、リュウは面倒になって頭を抱えた。


「はぁ……爺さん、税金を払えないようならな、財産を差し押さえるで。しこたま買い漁った杖も、国に返還してもらう。元々は軍の払い下げ品が殆どやしな」

「杖……杖を持っていかれるのはダメじゃ! 師匠に怒られてしまうのじゃ!」


 しわがれた老人は、淀んだ瞳をカッと見開いた。震えていた手がぴたりと止まり、リュウに掴み掛かろうと伸ばす。


「落ち着けや。師匠……? 弟子じゃないんか?」


 大賢者でありこの歳である老人が、師匠などとはおかしい。そこまでボケたか。財産の没収をしなければと、リュウが老人の手を取った瞬間、別の声がした。


「呼んだね、我が弟子? 全ての魔術師の頂点、ケーニッヒ・ユウボルトが汝を救済しよう」


 扉の外れた小屋に飛び込んできたのは、ボロ布をまとっていた。木に住んでいた変人だ。今はターバンを取っていて、艶のある黒髪。長い前髪は切り揃えられたぱっつんで、瞳は隠れて見えない。コゼットよりも一回り大きいが、まだ少女だった。


「師匠! 師匠! 助けてなのじゃ!」


 老人は少女に駆け寄り、おいおいと泣きながら縋りついた。


「よしよし、怖かったね」

「どういうことや。お前がケーニッヒだと?」

「そう……大賢者だとメンドウ多い……我が弟子に追い返してもらってる。でも、あなたはいつもとは違うみたい」

「要件は、杖の維持とメンテにかかる税金や。テメェ、全然払ってないやろ」

「そうだね、だって全部一年以内になくなるから」

「は? この家にあるの、全部新品やと?」

「そう、だから税金の期日はまだだよね」


 リュウは華奢なケーニッヒの胸倉を掴んだ。


「そんなバカな話があるかいな! 百本以上の杖をどこにやったんや!」

「だから、ないものはないの……ボクにとって杖は消耗品だから」


 やはり力づくで全ての杖を接収するか。リュウは実行しようと考えたとき、知っている声が聞こえた。


「兄貴ぃ! 緊急事態っすよ!」


 小屋に現れたのは、女騎士のペチコートだ。コゼット姫から、リュウの居場所を聞いてきたのだろう。外には彼女が乗ってきただろう、馬も見える。


「なんや、今は取り込み中や」

「王国存亡の危機っす! コゼット姫の命令で、今すぐ西端の城門に集合っす」

「ああ、わかったで! おい、ケーニッヒ! あとでまた来る、覚えているんやで!」


 ケーニッヒを掴む手を離し、リュウは外に出た。





 王国の城壁はまるで高層ビルのように、そそり立つ砦だ。それに匹敵するほどのモンスター、巨人がいた。一つ目の鬼、ギガンテスだ。そいつは人間のように鎧を着ていた。

 ギガンテスは城壁に寄りかかり、押し倒すようにして国内に入ってきたのだ。ボロボロと崩れ落ちる城壁に、到着したリュウは愕然とした。


「なんや、奴は!」

「ギガンテスっす! 普段は、こんなに凶暴じゃないっすけど――魔法部隊、街を死守せよ!」


 既に住人の避難は完了していて、騎士団の魔法部隊が盾のように並んでいる。ペチコートの命令で、魔法弾がギガンテスに向かって放たれる。矮小なモンスターならば容易く破壊できる魔法も、巨人には無力だった。ギガンテスの鎧に魔法は弾かれ、派手なだけの火花をあげる。


「司令官! 全然効いてません!」

「無理です! 撤退の許可を!」

「だめだよ! 私たちが退いたら、誰が国を守るの!」


 騎士団はざわついている。無駄な魔法を打つのをやめ、彼らは及び腰だ。

 ゆっくりと近づいてくるギガンテスはすぐそこにまできていた。巨大な鎧に括り付けられていた、剣を手に取る。切先だけで、数十人いる騎士団を全員薙ぎ払われるほどの大きさだ。その剣が振り下ろされた。


「それを貸せ! ニンキョウスキル! 朱血憎凛刀しゅちにくりんとう!」


 リュウは騎士団の一人から鉄の杖を奪い取ると、即座に日本刀へ変化させた。上から来る巨人の一撃を、ふり被った刀で受け止める。


「ぐぅ……うぐっ!」


 凄まじい重量だ。体が押し潰されそうで、リュウは冷や汗をダラダラとかく。パキリと刀身にヒビが入る。


「あ、兄貴!」

「うるせえ、ペチコート! この程度、なんぼものもんや」


 騎士団の奴らの中には、腰を抜かしているものもいる。司令官であるペチコートは仲間を助け起こしたりして、逃げられない。

 

「うおおおおっ!」


 リュウは渾身の力を奮って、日本刀で押し返す。ポン刀の刀身がポキリと折れた。その瞬間、ギガンテスの剣も折れた。岩のような大きさの切先が彼方へ飛んでいく。流石のギガンテスも、一つ目をパチクリしてリュウを二度見していた。


「はぁ……はぁ……やれるもんならやってみいや!」

「よく耐えた、公僕ども」


 魔法が一発、飛んできた。ギガンテスの胸板に直撃して、鎧が一瞬で粉砕された。その辺の騎士団の部隊とは違う威力。リュウが振り返ると、そこにはボロいローブをきた少女がいた。


「ケーニッヒ・ユウボルトか……?」

「どうも、取り立て屋さん。ここからは、大賢者に任せて」

「一般人が、戦場に何の用や」

「コゼット姫と交渉してね、君に取り立てに来られると面倒。だから、傭兵になることにした。税金とか免除してもらう代わりにね」


 ケーニッヒは背中に何十本もの杖を背負っていた。紐で括り、扇状になる形はまるでクジャクの羽のようだ。そんなにも杖が必要だろうか。


「深淵より生まれし、彼方の鳥よ。我が声に応え、乱覇せよ! レイブンクロー」


 ケーニッヒは一本の杖を手に取って詠唱し、槍投げの要領で投げた。杖は魔法弾を発動する直前、槍ごとギガンテスにぶつかった。巨人のガントレットを粉々に砕いた。悲鳴をあげ、ギガンテスは尻餅をつく。

 騎士団が使うものと同じ魔法だが、威力は全然違った。


「な、なんや。さっきまでは魔法が通じへんかったのに」

「単純な魔力量だけじゃなくて、使い方が違うんだ。魔法ってのは杖から出る瞬間が強くて、遠くになればなるほど威力が減衰していく。だから杖ごとぶつければ、最大威力が出るんだ」


 ケーニッヒは次から次へと魔法を、杖を飛ばしていく。まるで槍に括りつけられたダイナマイトだ。彼女が杖を消耗品と言ったのも理解できる。こんな使い方をしていれば、杖がなくなってしまう。無茶苦茶な奴だと、リュウは苦笑した。


「おりゃりゃりゃ!」


 ケーニッヒの雪崩のような槍投げ、何十本もの魔法が降り注いだ。ギガンテスの鎧は肉片ごと、まるで豆腐のように砕け散った。巨大だったモンスターの体は抉り取られ、とても小さくなった。むせかえるような血と火薬に似た匂いが充満して、静寂が戻った。


「大賢者の名はその通りやな。ええで、税金は取り立てんでおくわ」

「わーいわい」


 ケーニッヒはそれは当然の権利だというように、その場で躍動感のないバンザイをしていた。

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