第7話 ヤクザ・カンゼイ・ハラスメント
「このクソアマ姫が! 出てこい!」
「私たちの生活を奪うな! 詐欺師め!」
「今すぐ、輸入野菜を規制しろ! 農家を守れ!」
王国の城門に、沢山の国民が押し寄せている。外敵を阻むはずの鉄格子は、訴えを起こす民衆の鳥籠になっている。
いや、今の彼らは姫に仇なす敵だ。騒動を抑えにきたリュウにはそう見えた。
「このドアホどもが! タマ取られる覚悟は出来とるんやろな!」
「うるさい! 役人は引っ込め!」
「なん……やと!」
カタギどもは怯まずに返してくる。ヤクザの時はこうじゃなかった。むしろ、国家権力を味方につけたせいで舐められることもあるということか。
「まどろっこしいな、国家反逆罪でしょ? 魔法を撃ってもいい?」
前髪ぱっつんの女の子。大賢者ケーニッヒ・ユウボルトがローブを引きずりながら、いそいそとやってきた。大量の杖をクジャクの羽のように背負いながら、獲物を見定めるように首をクイクイと動かしている。
「勘弁してくれや。お前の魔法じゃ、大事な納税義務者たちが粉々や」
「ちぇっ、つまらない。傭兵になったのに、破壊の限りを尽くせない。ボクは世界有数の天才なの。天才を持ち腐れいるなんて、コゼットはバカ」
「おい、お前も国家反逆罪でしょっぴかれるで」
「それは困る。ボクはひっこむ。新しく出来た部下とお昼寝でもしてるよ」
ケーニッヒは再び、テクテクと戻ろうとすると。入れ代わりでコゼットが出てきた。彼女は寝起きみたく、ネグリジェのままだ。
「うぇえ、面倒くさい。ケーニッヒ、全員魔法で焼き払っておいてよ」
「陛下! いいの! やるー」
「ダメですよ! 姫さまには説明責任があるんですから。ほら、しっかりしてください」
コゼットの後ろから、メイドのクリィが追いかけてきた。彼女は手に王冠やらマント、ドレスを持っている。寝ぼけたまま歩くコゼットに、着せ替え人形のように着せていく。無理矢理、体裁を整えられた幼女姫は国民の待つ城門に近づいた。鉄格子越しの向こうには、罵詈雑言で熱狂的に群衆が舞っていた。
「ふぁああ……ねむ。えっとぉ、このたびは……」
「姫さま、ここのところ市井に安い輸入野菜が溢れていて、国産の野菜が売れてないのです。彼らは農家です、怒りを鎮めてください」
クリィがコゼットに耳打ちをする。半目だった陛下の瞳が、徐々に開いてくる。
「聞け、我が親愛なる民たちよ。輸入品で溢れているのは、先日関税の引き下げが起こったからよ。知っての通り、お父様……じゃなかった。先代がヴェンジャンス帝国との戦争に負けて、関税自主権を奪われたの。それは条約で決められている、だから安い野菜が溢れても国としてはどうしようもないわ」
「ふざけんな! 無能が! さっきまで寝てただろ! 寝起きで顔がむくんでブスだぞー!」
「むうう! そこの貧乏人! 顔が覚えたからね! 反逆罪で首はねてやるわ!」
城門の鉄格子を握り掴み、暴れ始めるコゼット。ずり落ちた王冠を整えてあげ、クリィはコゼットを抱き抱えるようにして引き剥がした。
「堪えてください、姫さま。ここで喧嘩をしても何にもなりません。農業などの第一次産業を推しているのは、姫さまの政策でもあるじゃないですか」
「だって不平等条約は私のせいじゃないもん! バーカ! バーカ!」
クリィの腕の中で、コゼットはまだ民と言い争いをしていた。まるで子供の喧嘩だ。本当に幼女なのだから仕方ないのだけれど。年上が力を貸してやるしかない。リュウはコゼットの頭を撫でてやる。
「細けぇ決まりは分からんけど、組同士の取り決めってのは殴り込みで解決するもんや。抵抗せぇへん意気地なしは一生搾取されるんや」
「リュウ……一緒に行ってくれる?」
「もちろんや」
コゼットは段々とクリィの腕の中で静かになっていった。
◆
「魔導工業国家とか言うんやっけ。運転しづらい所やな」
リュウたちの乗る帆船が、ヴェンジャンス帝国の港に停泊する。貨物室の扉を開け、簡易的な橋がかかると、リュウの運転する黒塗りの高級車が飛び出す。それに続くのはペチコート率いる馬に乗った騎士部隊。と、ケーニッヒ率いる魔導部隊。二個大隊は、このまま城に向かう。
ヴェンジャンス帝国は魔術によって、野菜の栽培や造船までも行っているらしい。その工場が立ち並んで道は狭く、大都会のように混んでいる。
要塞の如く巨大で窓の一つもない、城の前でリュウたちは停まった。
「変わった乗り物のようだな、コゼット王」
城門に待っていたのは、ジェライス帝王。ヒゲをたくわえた大男で、王冠もマントも小さく見える。コゼットのせいで感覚がズレていたが、あれほどの威圧感を持つ王こそ為政者に相応しいのだろう。そうリュウは思った。
リュウは車のドアを開け、後部座席のコゼットを降ろす。
「クルマと呼ぶらしいわ、ジェライス帝王。お目にかかるのは初めてね」
「ほう、面白いな。一つ買わせてくれないか」
「お断りするわ。私達は売りに来たわけじゃないの。事前に書簡を送ったはずだけど」
「そうだったな、会議所に案内してやろう。ああ、待て。貴様の兵士は全て城の外だ。連れてくるのも従者一人だけだ。戦争に来たわけではないのだろう」
「……分かったわ。リュウ、来て」
高級車の中のクリィも馬上のペチコートも置いて、コゼットは城に入っていく。リュウは一人、彼女についていく。
城の中は外観とは違い、派手な宝石や絵画が飾られている。すぐにカレル王国よりも、この国は儲けているのだなと、芸術に疎いリュウにも理解出来た。
ジェライス帝王に案内された会議室は何十人も座れるほど広い。中は二人の王だけ入れた。
「あなたと私はこちらにどうぞ、ダディ。私は王の従者、スワンです」
貴族のような服を着た、長身のイケメンだ。彼はリュウを会議室の隣の部屋に案内する。そこは大きなガラスと二つだけの椅子があった。リュウが座ると、会議室の中がよく見えた。従者スワンも隣に座る。
「俺はリュウや。会議中は大人しくしてろということやな?」
「はい、ダディ。決して暴力によって話し合いに決着をつけてはならない、我が国のルールです。悪しからず」
「野郎と二人きりとは、趣味が悪い国や」
ガラス張りの向こうは声がよく聞こえた。晩餐会に使えるような長い机、何十もの椅子。ジェライス帝王は、あろうことかコゼットの隣に腰掛けた。
「これよりミナス条約について、ヴェンジャンス帝国とカレル王国の協議を始めようか」
「ちょっと、近いんだけど。むさくるしいから、離れてくれない? そんな礼儀も分からないの?」
「なに言ってんだ、近い方が調印しやすくていいだろ」
「ひゃっ。な、なにするのよ」
ジェライス帝王はコゼットの椅子に、自分の椅子をピッタリつけている。ふとましくて立派な腕を伸ばし、コゼットの腰に手を回している。彼女が払おうとするが、子供の腕力だ。帝王の密着を解くことができない。
「コゼットちゃんの国は戦争で負けたのだよ。どうにかして関税自主権を取り戻したい、不平等条約を解消したいのだろう。お願いする立場だ、わかるよな」
「わ、わかんない……」
ジェライスはコゼットの後頭部に口をつけ、髪の匂いを嗅ぐ仕草をした。
「スー……まだ乳臭いガキだが、俺ぐらいの王になると年齢は関係ないな」
「いやっ! 気持ち悪い!」
コゼットが抵抗して拳を振り上げるが、何倍も大きい大人の男だ。すぐに組み伏せられてしまう。
「おい、テメェ! うちのお嬢に何さらしとんのじゃ!」
「静かにしてください、ダディ。こちらの声は会議室には届きません」
これ以上、主君が辱められるのは見ているなどリュウには出来ない。椅子から立ち上がるが、横のスワンは笑いながらリュウの腕を掴んできた。
「舐めんなや! テメェも覚悟できてるんやろな!」
「この部屋は魔法で閉じられています。私達は話し合いが終わるまで、監禁されているのですよ。お分かり、ダディ?」
リュウはスワンの腕を振り払って、出口のドアノブを回すが溶接されたように動かない。ヤクザキックを放つが、ビクともしない。ニンキョウスキルを使おうにも、この部屋には椅子ぐらいしかまともなモノはない。
他人の城ということで、武器も携帯出来ないのだから持ち込みもないのだ。
「クソ野郎が!」
リュウは椅子を持って、ガラス板に叩きつけた。椅子だけが粉々になる。
「無駄なことはやめなさいダディ。そのガラスも魔法で強化されて、城壁より硬いのですよ。ゆっくりレディが大人になる所を見ておきましょう」
コゼットは床に押し倒されていた。ジェライス帝王が熊のように、上から覆い被さる。泣き叫ぶ幼子のドレスを、けむくじゃらの腕が破り捨てた。慎ましやかな胸が露出するが、腕を押さえられているコゼットは隠しようがない。帝王の髭面が、その上から押し当てられる。
「いやあああ!」
「大丈夫だよ、コゼットちゃん。大人しくしていれば、関税自主権を返してあげるからね」
ガラス越し、酷い光景にリュウは我慢できなかった。
「オラァ!」
ガラスに頭を打ち付けるが、ヒビすら入らない。リュウは何度も頭突きを放った。
「ダディ、あなたが傷つくだけですよ」
スワンのいうことなど無視だ。ガラスの向こうのコゼットの姿は、上に被さる帝王でよくは見えない。だけど、肉の隙間から一瞬だけリュウには見えたのだ。彼女の助けを求める泣き顔が。
守りたい、守らなければならない。そのためならば、自分のオデコの痛みなどどうということはない。リュウは覚悟を決めて、頭突きをした。
「ざけんなっ! オルアアアア!」
ガラスに魔法陣が浮かんだ。幾何学的模様が引き伸ばされたように歪んで消えたかと思うと、全くつかなかったはずのヒビが一面に入る。ガラスが音を立てて細切れになり、リュウの血と共に散乱した。
「ばかな! 魔法でもない人の力で壊せるはずが! ダディ、あなたという人は!」
「おい、無粋な男は嫌われ……」
「オラァ!」
リュウはジェライス帝王の髪を引っ掴み、無理矢理コゼットから引き離してすぐ、ぶん殴った。薄汚い大男は吹き飛んでデカい机に背中を打ち付ける。
「いたた……馬鹿力だな。おい、スワン閉じ込めておけと言ったはずだ」
「申し訳ありません、ダディ。あまりにも規格外の男でしたので」
「この埋め合わせは今晩、お前が身体で支払え」
「はい、謹んでご奉仕させていただきます、ダディ」
スワンは倒れた帝王の方に行っている。
この隙に、リュウは倒れたコゼットを抱き抱えた。半裸の彼女にスーツを着せてやる。
「大丈夫かいな、お嬢?」
「うっぐ、怖かったよぉ……リュウ」
泣きじゃくるコゼットの頭を、リュウはポンポンと叩いてやる。
そして、リュウは帝王に向き直る。
「この落とし前、テメェらの命で払ってもらうで」
「待て待て、幼女姫の従者。この帝王を殺そうというのであれば、戦争になるぞ。いや、俺は全く構わない。だが、困るのはカレル王国貴様らの方だ。一度、負けた相手にもう一度戦争をして勝てるとでも?」
ジェライス帝王は机の上に座り、悪びれないどころか余裕さえも感じた。頬に青あざができ、口の端から血が垂れているにも関わらずだ。
「舐めた口を聞くんやない! 政治じゃねえ、落とし前はきっちり付けにゃ気がおさまらんのや!」
「求めているのは関税自主権の回復だろ。ここにある紙切れだ。飼い犬にしっかり首輪をつけておけ、コゼットちゃん」
もう一度、ぶん殴ってやる。リュウが駆け出そうとした時、コゼットにシャツの裾を引かれた。
「待ちなさいリュウ。ここであいつを殺しても、戦争になれば私たちの国に勝ち目はないわ」
「しかし、お嬢! ここまでされて、引き下がれるわけないやろ」
「これはまつりごとよ、トップである私が決める」
コゼットは涙を拭いて、毅然として立ち上がった。あんなことされかけたのに、強い子だ。リュウの方がたじろいた。
「代理戦争をやるわ、ジェライス! 私のリュウとそこの従者で決闘をする。勝った方が条件を飲む、それでいいわね」
「ほう、面白い。演者を選ぶのであれば、ルールはこちらが決めさせてもらおう。海戦だ!」
ジェライスは机に散在する羊皮紙を一枚取り、契約者を書き留めて渡した。コゼットはペンを取り、代理戦争の書面に署名する。
「完全に上の立場だったのに、フェアな取引を納得するなんて――帝王、あなたリュウにビビったわね。本当に殺されるかもしれない、そう思ったんでしょ? ざーこ!」
ジェライスは余裕ぶった顔をしていたが、本心は違うのかもしれない。冷静になっていくリュウには、帝王の手が震えているのが見えた。図星を突かれたようにも見える。
「なんだと小娘……!」
怒る帝王を無視して、コゼットはリュウを見た。
「負けないでね、リュウ」
「もちろんや、お嬢。奴にケジメをつけさせてやるで」
◆
「ヴェンジャンス帝国の勇猛なる国民の皆さん! 今からカレル王国との代理戦争を始めます!」
港はまるで祭り会場のように、見物客がごった返していた。両国のトップが座る観覧席は劇場のように大きく、これから始まるショーをよく見えるようになっている。司会気取りの男が声を張り上げる。
「ルールは簡単! あの水平線に見えるミナス島の周囲を周り、先にゴールした国の船が勝ち! もちろん模擬海戦であるからして、妨害はオーケー! 相手を海の藻屑にしてやろう!」
スタートラインの港口に鎮座する、漆黒の帆船。甲板で詠唱する魔術師たちに呼応して、うなりをあげる魔導エンジン。船体を黒い装甲で覆われ、砲塔のように並び立つ大砲。まるで戦艦にも見える。従者スワンの乗る船は、リュウたちが乗ってきた帆船の三倍ぐらいは大きい。
自国の帆船、甲板にいるリュウは負ける気など微塵も考えていなかった。
「お前らは船を降りろや。俺と……そうやな、ケーニッヒだけでいい」
「お! ついにボクが暴れることができるのかな」
ケーニッヒは杖を振り回して喜んでいたが、騎士たちのまとめ役であるペチコートは不満げだった。
「待ってくださいっす、兄貴! 帆船っすよ? 風が凪いだ時のための、オールを漕ぐ子たちも降ろすって言うんすか?」
「もちろんや」
「てゆうか、兄貴って操船できるんすか?」
「いや、帆船なんかしたことあらへん。だが、俺流でいくで」
ペチコートを始めとした、騎士たちを船から下ろす。錨が上がり、準備ができたところで開始の合図が上がった。
「それではレーススタートです!」
司会役が声を張り上げた瞬間、スワンの要塞船が唸りを上げた。魔法式だろうエンジンと風を一心に受けて、帆船とは思えないスピードで出航する。同時にスタートしたはずが、あっという間に船の尻を遠くに見える。
「熱気が、海風に混じってる。炎獄魔法を三十人の魔法使いで、逐一釜に放り込む力技だ。魔導工業国家は伊達じゃないね」
甲板の操舵輪を握るリュウの後ろで、ケーニッヒは解説をし始めた。魔法はリュウにとってはさっぱりだが、彼女は他人の国の技術を見て楽しそうに見えた。
「最初は花を持たせてやれや。魔法だが知らんが、所詮は時代遅れの……なんや?」
先に行ったはずの要塞船が、止まって波に揺られていた。いや、後進しているようにも見えた。リュウの帆船と並び立つ。甲板上のお互いが、見える距離だ。操舵輪を握るスワンの嫌味な声が聞こえた。
「あまりにも遅くてあくびが出ちゃうよ、ダディ! 所詮は敗戦国家の負け犬ということだね! 我が帝国の力を見せてあげます! 魔導大砲用意!」
要塞船の側面のハッチが開いた。タコの吸盤のように並ぶ、大砲の列。紫色の煙をあげ、爆発音が連続して響く。リュウの帆船の左舷が、削られるように吹き飛んでいった。
「うわっはっは! 爆発火薬に、雷撃の魔法でコーティングしている! 気持ちの良い、ビリビリした音だ!」
ケーニッヒは衝撃で揺れる甲板の上をコロコロと転がっている。帆船は既に半壊していて、船倉にオール漕ぎでも入れていたら、今頃血の海になっていただろう。
「クソやろうが! 折り返し地点から抜かしてやって、悔しがる顔でも見てやる気やったが仕方あらへん――ニンキョウスキル!
リュウは手を合わせたあと、甲板の床に掌底を叩き込む。半壊した帆船が光に溶けていく。丈夫な木材、旧式の大砲。混ざり合って圧縮していく、白く歪曲したフレーム。波の上で元気に跳ね回り、プラモのように組み上がる。白く小さな船体は、風を受け流す丸みを帯びたボディ。五人も乗ればいっぱいになってしまうほど狭い甲板。それは地中海とか、穏やかな海で日向ぼっこするのが似合う。高速クルーザーだ。
ヤクザの親父が、よくバカンスするのに使っていたか。釣り上げた魚でバーベキューをやったりさ。リュウは少し懐かしい気持ちになった。現代的な小さな操舵輪は、よく手に馴染む。
「いっくぜええ!」
小さなスクリューは船体の何倍もの泡を掻き出し、凄まじいスピードで発進する。船首が波上に少し浮き上がり、抵抗も最小限。あっという間に追い抜いた。
「な、なんの魔法だあれは! ダディ!」
スワンの声はほど遠くなる。既にリュウのクルーザーは折り返し地点の島を周回しているのだ。
「あっははっは! リュウ、君の力は魔法とは違う! すごい、素晴らしい、魅力的な三拍子!」
「ケーニッヒ! そろそろお前の出番や。連れてきたぶん、仕事はしっかりせえよ」
「任せて。ぼくは大賢者、そして天才。ヴェンジャンス帝国の魔法はすごいけど、魔法使いの数を増やしただけの力技。工夫が足りない。ボクが教授してやる」
島の周回を終え、クルーザーはゴールへ向かう。その時、遅れた要塞船とすれ違うだろう。スワンは待っていたとばかりに、船首の大砲をこちらに向けていた。
「そんな小さな船、叩き潰してやりますよ! ダディ!」
「幾望の月荒む、青黒く欠けた雲。招来せしめし海原を蒸発させては跳ね回る、天星の獣たち! サンダーボルト・ヒースヒェン!」
クルーザーの船首に立つ、おかっぱの魔法少女。身長よりも長い魔法の杖に、雷撃をバチバチと纏わせる。槍投げの要領で振りかぶり、魔術を発動した杖をぶん投げる。それは見事に要塞船の甲板に突き刺さる。避雷針のように、雷撃が顕現する。暴走一歩前まで高めた魔法は、癇癪を起こしたように大爆発を起こす。
「なんだあの威力は! ダディ!? いや、レディか! ぎゃああ!」
スワンの悲鳴と姿は、要塞船に巻き起こる黒煙と熱気に巻かれて見えなくなる。何十本もの魔法を発動させた杖が、まだまだとばかりに投げ込まれる。
「よっ! ほっ! あたたたた!」
「ザマァみろや! 俺らの国に喧嘩売ったら、湾に沈められるに決まっとるさかいな!」
リュウのクルーザーがすれ違う。既に要塞船は爆発炎上、原型をとどめずに海の藻屑となった。
◆
「あははは! ねえ、みんな見た? ジェライス帝王の情けない顔! 調印するとき、手が震えちゃっててホントにザコ!」
帝王の城を後にしたコゼット一行は、再び港に戻った。あとは帰国するだけだ。
嬉しそうな姫を見て、一緒に歩くリュウも嬉しくなる。
「お嬢、これで安い輸入製品が溢れなくて済むんやな」
関税自主権をカレル王国は取り戻すことができた。これからは自由に海外製品に関税をかけて、自国の産業を守ることができるだろう。
「よくやってくれたわ、さすがリュウね――ところで私たちの船はどこかしら?」
港中を見渡しても、カレルの船は一隻もない。それもそのはず、リュウはクルーザーにしてしまったからだ。異世界のモノをずっと置いておくことはできないので、ニンキョウスキルで作り替えた船はいずれ消滅してしまう。
「あ……素材として使ってしもて、もうないねん」
「バカァ! リュウ! なにしてんのよ! 戻しなさい!」
「すまん、俺のスキルは一方通行やから元には戻せへんねん」
「あほ! ばか! ザコ!」
コゼットにポカポカと殴られた。リュウにとって、全く痛くはない。
連れてきたのは、総勢二個大隊分の騎士たち。この人数を、はい定期船に乗せてくださいとも言えるはずがなかった。
「仕方ないわ! 我が騎士たちよ! 船を奪うわよ! ペチ! 指揮をとって!」
「えええ! 無理っすよ! そんな略奪まがいをしたら戦争になってしまうっす!」
背中を叩かれたペチコートは、大袈裟に狼狽えていた。武力を連れてきたのは話し合いを円滑にするため、振るうためではないはずだ。
「じゃあ、泳いで帰る? 私はクリィの背中に乗るから、別にいいんだけど」
「ええ!? さすがに無理です! 溺れてしまいます!」
「うるさい! クリィの乳なら浮き輪になるでしょ!」
「ええ〜! 浮きませんよー!」
コゼットはメイドの乳を叩いたり、騎士たちの背中に飛び乗ったり暴れている。多分、早く帰りたいのだろう。リュウにはそう見えた。
「いい、聞きなさいみんな。証拠があってもシラを切れば国際法違反じゃないの! 船を奪って、国に帰れば後は黙って知らぬ存ぜぬよ!」
「いやいやいや、そんな無茶苦茶っすよ!」
コゼットを中心に、やいのやいのと人混みで作った会議室ができている。
これぐらい元気な方が、カレルって感じがしてリュウはどことなく安心していた。
「気に食わねえ国のや、もう少しぐらい暴れてもええと思うで。なあ、ケーニッヒ?」
言い争いのカヤの外、リュウは傍らの魔法少女に声をかける。パッツン前髪の彼女はローブを翻して、魔法の杖を取り出した。魔力で赤くなった杖がポーンと飛んでいくと、港が火の海になった。
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