転生ヤクザとワガママ姫 〜ケジメとして腹を切ったけど、今は王国の役人として税金を取り立ててるで〜
宮野アニス
第1話 ヤクザ・リ・バース
「リュウ、腹を切れ」
突然、オヤジから言われた宣告。リュウは畳の上で正座をしつつ、うなだれた。
オヤジといっても実の父ではない。いわゆるシマを取り仕切る頭目。裏世界のボス。ヤクザの親分としての呼び名だ。
「オヤジ……今まで世話になりやした! 見ててくだせえ、俺のケジメを!」
心残りがない訳じゃないが、リュウは受け入れた。ヤクザの掟は絶対、失敗した人間に容赦はない。コンクリ詰めにされるよりは自分で尻拭いをする、それがリュウの最後の誇りだった。
白い鞘に収まった小刀を引き抜き、自らの五臓六腑目掛けて叩き貫く。ぬるぬるして生暖かい感触。
リュウは惨めったらしくのたうち回って、畳の上に倒れた。
◆
「リュウ! いないの!? 私が呼んでるんだけど!」
城内に響く陛下の尊大な声。リュウは女王の間の扉を開ける。
東京出身のくせに貫禄が出るからと始めたエセ関西弁。白いスーツに派手な赤シャツ、リュウの魂に染み込んでいる。こっちの世界に来ても、ポリシーは変えられなかった。自刃した痛みの記憶も薄れていて、リュウは今ここにいる。
「呼んだかいな、お嬢?」
女王はとても小さい。十歳にも満たない彼女はブカブカの王冠を斜めにかぶり、マントに毛布のようにくるまれている。まるで可愛らしい人形のようだ。蒼く澄んだ瞳は持ち主の純真さを現しているようで、そうではない。コゼット姫はワガママで、口調は威張り腐っている。
「遅いわよ! 私がリュウと言いきらない内に出て来なさい。リと言った瞬間、そこの扉を開けるの分かる?」
「へい、コゼット姫。俺を呼んだからにはシメてぇ野郎がおるんやろ? 言うてみぃ」
「話が分かるね、リュウ。あんたの仕事人間なとこが好きよ」
コゼットは椅子を叩くと、「むぐぐ」とくぐもった音が鳴った。椅子の軋みではない。コゼットが椅子にしているのは人間の女の子。目隠しをされ、ギャグボールを咥えさせられ、四つん這いになったメイドだ。
「こら、椅子が騒ぐな!」
「むぅぐうう……んぅ!」
四つん這いメイドの背中に腰掛けているコゼットは、、椅子の尻を乗馬用のムチで叩く。パンパンと鳴らしながら、真面目な顔をリュウに向けてくる。
「リュウ! 私は大金が欲しい!」
「ふむ、国民からいつも徴収してるやろ」
「最近、貴族どもが悪知恵を働かせちゃってさ、税金を払ってくれないの!」
「取りたてか。ええで、そりゃあ得意や。金を巻き上げんのは、大得意やで。そう生きてきおったさかい」
くっくっくとリュウは笑った。異世界で新たな生を授かっても、やることは変わらない。ヤクザの時と同じだ。脅して金を巻き上げる。悪いとはリュウは思っていない。払わない奴が悪い。
ただ現実と違うのは後ろ盾が国中のトップザトップという点だ。姫の名の元に自由にできる。反社会的組織が、こっちじゃ国税庁だなんて笑える皮肉は無いだろう。
「うむ、ヤクザ? とやらの真骨頂を見せて来て! ――コゼット・ヴェネラブル・カレル・デ・ドールマンの名において、あらゆる違法行為を是認するわ!」
「任せてくだせぇ、貴族どものケツからむしれるだけむしってきてやる」
リュウはスーツの両ポケットに手を突っ込み、玉座の間から出ていく。扉を閉める直前、コゼットが椅子を景気よく叩く音、「むぐぅ」とくぐもった声を出していたのが聞こえた。
「兄貴ぃー! 兄貴ぃー! どこ行くんですか!?」
玉座の間を出たリュウに、。まるで懐いた子犬のように駆けよってくる、騎士の女の子。快活な声とガチャガチャ言う鎧の音が聞こえた。昔いた舎弟を思い出す健気な子、それがペチコートだ。
明るい赤髪にポニーテール。元気で張りの良い乳房を、強調するような造形の胸当て。短めの制服からはヘソがこんにちわしている。スリット付きのミニスカートから、垣間見える太ももにはタイツがまとわっている。
「よお、ペチコート。 今日は貴族街に殴り込みや」
「さっすが兄貴! 今日も蛇の巣に手を突っ込むような、ドキワクな日常ですね! 私も付いていっていいっすか!?」
「いいぜ。騎士の鎧を見せつければ、大半の奴ぁビビってくれるからな」
ペチコートは
鎧は動きやすさ重視で問題ない。騎士という記号さえ分かれば、国民は畏怖して我が身を正すだろう。だから、彼女を連れて行くことは大いに意味がある。
◆
城下町の南端に貴族街がある。高級そうな屋敷ばかり、景観もいいが出歩いている人はリュウとペチコートだけ。それもそのはず、貴族は自分の足で歩かない。馬車を使う。
蹄鉄と車輪の音がうるさい街だ。
「兄貴! どの家から殴り込みに行くっすか?」
「片っ端から叩き潰す気か? 騎士団らしいな」
「え? 兄貴は違うんすか?」
「狙うのはゴールドドック家、貴族のリーダーや。奴らはコゼット姫より、この家の言う事を聞くみてえや」
城を出発前に、守衛から渡された資料にリュウは目を通す。そこには貴族からの納税金額が事細かに載っていた。数字はゼロの応酬だった。
「…兄貴? 貴族の中で今年の税金を払っている家は?」
「0人や。奴らはゴールドドック家の指示の元、納税の義務を怠っているんや」
「王国も一枚岩じゃないっすね。こうもあからさまに口裏を合わせられるなんて」
ゴールドドック家がここいらのシマを取り仕切っている。貴族も組も変わらないな、だったらやることは変わらない。リュウは指をポキポキと鳴らした。
「一丸となって刃向かうんやったら、潰すのは楽勝や。ペチコート、何があってもお前は手を出すんじゃねえぞ、俺が恐怖を与えてやる」
「はーい! 兄貴、やる気っすね〜」
リュウとペチコートは貴族街にある、一番大きな屋敷に到着した。金ピカで出来た重厚な門は、あっさりと開いた。王国旗が記された国税庁のバッジを見せれば一発で、門番が開けてくれた。権力が味方してくれる感覚に、リュウは少し慣れずに門番にガンを飛ばす。
「よくいらっしゃいました、王国の犬ども。国税庁の獣くさい若造が何のようかな?」
案内された広い応接間には、金色の高そうな服を纏った老人がいた。彼がゴールドドック家当主、貴族街を仕切るボスだ。成金主義はどこのトップも変わらないようだ。
リュウとペチコートは高級そうな椅子に腰掛けた。
「分かっているはずやろ? 払うもん払ってもらんとねぇ、社会は回んねえんや。税の滞納は重罪、一日につき一割の上乗せや」
「なるほどのう、ワシを脅しに来たんだな? 騎士のお嬢さんも連れて……あほやなあ」
シワクチャの顔を歪ませる、ゴールドドック家の当主。この部屋にはリュウ達を案内してくれた門番が二人いる。高級そうな黒い燕尾服を着込み、腰にはサーベルを帯びていた。
彼らはリュウの視線に気づいていない。血走った目は、ずっと背後からペチコートを見つめていた。
そして、サーベルを抜くとタンっ!と床を蹴る。訓練はしているだろう、キレのある動き。凄まじい速度で、ペチコートに襲い来るのが見えた。
リュウはすぐさま椅子から立ち上がり、椅子を抱え上げる。
「狙う方を間違えおったな−−ニンキョウスキル!
こっちの世界に来てから、リュウの体にはスキルが刻まれていた。転生の女神という奴からの贈物だろう。戦意を持って掴んだ物を素材とし、あっちの世界由来の武具に作り変える。
椅子ならば木、使い慣れた武器。それは木刀。抱え上げた家具は光を纏って変形し、瞬時にリュウの手に収まる。
「オルアアア!」
遅いくる燕尾服の二人の胴をまとめて、すっぱ抜く木刀の一撃。敵はヘドを撒き散らしながら、吹き飛んで壁に打ち付けられた。
「うぶるあああ!」
「さっすが兄貴っすね!」
狙われたはずのペチコートは言いつけ通り、ちょこんと座っていた。慌てないのは騎士の胆力か。手出しをせずに座ったまま。リュウをよく信頼してくれているようだ。
「な、なんだ……役人がこんなに強いはずが……」
狼狽えるゴールドドック家当主にリュウは詰め寄る。胸ぐらを掴みソファから立たせ、床に押し倒した。
「こちとら生きてきた修羅場が違うんでな、当主さんよ。金の恨みってのを知らないようやな。腎臓一個で六百万円、俺の世界じゃそう決まっていたんや」
「え、円?」
「ああ、こっちの世界じゃルピだったな。まあ、単位はどうでもいいんやで。足りない分はテメェの身体で支払えってんだ――オラッ!」
「いぎゃっ!」
リュウは当主の顔面を殴った。既に脆くなっていただろう、歯がボロボロと飛び出してきた。
「どうするんや? 払えないというのなら、テメェの身体から奪っていくぞ。もう老人だが、使い道はあるだろう。そうだ、この世界には魔法というものがあったんだな――おい、ペチコート。そういや供物は魔術の発展になるんやったな?」
「ん? そっすね、兄貴。うちの騎士団の魔術部が欲しがってたっす、生きている人間の臓器を供物にすれば失われた召喚術を取り戻すことができるかもしれないって」
ペチコートはいつもの笑顔のまま、言った。他人を嬉々として生贄に捧げるような子じゃない。彼女は本心では拒絶しているだろう。いつも笑顔が張り付いている、騎士らしくないのがペチコートなのだ。
「ひっ! や、やめてくれ! ジジイを食わせたとこで、へ、変なのしか呼べないぞ!」
当主は本気にしている。これは好都合だと、リュウは思った。こっちも真剣に臓器が欲しいわけじゃない。特にコゼット姫が金を取ってこいと言った、それ以外で許してもらえるはずがない。彼女はワガママだ。
「……明日、もう一度俺たちは来る。それまでに金を用意しておけ。もちろん、他の貴族連中にもや。過不足なく、利息分も揃えてやで。できるやろ? あんさんは、ここのボスなんやから」
「は、はいぃいい!」
リュウはニっと笑って、立ち上がった。どっちの世界でも他人を屈服させるのは気分が良い。
「帰るぞ、ペチコート。明日は俺、1人だけで十分だ」
「さすが兄貴! 仕事人すね!」」
ゴールドドッグ家当主は、腰を抜かすほど震え上がっていた。あの分なら簡単に金を巻き上げられる、リュウは確信していた。
◆
「はぁ!? 夜逃げされたんすか!? 朝言ったら、もぬけの殻? ボスがいないから、これから一軒一軒、回らないと金を回収できない……あっはっは! 兄貴にしては下手を打ちましたっすね!」
翌日、リュウは騎士団の駐屯地に行くと、ペチコートに思い切りバカにされた。
「シマを取り仕切るボスの癖に、あんなにメンタル弱者やったとは……脅しすぎやった」
個人的な債務者ならともかく、貴族のボスが簡単に地位を捨てて逃げるなんてリュウには考えられなかった。少し前の世界基準で考えすぎた。
「全くしょうがない兄貴っすね、ちょっくら国境の砦まで行ってくるっす。まだ追いつけるかもしれないっすから」
ペチコートは駐屯地の厩舎から、馬を連れてきて跨った。これから夜逃げしたゴールドドック家を追ってくれるらしい。
「いいのか、面倒ごとを押し付けて?」
「いいっすよ、だって兄貴は馬乗れないじゃないっすか」
「うぐっ…」
「あっはっは! 行くよ、スレイプニル! はいやっ!」
馬をムチで叩き、ペチコートは走っていった。
間に合うはずもないのは、彼女もわかっているはずだ。もう昼近い、夜逃げした連中が日が登ってもまだ国外に留まっているとは考え辛い。念のため、可能性があるのなら行く必要がある。上に報告書を書くためだ。それが公僕の義務だから。
さてこれで、振り出しに戻った訳だが、あの姫が二日続けて釣果なしは許してくれないだろう。
しかし、夜逃げという前例を与えてしまった以上、取り立ても上手くはいかないだろう。
「クッソ!」
駐屯地を離れ、街を歩く。リュウはむしゃくしゃして、石ころを蹴り飛ばす。それは畑に飛んでった。
「こぉら! 若いの! 大切なルド人参になんてことしてれんじゃ! 地面からちょっと出てる茎は繊細なんじゃぞ! 少しでも傷ついたら、食えるとこまで腐るわい!」
農夫がクワ持ってすっ飛んできた。まずい、カタギには手を出せない。
「わ、悪りぃ……」
「あ、お兄さん、見ない服装じゃな。最近、この国に来たじゃろ?」
「せ、せやな」
「よしきた、うちにおいでなさいな! 美味いルド人参料理を食わせてやる!」
リュウは農夫の逞しい腕に引かれて、強引に連れてかれた。
畑のそばにある小屋。そこで既に長時間煮込まれていただろう、シチューを出された。正確にはシチューのようなものだろう。野菜のごった煮だ。
「…うめぇ」
リュウはあっという間に飲み干した。さっきまで険しい顔をしていた農夫も今はニコニコしていた。
「そうじゃろ! そうじゃろ! この国の土壌はホント豊かで、良い野菜が採れるんじゃ!」
「……この国が好きなんやな。生きづらくないんか? ここは外国に比べて圧倒的に税金が高いやないか」
農夫はじっとリュウの胸元のバッジを見つめていた。そこで初めて役人だと気づかれたのだろう。国税庁の人間が、こんなことを言うのはおかしいかもしれない。不審がられるかとリュウは身構えたが、農夫はニコニコ笑顔のままだった。
「そうじゃな、確かに税金は高い。あの若い姫さんに代わってから何もかんもに税率を釣り上げおって、ルド人参の売り上げの八割は国に持ってかれちまう」
「なら……どうして何や?」
「あの姫さんが無料で畑をくれなかったら、そもそも売り上げはゼロじゃて」
農夫はより一層の笑顔で答えてくれた。
コゼット姫が農業や漁業、畜産などの一次生産に力を入れているのは確かだった。
「あ……」
「ワシはむしろ先代の王が嫌いじゃった。戦争ばっかで民の生活に必要な、ものは全部奪い取ればいいスタンスじゃ。勝っているうちは好景気じゃが、いざ負けたとなればどうじゃ? 娘のコゼット姫に全てを押し付けて、退位するなど卑怯者じゃ」
大量に刷った戦時国債の補償、多額の賠償金。借金で首が回らなくなっているのがこの国の現状だ。
「しかしなぁ、不景気なのに税金をあげる姫に批判的な国民のが多いんや」
「そんな奴はさっさと国外に移住すればいいんじゃ。姫さんは税率を上げたが、畑や漁業に使う船すら無料でくれるんじゃ。他国から分取るしか能がない侵略国家が、やっと自給自足の道を歩み初めておる。ワシは姫さんを応援しておるんじゃ」
農父の熱のこもった弁。こんなにも好意的な国民を、リュウは初めて見た。税金の取り立てという仕事柄か、批判的な人間しか見てこなかったのかもしれない。
コゼット姫だけじゃなく、国民のためにもこれから税金を取り立てに行かねばならない。リュウはテーブルから立ち上がる。その前に、お礼だ。
「――あんた見てえな、人を初めてみたぜ。いや、いままで見る気がなかったのかもしれんな――爺さん、ご馳走になった礼に何か手伝いをさせてくれ。雑草取りでも何でもやるで」
「お、役人のくせに気が利くもんじゃ。じゃが雑草とりはもう終わっておるんじゃ、それを処分して欲しい」
農父が指を差した家の隅っこには、ずだ袋にまとめて入れた草が無造作に置かれていた。
「処分って、ただの雑草やないか」
「あれはマリアハーブという毒草じゃ。死ぬわけじゃないがのう、強い幻覚作用と中毒性あってのう、酒やタバコより依存するとか……。下手に焼いて煙を吸ったら大変じゃ。国の処理場に運ばないとならん。持っててくれんかのう」
「……強い幻覚と中毒、なるほどまるでヤクやな。――任せろ、この毒草は持っていく」
リュウの頭の中に金を取る算段が浮かんだ。ヤクザの時と同じ手だが、やはり中毒にさせるのが手っ取り早いのだ。リュウは毒草の詰まった袋を背負うと、処理場ではなく貴族街へ向かった。
◆
「――これより、夜逃げしたゴールドドッグ家に変わる次のボスを決める貴族会議を始める。その前に、我々の真意を固めておきたい。税金は払うべきか?」
「ビタ一文払う必要なし!」
「無能な姫に従っていられるか!」
「戦争に負けたのは国の責任だ!」
貴族街、会議所。集まった貴族たちは白熱していた。
「よぉ、この国の蛆虫ども。雁首揃えて、くだらない話をしているもんやな」
「な、なんだ貴様……そのバッジ、役人だろ!」
忍び込んだリュウは会議所で、空いている一番大きな席についた。そこはボスの席、夜逃げしたゴールドドック家の場所だ。
「そう身構えるんやない、別に税金の取り立てに来たんじゃないで。今日は圧政に喘ぐ貴様らにプレゼントを持ってきたんや」
「これは……」
リュウは毒草の入った袋を机に乗せた。その中から葉っぱを数枚ちぎる。机にあるロウソクで炙った。紫色の煙が部屋に充満していく。
「ぐっ……なんだこれは」
「だんだん気持ちよく……」
貴族たちは目をトロンとさせ、椅子に深くもたれかかった。効き目はバツグンだ。リュウはハンカチを結んで口を押さえる。
「高貴な生まれの方じゃ知らないやろな。草は君たちだけに俺が特別におろしてやるんや。好きなだけ使え、今日の分はタダや。残りは家族にも吸わせてやれ。なくなったら姫にはバレんようにな、俺だけに連絡しろ。以上や。あとはごゆるりと……」
最初はタダでいい。中毒性のあるブツは一回吸わせてやるだけで、あとは向こうから求めてくるだろう。この国にはまだ蔓延してないのだろう、ヤクの恐怖が。
善良な市民には吸わせるわけにはいかない。国の手綱の元、金払いの悪い奴らにはヤク代を払わせてやる。
新しい稼業の始まりに、リュウは興奮するのを感じた。
リュウは自分が吸わないように早めに会議所を出る。
◆
「姫、報告に……」
リュウが夜遅く王城に帰ると、コゼット姫の寝室のドアが半開きだった。
「父さん、母さん、ごめんなさい。わたし、今日は食後のケーキを三つも食べてしまいました。民が必死に集めてくれた税金をまた無駄遣いしちゃってます……」
コゼット姫は壁にかかった女神像に祈りを捧げていた。この城に姫の家族はいない。戦争に負け、相手国との講和条約を調印する前日、先代の王は亡命したのだ。多額の賠償金、もしかしたら処刑されるかもしれない。その恐怖からか、失敗を認めたくないのか、王は妻と兄弟や親戚を連れて夜逃げした。皇位継承権、末席であるコゼットを残して。
「乙女のベッドを覗くなんて、めっ! ですよリュウさん」
急に声をかけられて、リュウは縮み上がる思いをした。振り返ると、そこにはメイドのクリィがいた。同じ姫の側近で、ホッとした。彼女は先日も目隠しとギャグボールをされて、コゼットの椅子になっていた子だ。清楚な外見をしているが、姫のオモチャになっている時は獣のような呻き声をよく出している。
長めの銀髪、赤い瞳。大きく空いた胸元、はちきれんばかりの乳房を惜しげもなく披露している。スカートは下着が見えそうなほど限界まで短く、麗しいふとももにガーターベルトがくくり付いている。コゼットの趣味全開な改造メイド服だ。
「クリィ、驚かせんでくれや。別にやましいことは考えておらへん」
「分かっていますよ。リュウさんは姫様のお気に入りですから」
「コゼット、いつもはワガママだが本当は良い子やな」
「ええ、姫様は姫様なりに頑張っておられます。あんなに小さな子を残して逃げた、先代が悪いのです」
「幼女ならば国民からの批判も少なくなる、ましてや処刑などもさせられへんやろ――そういう考えだったんやろ。政治的戦略か知らんが、反吐が出るさかい」
コゼットはまだ祈りを捧げている。自分を捨てたはずの両親に、「この国の借金を返すから、戻ってきてください」と言うのだ。
「私たちが姫様のサポートをあげないと……貴族からの税金はどうなっていますか?」
「順調や。そのことでクリィ、お前に頼みがある。マリアハーブの栽培するための土地を用意してもらいたい」
葉っぱの大半は貴族連中に吸わせてやったが、毒草の種を小さな袋に入れてリュウは持ってきた。
「それって違法作物ではありませんか」
「せや、だからクリィ、お前に頼んでおるんや。コゼット姫のためや」
「姫様のためなら仕方ないですね」
「ありがとう、何か問題が起きたなら俺が責任を取る」
リュウはマリアハーブの小さな種袋を、クリィの大きく空いた谷間に挟み込んだ。
「ふああっ! ど、どこに入れているんですか!」
「なくさないようにや、良い場所やろ」
クリィは胸の隙間から、突っ込まれた種袋を取り出す。クリィの顔が赤くなっているのは、薄明かりの中でもよくわかった。
「もうっ! めっ! ですよ!」
そうこうしているうちに、部屋の中のコゼットは寝てしまった。
報告は別の日でいいか。
◆
あれから一ヶ月。クリィが用意してくれた毒草の栽培場のおかげか、貴族街はすっかり中毒患者で溢れた。ただでさえ上流以外は近寄らない街は、事実上の隔離になってしまっている。
城門前、手綱を持ったペチコートが、リュウを待っていた。
「兄貴ぃー! 馬持って来たっすよ!」
「ニンキョウスキル!
リュウは馬に乗れない。城門前に用意されていた。リュウは鞍だけを外し、スキルを発動させた。光に包まれた皮と鉄という素材が膨張していく。うねる龍のような光の奔流が、角ばった箱を象っていく。四人掛けのシートに、四つのタイヤ。黒塗りの高級車がその場に現れた。
リュウはトランクに大量のヤクを詰め、運転席に座る。
「行って来る、城の守りはよろしく頼むで、ペチコート」
「もう取引はスムーズなんだし、兄貴がわざわざ行く必要は無くないっすか?」
「いずれはペチコート、お前の部下の誰かに行かせるで。だが、あることが起きるまではダメだ」
「あることって?」
「取引の時間に遅れる。今度、話してやるさかい。ほな」
「あ、兄貴!」
アクセルを踏んで、リュウは発進する。馬用にしか整備されていない道はガタガタするが、高級車のエンジン音は実に静かで貴族街へ向かった。
太陽は一番高い位置で輝いているというのに、貴族街は霞がかっていた。真っ昼間からヤクを吸いまくっている煙が充満しているのだ。人通りの少なかった路地裏には何人も倒れていて、彼らは気持ちよさそうにトリップしている。屋敷の窓からも煙が漏れて天に登っていて、この辺りには鳥は一羽もいない。
リュウの黒塗りの高級車を目印として、屋敷から人々が出てくる。サンタを見つけた子供のように無邪気ではあるが、彼らは目が死んでいる。だが、今日は違った。
「そうか、今日やな」
空に輝く火の玉。それは太陽ではなく、真っ直ぐに車にぶつかってきた。車体が浮き上がり、十トントラックにぶつかられたような衝撃。交通事故のように、吹っ飛んでいく。
「ぐあああああっ!」
リュウの頭の中が白黒と明滅する。朦朧とする意識。気づけば上下が逆さま。シートベルトを外し、天井に頭をぶつける。横転した車の中から這い出る。
「ケケケ、どうしたフラフラだぞ。ラリっているのか、リュウ?
「キキキ、ヤクはタダでいただく!」
「ククク、生きて帰りたければこれからも無料で持って来るんだな!」
大通りにはローブを着込み、杖を持った三人組がいた。貴族の魔法使いだ、金に困って襲ってきたのだろう。中毒患者とはそういうものだ。理性が蒸発して、なりふり構わなくなってくる。
「待ってたで。そろそろ襲いに来ると思っていた頃や」
リュウは割れたガラスをスーツから払いながら、立ち上がった。
魔法を直接ぶつけに来たのは肝が冷えたが、襲撃があるのはリュウは予想していた。
「ケケケ、減らず口を言うな。あんちゃん」
「違法なブツを取引する上で大事なことはなんやと思う? それは秩序を作ることや。売り手と買い手、どちらが上かをハッキリさせることや」
価格が法律で決まっているわけではない。誰も監視をしてくれないからこそ、力の差をここで見せつける必要があるのだ。
「ケケケ、ならば今度からこちらが上だ!」
三人の魔法使いは杖を空に掲げる。陽炎のように揺れる魔力が、はっきりと見える火球を具現させていく。
岩石のように巨大なファイアボールが三つ、車を大破させた恐ろしい魔法だ。
リュウは真っ直ぐに突っ込んだ。それほど距離は空いていない、間に合う。
「ニンキョウスキル――
「ケケっ! こいつ杖を!」
リュウは魔力を貯めている杖を掴んだ。魔法使いの武器は特別製、良い金属を使っている。リュウがスキルを発動させると、魔法がキャンセルされる。そのまま材質を変化させ、小型化してリュウの手に収まる。金属で作り上げたのは漆黒の拳銃。アメリカ軍に正式採用されているベレッタM9。9ミリのパラベラム弾の入る強力な……いや、どんな名前でもヤクザの世界ではたった一つ、簡略的な呼び方だ。
「これがハジキや」
「――ぐああああ!」
至近距離で二発、無防備な魔法使いを撃つ。二人残った敵が左右から火球を飛ばそうとする。だが遅い、現代兵器の早撃ちは魔法よりも遥かに早い。
「キキっ! こんなの魔法じゃねえ!」
「ククっ! 幻覚を見ているのか……!」
残りの魔法使いの両方の眉間に一発ずつくれてやった。倒れた三人のうち、一番手頃な奴の頭を、リュウは踏みつける。路地裏や屋敷に隠れている貴族たちに聞こえるように宣言した。
「ええか、貴族街にいる中毒者ども! 刃向かえばどうなるか、これで分かったやろ。タマ取られたくなかったら、こちらの条件通りにするんやな!」
理性を失った中毒者など獣だ。犬に躾を教えるとき、噛んではいけないと言っても絶対はない。言葉を理解しないから。あえて一度噛ませ、その牙では敵わないと身体に刻めばいい。
これで主従が確定した、二度と取引相手にちょっかいを出してこないだろう。これで任務は全て完了した。
◆
「わーいわーい! これで今月はウハウハ! 普通に徴収するより、三倍の収益になったわ!」
決算の月末、コゼット姫は大変気をよくしていた。
「そうやろ、そうやろ。これからも俺に取り立てを任せときい」
「というわけでリュウ、褒美をあげるね――愛のムチを」
「は!? な、なんでや! なんでそうなるんや!」
リュウは耳を疑った。ワガママ姫の機嫌を損ねないよう、最大限の利益をあげる方法にした。落ち度など何もなかったはずだと。
当のコゼットは頬を膨らませ、背もたれの高い玉座に深く腰掛けている。
「だって、最近のリュウ忙しくて構ってくれなかったんだもん」
「お前が、取り立てしろって言ったからやろー!」
「むぅ! 乙女心のわからないやつ〜! バーカバーカ!」
リュウは慌てて玉座の間から出て行こうとする。
「じょ、冗談やない! 癇癪でオモチャにされてたまるか! 今日は帰らせてもらう!」
「クリィ! ペチ! 逃がさないで!」
逃げようとしたところを、クリィとペチコートに挟み込まれた。両腕を絡みとられた。
「どこ行くんですか? 姫さまの命令は絶対ですよ
「ば、ばかはなせクリィ! 椅子役はいつもはお前やろ!」
「今日はあなたの番ですよ、リュウ」
「うわあああっ! やめい、やめるんや!」
「往生際が悪いっすよ、兄貴」
クリィとペチコートに引きずられ、リュウは姫の元に連れていかれる。コゼットは馬の尻を叩くための、小さい鞭を手にニタニタと微笑んでいる。
「うわあああ! お嬢、ご勘弁を! お慈悲を!」
腹を切れと言われれば、潔くリュウは自刃するつもりだ。だがこれは掟ですら無い、仕事は完璧なのに理不尽だ。責の無い罰は絶対に受けたくない。
リュウはみっともなく懇願する。が、コゼット姫はキッパリといった。
「やあだよ♡」
その日、城内にはいつもよりも甲高く乾いた鞭の音が響いた。
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