第8話 ヤクザ・ラフ・エントランス
「たまには、のんびりもええな」
街の公園、木陰にのそべりながらリュウはパンを口に運ぶ。何も無い午後、小麦の甘みだけが喉元を過ぎていく。
「兄貴ぃ! サボっていていいんすか?」
頭の方から、ペチコートの声がする。恐らく見回り中だろう。
リュウは女騎士を見上げる形になった。軽装の鎧、スリットの入ったスカートがよく見えた。今日はタイツをしていない、天気が暖かいからだろうか。
スカートの隙間からパンツが覗ける。小さなリボンが付いている。リュウはグラサンをしていたので、色は分からない。わざとらしく外すわけにもいかないので、リュウは手持ち無沙汰にパンを食べ続ける。
「今日は取り立てが無いんや」
「取り立てがなくても、書類仕事が残っているって、クリィが探していたっすよ」
「そうゆうのは、俺のガラじゃないんや。それに、放っておいてもかまへんやろ。面倒な手続きも姫の命令だと言えば、万事解決や」
「私は面倒な仕事中っす」
「少しぐらいサボってもかまへんやろ。こい、奢ってやる」
リュウはパンの残りを全て口に含んでから、起き上がった。ペチコートの手を引いて連れていく。公園の近くにある小さなパン屋。そこの店主は小柄なおじさんだ。
「大将、さっきのパンをもう一つだ」
「甘いブリオッシュだったね、兄ちゃん。おや、騎士の彼女持ちとは兄ちゃんもやり手だね」
キノコのように膨らみのある菓子パンを受け取って、ペチコートに渡す。彼女は小動物のように頬張っている。
「そんなんじゃないで、大将。仕事関係や」
「ふむ……仕事が順調そうで羨ましいね。ワシはこの店畳んで引っ越すつもりだ」
「あんたのとこのパンが食えなくなるのは残念や」
「そう言ってもらえるとありがたい。そうだ騎士さま、お願いがあるんだ」
「はむはむ…ん?」
ペチコートはパンを頬張る手を止めて、キョトンと店主を見つめていた。
「最後にフェスティバルを開きたいのだ。ここの公園を使用する許可が欲しい、頼むよ」
「いいっすよ、日程は明日でいいっすね」
「ありがとう、恩に着るよ」
店主は顔をしわくちゃにして、お辞儀をした。
リュウはペチコートに耳打ちをする。
「なあ、ペチコート。お嬢には内緒やで」
「なんでっすか?」
「お嬢に言ったら使用料を取れとか言うに決まってるんや」
店主のための慈善事業のつもりだ。あまり金の話はしたくないと、リュウは考えた。
◆
「さあ、皆さんいらっしゃいいらっしゃい! 今日はパンのフェスティバル! お代は無料! 是非とも私たちのパンを食べください!」
パン屋のおじさん店主が、声を張り上げる。公園内に屋台がいくつも立ち並び、砂糖と小麦の匂いが充満している。店主が別のパン屋にも声をかけたのだろう、色々な出店がある。
そして無料ののぼりのせいか人もごった返しているようで、警備の騎士が列の整理をしている。
リュウはいつもの木陰で寝転がっている。今日は、いつもの店主のパンを食べられそうにないなと思った。
「兄貴はそこで寝ているだけっすか?」
ペチコートが昨日と同じように、現れた。リュウが見上げると、再び彼女の短いスカートからパンツが見えた。リュウは今日グラサンをしていないので、色がよく見えた。鮮やかなお菓子のように、青と白の縞パンだった。快活なポニーテールの彼女によく似合っている。
「……ん? ああ、今日は珍しく繁盛しているんや。俺が食える分はなさそうや」
「ふーん。お金貰えなくても、お客が来る方が楽しいっすよね。私は並んでくるっすよ」
「俺は面倒やからパスや。いつも食っていたしのう」
ペチコートは一人、大行列に並んで行った。ふと、リュウが周りを見ると、警備として公園を囲んでいる騎士たちもパンを貪っていた。いつの間にか列に並んでキノコ型の菓子パンを貰っていたようだ。
ブリオッシュ、あれは美味しいものだ。リュウはゆっくりと悩んでから、上体を起こした。やはり、パンを食べに行こう。
「あははは!」
公園内のどこからか笑い声が聞こえた。テンションの上がったバカだと思ってリュウは気にも止めなかったが、その笑い声を放った女性が大袈裟に倒れたのだ。その子が身につけている鎧が地面にぶつかり、大派手な音を立てた。
リュウは思わず駆け寄った。
「ペチコート! どうしたんや!」
「あひゃひゃ! ひーっ! ひーっ! ふぅふあははは!」
ペチコートは縞パンが見えるのも厭わず、笑い転げている。ポニーテールを振り乱し、涙を流しながら狂っているようだ。手には沢山の菓子パン。歯形がついたかじりかけもある。そして、ミルクの入ったグラスもこぼす。
「落ち着けや、何があった?」
「ひゃはっ! あははは! あちゅい! あちゅい!」
ペチコートは笑い転げながら自らの鎧を脱いでいく。胸の装甲板を外し、騎士団服のボタンを引きちぎる。露出した縞色のブラが上下に激しく揺れている。
「ぎゃははは!」
「げへへへへ!」
ペチコートだけじゃない、公園にいる色々な人々が倒れた。若い男性も年老いた女性も、等しく笑っては服を脱ぎ始めている。なんのせいかと考えれば、みんな等しくパンを食っていたことだけだ。
「店主! 今日の仕入れはどこでやったんや!」
リュウは屋台の方へと急ぐ。パン屋のおじさん店主はてっきりおろおろしているのだと思った。人の優しそうな彼はいつものエプロン姿ではなく、黒いローブを纏っていた。顔には雷の紋様が刻まれた仮面。それは別の屋台の主人、計五人も一緒だ。
「我ら!邪教集団ブリッツドナー! 国家転覆を企てる者なり!」
「おい、何をふざけてんや……」
「悪いな、兄ちゃん。最初からそのつもりだった。だが、安心しやがれ。殺しはしない、小麦に混ぜたワライダケの粉末も数時間で効力が切れる。我々はこの国が疲弊すればそれでいいのだ」
「悪戯やと? そんな理屈が通ると思うなや!」
人の良いパン屋の主人が、温泉街に現れた精霊殺しの組織だと。反社会主義がなぜだが知らないが、粛清しなければならない。
店主は後ずさった。彼の後ろにはパンを焼いた大きな窯があった。
「遊びではない、我々には大いなる目的がある。しかし、そうだな……我らの指導者が動くまでは、確かに児戯なのであろうな。いや、この国自体が幼女のままごとであるならば、何も問題ない。騎士のお嬢ちゃんの理性が戻ったら、そう言ってくれたまえ」
彼は小麦の入った大きな袋を抱え上げた。背後にある窯の蓋を開け、小麦をそのままバラ撒くようにして入れた。瞬間、閃光が瞬いた。粒子状の物体に着火し、粉塵爆発が起きる。
「ニンキョウスキル!
リュウはペチコートが落としたグラスを拾い上げる。パンと相性よいミルクが入っていたものだ。パンと一緒にこの辺にはいっぱい転がっている。リュウはグラスを手で覆うようにして、光を発生させる。
歪曲し、ふたつに分かれた光を自らの目にはめた。それは日光を遮断する、サングラスになった。ヤクザの威圧を醸し出すアイテム。
それは爆発の光を和らげ、飛散する破片からリュウの目を守る。そのまま爆発の煙に突っ込んでいく。熱い余波と、粉っぽい空間の中ローブの男を掴み上げる。
「ぐおっ! この無茶苦茶な兄ちゃんが!」
「俺から逃げようとは、良い度胸やな!」
リュウは店主の腹に向けて、拳を打ちつける。鈍い軋みと、くぐもった悲鳴。腹筋を鍛えていたのだろう感触に、ただのパン屋ではないことがうかがえた。
「グゥう! 他の奴らに構わなくていいのかな?」
「そこで寝てやがれや!」
もう一度ぶん殴ると、元店主は気絶した。殺さないように手加減はしといた。
他の四人の黒ローブの男たちは、既に露と消えていた。遅かった。
捕らえた店主に、拷問でもなんでもして話を聞くしかない。
◆
「……それは困ったね」
翌日、城の地下牢に行くとペチコートが看守と何かを話していた。
リュウが話しかけると、彼女はばつが悪そうな顔をしていた。
「おい、昨日の奴はどうした」
「兄貴、ちょっと笑えない事態になったっす」
「昨日のことは気にするなや。あんな奴だと知っていれば、お前に紹介なんてしなかったで」
「いやいや、私の痴態のことじゃなくてっすね……パン屋フーリッシュの店主、ノストラ・フーリッシュは脱獄したっす」
「なんやて! 城の警備は厳重にと言ったはずや!」
ペチコートはリュウの側に近寄り、背伸びをして耳打ちをする。まるで看守の騎士に聞こえないようにしているみたいだ。
「内部に裏切り者がいるとしか考えられないっす。まだ逃亡中の四人も見つかっていない、兄貴だけの内密に頼むっすよ」
「……ただの悪趣味な連中じゃないんやな。何が不満で、国家に反逆するんや」
「さあ、わからないっす。ただ奴らがトレードマークにしている雷は、この国では因果応報を表すっす」
「カレル王国に変わったことといえば、先日関税自主権を取り戻したことや……反社会主義の連中は、この国が発展するたび、釘を刺しにくるつもりや」
悪戯の範疇を超えている。彼らには大義があると言っていた。これは警告に過ぎないのだろう。
正面から来るのなら叩き潰す。リュウには恐怖はなかったが、この地下牢の湿度のようにジメジメしたわだかまりが残った。姫の愛する国の中、姫を守る者の中に敵が潜んでいるというのが嫌なのだ。
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