りーこの写真集

桐谷はる

都内 フリーライターT氏の自室にて

 テープ起こしという仕事をご存じだろうか。

 例えばライターがインタビューを取る。講演やら討論会を取材する。メモが取れるならもちろん取るが、それができない状況もある。鉛筆を忘れても手帳を忘れてもICレコーダーだけは忘れてはならない。録音さえしていれば、例えどんなに複雑な話でも、どんなに早口で話されても何度でも聞き直すことができる。

 この音声を文字データに打ち直し、よりまとめるのに便利なようにする作業がある。これを「文字起こし」あるいは「テープ起こし」という。ぼちぼち機械でも代替できるようになったから、早晩消えゆくことになるだろうがまだかろうじて需要がある。専門で食っていくことは無理だろうが、在宅ワークとして人気があるそうだ。

 耳で聞けば短いように思えても、文字にしてみればかなりの量になる。十分の音声をテキスト化するのに、私はおおよそ十五分かかる。一時間のテープなら、音の状態にもよるが二時間くらい。

 普段はライターや校正や編集や、出版社や編集プロダクションからこぼれてくるあらゆる仕事を請け負う編プロ兼人材派遣会社のような会社で働いている。テープ起こしに駆り出されるのは猫の手も借りたいほど人手のないときか、自主的にぜひ請けたいと希望した場合だけだ。今回は後者だった。

 怖い話が私は好きだ。

 オカルト系の仕事なら、安かろうがなんだろうがまわしてもらう。そしてていねいにやり遂げる。イヤホンの向こう側の世界に、息をつめ、耳をすます。

『――遅くなってすみません。どの写真を持っていこうか、出がけに迷ってしまって』

  雑音がひどい。コーヒーやケーキセットを注文する声がする。

『いえいえ、いいんですよ。僕はコーヒーにしようかな。サトウさん、なんにします?』

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