フォルダ名「テープ」の文書データより

テープ1 九月二七日録音


(落ち着いたクラシックと微かな会話音。喫茶店等と思われる)


男1 

ああ、すみません、気になりますよね。これ、うちの会社の方針なんです。打ち合わせではテープまわせって。特に今まで取引ない方との、最初の面会とかでは必ず。なんかセクハラ受けた社員がいたらしくて。パワハラだったかな。編集部員全員面倒くさがってますから、じきになくなるとは思うんですけどね。相手の方の評判も悪いし。


男2 

はあ、そうですか。


男1 

大丈夫ですよ、帰ったら上司に提出するんですけど、別に誰も中身なんて聞きませんから。まあ、それはそれとして。

 佐藤さんのね、例の写真、僕もネットで見て知ったんですけど、いまほんと、すっごい人気ですよね。僕もこれはすごいなと思いまして。さっそくなんですけど、いままで、商業ベースでお仕事されたご経験とかは?


男2 

ないですね。何回か持ち込みはしたんですが、難しいですね。


男1 

写真はいま、どこも厳しいですからね。じゃあ例えば、お勤め先で副業が禁止されてたり、そういうことはないわけですね? 副業というか、本を出すのは。


男2 

――問題ないです。ええ。


男1 

リーコの写真、題材が、まあいわゆるコスプレ写真になっちゃうんで、うちとしても企画が通るかわからないところではあるんです、正直に言うと。原作の漫画がうちで出しているものですから、そっちのほうは何とかなるんですけど、果たして売れるかどうかっていうところがね。だから今日はまず佐藤さんのお気持ちだとか、ご事情だとか、伺ってみたいと思いまして。


男2 

出版は、やっぱり、魅力的だとは思うんですけど。ただ、メールでいただいた内容だと…、電子書籍ってことですよね。紙の本はやっぱり難しいんでしょうか。


男1 

いやあ、そうなんですよねえ。――やっぱり作家さんもそこ、こだわられる方多いんですけど、採算がすごく難しいんですよ。置ける書店も限られますし。電子書籍でヒット出して、知名度も上げたうえで、っていうんならありですけどね。


男2 

そうですか…。

(しばらく無音)

男1 

ちなみに、このモデルの女の子は、どういう方ですかね。クレジットされてなかったみたいですけど。どこか事務所に所属されてます?


男2 

ああ、ないと思いますよ。プロじゃないんで。彼女は。


男1 

一応ね、そこもご確認いただけますか。結構調べたんですけどねえ、どこにも所属してないなんてことあるのかなあ。こんなきれいな娘、無名なんて信じられないですよね。佐藤さんの腕が良すぎるのかな。ネットでもだいぶ話題になってますよ。どこのアイドルなんだって。


男2 

本人は、あんまり目立つタイプじゃないですね。今度同席させますよ。


男1 

ええ、ぜひ! 少年誌の担当も一度ね、ご挨拶したいと言ってまして。いろいろ事務所やオーディションなんかもその場でご紹介できますしね。もしお手数でしたら、先に彼女とコンタクトさせていただいても、こちらとしては。


男2 

――僕より彼女のほうに興味がある感じなんですね。


男1 

え? あ、いやいやいや! それはもう、佐藤さんが撮ってこその魅力だと思いますよ。さっそくですけど候補の日程をいくつかお送りしますから、ぜひみんなで食事でもね、今後の作戦会議を立てましょう。


男2 

ええ、彼女にも伝えます。どうぞよろしくお願いします。


(テープは途切れる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る