フォルダ「佐藤調査」内 テキスト 1

『リーコの写真集』という都市伝説がある。

 それは企画倒れに終わった、アマチュアの写真集なのだという。使われる予定だったという写真が一枚だけネット上に出回っている。オリジナルのデータではなく、適当な紙にプリントしたものをさらに撮ったような代物で、どれだけ解像度を上げてもクリアにはならない。それでもおおよその雰囲気はつかめる。

 夕暮れ時の公園で、白いワンピースを着たきれいな少女が、とろけるような微笑みを浮かべてこちらを振り向いている写真だ。

出所に関する噂はいくつもあり、どれが本当なのかよくわからない。幽霊が写った心霊写真だとか、この女の子が殺される前に犯人が撮ったものなのだとか。じっと見ていると女の子が動くだとか、それを見たものは死ぬだとか。不思議な雰囲気のある一枚なので、ネットを流れて漂ううちに、いくつも尾ひれがついたのだろう。

 辿るのはいろいろと苦労があった。

 僕が調べたところによると、撮影者は写真家志望の成人男性である。仮に佐藤とする。

 佐藤は趣味で長く写真を撮っていた。細々と同人で写真集を出したり、コンテストに応募をしたりと、仕事の合間を縫って作品を発表し続けていた。しかし昨今、写真を撮る人間は山ほどいる。よほど抜きん出た企画がなければ、人の目に留まることは難しい。

 佐藤は考えた。

 彼が得意とするのは人物写真だ。

 それも、グラビアのように人物のみを主体に据えるのではなく、背景も含めて一つの世界を作る。それなりに評価を得、同人的に発行する写真集やポストカードは安定した売り上げがあった。もう少し器用で世渡りに長けていれば、けっこう写真で食べていく道もあったのかもしれない。しかし佐藤は人付き合いがうまい方ではなく、マスコミ関係者にアプローチするどころか派遣社員の仕事も難航気味だった。ただいつか芸術家として認められ、世に出ることを夢見ていた。

 彼は新しい層のファンを獲得することに賭け、アニメや漫画のキャラクターをモデルとした、いわゆるコスプレ写真を撮ることを思いつく。

 もともとそのジャンルを愛しているファンなら、撮影者が誰であろうと手に取るだろうし、金払いもよいだろう。アニメにも漫画にもそれほど詳しくなかった男は、詳しい友人に相談し、絶対に当たると勧められたアニメから、最も自分の作風にマッチした見た目の女性キャラクターを選んだ。白いフリルのワンピースに、白い肌。つやつやと光るロングヘア。脇役だが人気のあるキャラクターで、リーコという名前だという。

 売り上げのことを考えれば、少しはサービスカットも要る。露骨なポーズは彼の好むところではないが、胸元をくつろげるくらいの融通はきかせてほしい。メイクやスタイリストを雇う余裕はもちろんないので、自前で身なりを整えることができ、なおかつ、無名でなければならない。彼自身の作品を評価されるためには、被写体の知名度はむしろ邪魔なものだ。要するにベテランの技術とずば抜けたルックスを兼ね備えた素人にタダ働きをしてほしいという話で、誰も相手にしなかった。相手にしなかったはずだった。

 そんな都合のいい少女を、なぜか、佐藤は見つけてきた。

 後日、スナップを何枚か撮影し、ごく内輪のオンライン上の集まりで自信作を披露した。佐藤と同じように写真家を志すアマチュアが集まる社会人サークルで、評価は辛口になりがちなのが常だったが、佐藤の「リーコ」は絶賛された。アニメを知るものも知らないものも、その美しさを芸術性を褒めないものはいなかった。

 佐藤は気を良くし、さっそくSNSにも写真を上げた。

 硬派な人物写真ばかりを撮って集めたフォロワーがコスプレ写真を受け入れるか自信がなかったにもかかわらず、次々と絶賛のコメントが届いた。投稿の翌日、アニメファンにリツイートが届くとそれは爆発的に拡散した。フォロワー数は倍増、倍々増とどこまでも増えていく。過去に投稿した写真にも、リーコの写真ほどではないが好意的な評価が寄せられた。

 早くも更新から一週間後には、佐藤がずっと待ち望んでいたもの――雑誌編集者からのオファーがSNSに入った。

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