フォルダ「佐藤調査」内 テキスト2

 佐藤はモデルの少女と話をつけ、写真集となるべきリーコの写真を撮りためることを始めた。

 今まで撮っていた風景や人物写真を送ることもしてみたが、編集者の反応は悪くはないものの、具体的に世に出すという話はなかった。しかしリーコの新作を幾枚か送ると、すぐに「いいですね」「今月中にあと10枚撮ってもらえませんか。編集会議に間に合えば、来月には発行できますよ」と、せっつくのだった。佐藤はコスプレ以外の、自分本来の写真に執着する気持ちもあったものの、本物の編集者から作家扱いされて悪い気はせず、電子書籍の出版を承諾した。

 ひそかに恐れていたのは、モデルの少女が単独で評価を得てしまうことだった。

彼女はあくまでもただの被写体であり、誰とでも取り換えられる存在でなければならない。写真が魅力的なのは彼女のおかげだなどと思われてはならない。今後うまくリーコの写真集が高評価を得て、同じテーマで撮れと言われたら、モデルは必ず別を使う。

 幸いにも、彼女は編集者に会おうともせず、お任せしますと言うばかりだった。

 編集者は「肖像権や個人情報の問題もありますよ。ちゃんと確認しなきゃならないですよ」としつこく言いつのったが、契約を結ぶ際に必ず連れていくと約束すると、とりあえずは引き下がってくれた。どうやら少女への興味はあるが、佐藤自身の機嫌も損ねたくはないらしかった。

 佐藤の写真の人気はますます高まり、熱心なファンを増やしていった。それはただ無制限に広がっていくのではなく、「写真集が出たら必ず買います!」「ファンになりました!」と温かく彼を励ます人の輪だった。職場でも学校でも人と関係性をうまく築けたためしがない佐藤は、急に目の前がひらけ、人生に光がさしてゆくように感じた。


 ひとつだけ違和感があるとすれば、人気が出れば当然、批判も出てくるだろうと思っていたのに、それらしき声が全くないのだった。

 編集者も、「これだけ評価コメントがあって、アンチが全然いないのはすごいですよね。普通、急に伸びた人が出ると、多少はマイナス意見なんか出てくるもんですけどね。やっぱり、本当にいいものはみんなわかるんですよね」と最終的には持ち上げてきたものの、違和感を持ってはいるようだった。

 佐藤としても、作品が好かれるのはもちろん喜ばしいことだ。アンチがいないならそのほうがありがたい。しかし、全く何もないというのも――薄気味悪くて気にかかるのだった。


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