フォルダ名「取材」 テキストデータ

 ――これって、記事になるんですか?

 いえ、大丈夫です。お任せします。そういうの、別にもう大丈夫なんで。


 そうですね、リーコのモデルは私です。

 自分でももうよくわかんないんですけど、たぶんそうなんだと思います。


 佐藤さんとは、神奈川のイベントで知り合ったのが最初です。

 コスプレとかでよく使われてる小さいスタジオがあるんですけど、そこが主催してる撮影会でした。女の子はお店が声をかけて集めたレイヤーの子たちで、まあ、別にプロとかじゃないけど、撮られるのは慣れているし、露出高めの衣装もOKって子たちです。

 私、別に全然かわいくないし、数合わせで呼ばれた感じだし……。人気がなくて、壁際でドリンクの補充とかしながら、目立たないようにしてました。そしたら佐藤さんが来て、いろいろ聞かれました。

 どのくらいレイヤーしてるのかとか、学生なのかとか、普通の話でしたね。最初は警戒しました。そういうのNGのイベントでしたし、どうしても変な人が寄ってくることってあるから。運営の人が注意して、すぐ離れていったから、その時は気にならなかったんですけど。

 名刺をもらったんです。

 SNSのアカウントが載ってるやつ。

 気まぐれで見てみたら、いろいろ写真載ってて、思ったよりすごい人なんだなって。


 ――撮影ですか? 

 いいですよ、顔出しで。ポーズとか取りますか? いらない? わかりました。このままお話しますね。


 SNSで見たのは、海辺の写真でした。

 砂浜に、ふわっとスキップした瞬間の青いワンピースの女の子がいて。

 波がきらきらしてて。なんていうのかな、天国みたいだなあって。

 私、写真の良し悪しとか別によくわかんないですけど、いい写真だな、センスいいなって思いました。

 だから、名刺のメルアドに私からお礼のメールを送って、そうしたら「顔出しなしでもいいから、モデルとして手伝ってほしい」って返事が来て。ああいうふうにきれいに撮ってくれるなら、やってみてほしいって思いました。


 いい人でしたよ。

 ちょっと話通じないっていうか、カメラマンなのに全然話せなくて、機嫌を取ってくれるわけでもないし、そうするとこっちも表情硬くなるじゃないですか。笑うのとかすごく大変でした。でも、すごく真剣に撮ってるのはわかりました。

 とにかく、妥協しないんです。

 指の角度とか、首の傾げ方とか、ひどいときには風に髪が揺れるタイミングとか、何度も何度も撮りなおしました。一日終わると身体中ばきばきで、さすがに辛かったですね。


 ――写真、おかしいですか? 

 いいですよ、別のカメラを持ってくるなら、待ってますよ。

 ああ、予備があるんですね。

 すごい、やっぱりプロの記者さんって感じですね。


 佐藤さんは、すごく写真映えする顔だって、何度もほめてくれました。

 実物よりもずっといい、普段の私を知っている人でも、写真だけ見たら絶対にわからない、って。失礼ですよね。

 でも、見たらほんとその通りで、怒る気もしませんでした。

 私が見ても、これほんとに私?って感じで。

 私には違いないんですけど、でも、なんか違うんです。全然別人なんです。

 信じられないくらいかわいくて。すごく――世界でいちばん幸せそうで。

 この子になりたい、って思いました。

 佐藤さんの撮る写真の中だけでなくて、現実でもこういう姿でいられたら、きっと人生も変わるんだろうって。みんな私のこと好きになって、何もかもうまくいって、幸せになれるんじゃないかなあって。本当の私がリーコで、今までの私は間違いで、そうだったらすごく幸せだと思いました。


 ――あ、やっぱり駄目ですね。

 それ、カメラの故障じゃないですよ。


 リーコをやってから、私、写真に写らないんです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る