都内 オカルトマニア I氏の自室にて

『リーコの写真集』という都市伝説がある。

 それは企画倒れに終わった、アマチュアの写真集なのだという。使われる予定だったという写真が一枚だけネット上に出回っている。オリジナルのデータではなく、適当な紙にプリントしたものをさらに撮ったような代物で、どれだけ解像度を上げてもクリアには見えない。

 夕暮れ時の公園で、白いワンピースを着たきれいな少女が、とろけるような微笑みを浮かべてこちらを振り向いている写真だ。

 出所に関する噂はいくつもあり、どれが本当なのかよくわからない。


 担当した若い編集者は失踪し、数年後にかつての同僚が街で見かけたが、声をかけようとした途端に消えてしまっただとか。

 モデルの少女は写真の衣装を着て、撮影場所のうちのひとつで首を吊っただとか。

 撮影者の幽霊はカメラを持って姿を現し、若い女性を撮影しては「これじゃない、これじゃだめだ」と呟くのだとか。撮られた女性は別人のような美人になるが、写真に写らなくなるだとか。


 不思議な雰囲気のある一枚なので、ネットを流れて漂ううちにいくつも尾ひれがついたのだろう。実際、奇妙に魅力的な写真だ。ものすごい美少女というわけではないし、画質も良いとは決して言えないのに、手に取るといつまでも見ていたい。偶然にこれを見つけて以来、写真をぼんやりと見つめたまま過ごして、ふと我に返ると何十分も経っていたということが何度かあった。

 写真集を出版する予定だったのなら、もっと多くの、それこそ何十枚という写真があるはずだ。

 もしも存在するのなら、どうにかしてこの目で見てみたい。出来る限りの努力はした。ネットで検索できる範囲はあらかた調べつくしたし、撮影者が所属していたという写真サークルも探した。

 忘れられたブログや個人サイト、書き込みが何年も前に終わっている掲示板を探すうち、偶然に、いくつかの音声データを見つけた。

 関係者の音声を録音したものだという。

 もしも本物であるのなら、都市伝説の一端に手を触れていることになる。期待と恐れが入り混じった気持ちで、ウイルスソフトだったらどうしようかという不安も感じながらおっかなびっくりダウンロードすると、圧縮された8つのMP4データが現れた。

 ついにリーコに手が届くかもしれない。

 あの美しい女の子の姿を、私だけが独占できるかもしれない。

 胸の鼓動が激しくなり、もう一話書ける、という熱い思いが湧いてきた。もう一話? なんのことだろう。そう、私がT氏の後に続くのだ。T氏? 誰のことだろう。あなたも私も誰もがみんな、この話の後に続くのだ。私はどうしたんだろう、訳が分からない。

 ひどい雑音の向こうから、微かに声が聞こえてくる。


『――テープ起こしという仕事をご存じだろうか。』

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りーこの写真集 桐谷はる @kiriyaharu

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