第三章 笑顔と信頼はプライスレス②
ダミアンに連れて行かれた先は、
木製の家具と白い
ダミアンはここの常連なのか、あちこちで知り合いに呼び止められている。その都度、彼は私のことを
「お嬢ちゃん、あいつだ。奥の席で本を読んでる奴。おーい、レナード! 元気してたか?」
ダミアンに大声で呼びかけられ、青年が顔を上げる。その
「なんだ? 二人とも顔見知りだったのか?」
異変に気づいたダミアンが不思議そうに聞いてくる。実際には顔見知りどころの話じゃない。レナードと呼ばれた青年は、この国の第一王子にして
「悪いな、ダミアン。おまえが珍しく女を連れてるから
先に
え、何これ? 人違い? こんな
私はますます混乱したが、ダミアンにとってはいつものことだったのか、彼は
「今度、売れ残りの魚を使って瓶詰めを作ることになったって話しただろ? そのきっかけをくれたのが彼女──ヴィオラだったんだよ」
「へー。あんた、ヴィオラって言うんだ。いい名前だね。俺はダミアンの友人で、レナードって言うんだ。名前を覚えてもらえたら、
レナルドが席を立ち、
しかし、レナルドの真意を知っている私は背筋が冷たくなった。彼は念を押しているのだ。自分は
ここは
私は
「はじめまして、レナード。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしく、ヴィオラ」
レナルドが手の
こうなったら、仕方ない。私もよそ行きの笑顔を装備して、レナルドに話しかけた。
「ダミアンから聞いていた通り、気さくで
「いいや、俺は気になる女性に対してしか、こういう態度を取らないよ。君みたいに美しくて高貴な女性がダミアンの仕事のパートナーだなんて、
訳すと、「君のことが信用ならないから、
もちろん、この
「おいおい、二人して何いい
「悪いな、ダミアン。気になる女性を紹介されたら、彼女のことをより深く知りたいと願うのは自然の流れだろう?」
ダミアンがヒューッと口笛を
レナルドの
「いつまでも立たせていて、すまない。どうぞこちらへ」
ずいぶん
「なぁ、ヴィオラ。君はどこに住んでるんだ? ダミアンと知り合ったきっかけは?」
えーと……一歩
私は引きつりそうな口元を気合いで
「ダミアンとは、その……彼が治療院に来た時に知り合ったの」
「治療院? そういえば、下町の方で聖女様が貧者のための治療院を開いたって聞いたけど、まさかそれのことを言っているのか?」
「ええ、まぁ……」
レナルドはまだアナリーと出会ってすらいない。今の段階で治療院のことをどこまで話していいものか……。悩んでうつむく私を見て、なぜかダミアンがクックッと笑った。
「いつも
ちょっと! 誤解を招くような言い方しないでよ! レナルドの視線が恐いじゃない!
私の
「このお嬢ちゃんはな、見かけによらず、すごいんだぜ! 俺の手下が治療院に『場所代を
「彼女が? 本当か?」
レナルドが目を丸くする。私は肩身の
ダミアンは私が止める間もなく、
「へー。ヴィオラは見かけによらず、
「だよなー。俺もお嬢ちゃんの
悪かったわね! 私もあの時は必死だったのよ!……と大声で
「あんたたちの関係はだいたいわかったよ。それで、今日は俺に何を
「さすがレナード、話が早くて助かる。実は今、俺たちは瓶詰めの納品先を探していてさ。おまえ、軍につてはないか?」
「……軍?」
「ああ、長期保存の
「へー、ヴィオラが軍とのつながりを求めていると」
こちらを見るレナードの目に
私だって、前世を思い出す前の自分が軍と手を組んだら……と想像するだけで恐くなる。現に、ゲームの中のヴィオレッタ王女は軍を使って王位
「安心しな、レナード。軍の関係者を紹介してもらったところで、そいつとお嬢ちゃんの仲を取り持ちはしないから。それ以前に、お嬢ちゃんは
ダミアン、あなたは変な
レナルドはしばらくの間、
「事情はわかった。ダミアン、あんたに軍の関係者を紹介することは構わない。だが、それ以前の話として、俺なんかよりヴィオラの方がよっぽど軍に顔が利くんじゃないのか?」
……そうきたか。腹の
「何を言ってるんだ、レナード? 俺やお嬢ちゃんのような
何も知らないダミアンが困った顔で
「いいか、ダミアン? あんたは本当にヴィオラが普通の女だと思ってるのか? 普通の庶民の女が瓶詰めの開発を一ヶ月足らずで成功させるなんて、どう考えてもおかしいだろう?」
「……そりゃまぁ、お嬢ちゃんは驚くほど
「ヴィオラ、君の真の目的はなんだ? 瓶詰めの売り先として、
レナルドが私の方を意味ありげに見る。ああ、そういうことか、と私は
レナルドは、私に対する不信感をダミアンに植え付けることで、彼が私に近づくのを止めたいんだろう。でも、私だって今ここでダミアンに疑われるわけにはいかないのよ。せっかく
レナルドもダミアンも
「レナードが言うように、確かに私は普通の庶民の女性とはちょっと違うわね。ありがたいことに、私は十分な教育を受けさせてもらったから。だけど、瓶詰めの販売でダミアンを
「その根拠は?」
「瓶詰めのもうけを
「……そっか、それもそうだな」
ちょっと、ダミアン! その顔はレナルドに
あからさまにホッとした顔つきになるダミアンを見て、私はムッとした。けれど、今はそういう細かいことにいちいち構っている場合じゃない。
「ダミアンも考えてみてよ。そもそも軍に知り合いがいたら、私が他人に
「思わないな。お
「そうでしょう? わかってくれたのなら、嬉しいわ」
よし、これでダミアンの方は
レナルドの様子を
「俺がお嬢ちゃんの性格をよく理解してるからって
「……それも悪くないな」
は? 何この流れ! 二人のやりとりに、私はギョッとしたなんてものじゃない。
レナルドが瓶詰めの販売計画に加わったら、私は彼に始終
でも私と
いやいや、変な期待はよそう。相手はあのレナルドだもの。今までみたいに無視されるだけよ。だけど、もし本当にチャンスがあるのなら……。
「俺も瓶詰めの販売に
「ああ。頼むぜ」
「ちょっと待って! まだ話は決まってないのに!」
レナルドは
「しばしのお別れです、姫。またお目にかかれる日を楽しみにしています」
うーわー、いくら顔がよくても、こんな
レナルドは最後まで私に流し目という名の警告を
今ここでダミアンの誤解を解くわけにはいかない。そんなことをしたら、私とレナルドの身分まで話さなくてはならなくなってしまう。
本当のことを打ち明けられないもどかしさと今後の不安との間で
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