第二章 異世界で経営戦略を③
それから一時間後、私とラルスの二人は王都の南に位置する港の中を歩いていた。
私が調べた情報によると、ダミアンとは王都の南部一帯を取り仕切っている元締めで、
歩いていると、
「あの魚、もったいないわね。なんとか捨てずに活用できないかしら?」
なんせ私の前世は日本人。もったいない精神を持つ国の人間としては、こういうムダを見ると、なんとかしたくなってしまう。しかし、この国では理解されない感情だったらしい。
「ずいぶん変わったことに興味を持つんですね。まさか次は魚の流通に手を出す気ですか?」
ラルスから真顔で心配され、私は「いやいや」と手を横に振った。
「漁業のことを何も知らない
「その言い方、漁業に
「うーん、まぁ、それは考えてもいいけど……あ、倉庫街はこの先みたいよ」
私は一度足を止め、道の先を見やった。
ここまで来て、私もさすがに
「ヴィオラ様、大丈夫ですか? さっきから表情がかなりきつくなっていますけど」
「え、本当?」
ラルスに
いけない、いけない。ただでさえ私は悪役
「その悪人みたいな笑い方はやめてください。相手を
「……ごめんなさい。気合いを入れたら、なんか変な顔になったみたいね」
「あなたでも
「そりゃあ、あるわよ! だから、ラルスに付き添ってもらってるんじゃない!」
ラルスが
焦る私の顔をラルスは意外そうに見つめ、やがてその口元を皮肉げにつり上げた。
「そんなに俺を信じていいんですか? 今の俺は
まただ。ラルスは軽口をたたきながら、自分自身の発言に傷ついた目をしている。
「ねぇ、ラルス。そういうことを言うの、やめた方がいいと思うわよ」
「どうしてです? あなたも
「だから、もう!」
私は
「そうやって自分で自分を傷つけるのはもうやめなさい。親とあなたは別の人間でしょう?」
「でも、俺は母親にすら捨てられるような人間で」
「そうね。お母さんがあなたを男爵家の前に置いて行ったことは、
「え……」
「親の事情は親の事情よ。そのせいで、あなたが
「……………………」
ラルスは何も答えない。まるで
「ヴィオラ様は変わっていますね。あなたと話していたら、今まで
それって
「ほら、行きますよ。急がないと、元締めに会う前に日が暮れてしまいます」
私が問い
何か
これから敵の本拠地に
私はちょっと気が楽になって、差し出された手を取ろうとした。その
「あの、ラルス?」
「しっ! 気をつけてください。近くに
「えっ……」
ラルスのささやきに息を吞む。その直後のことだった。倉庫の後ろから数人の男が現れた。
「騎士の兄ちゃん、さすがだな。俺たちが
男の一人がおざなりに
年の
緊張する私の前にラルスが立ち
「せっかく会いに来てくれたっていうのに、
男が
私は気合いを入れ、スカートの
「ご
「ほぅ、話が早いじゃないか。で、お
「治療院への場所代の取り立てをやめていただきたいのです」
ダミアンの後ろに
必死で笑顔をキープする私を前にして、ダミアンがフッと表情を
「思い切りのいい女は
「なぜそこまで場所代にこだわるのです? 治療院から得られる収入など、ごくわずかに過ぎないと思いますが」
「そうだな。でも薬の転売ができなくなった今、それじゃ示しがつかないんだよ。治療院だけ理由もなく見逃したら、
やっぱり薬の転売もダミアンの指示だったらしい。彼には何か彼なりの理屈があって、資金を集めているのだろう。だけど、私たちまでその理屈に従う必要はないわ。
「失礼ですが、ダミアンさん、場所代の名目とはいったいなんなのでしょう? 一定の金額を納めたからといって、あなたたちは治療院のために何かしてくれるのですか? 場所代のように意味も
「このアマ、ダミアンさんに逆らう気か!?」
周りの男たちが一斉に殺気立つ。ラルスの全身にも緊張が走ったように見えた。
だが、この
「お嬢ちゃんのようにまっとうな人生を送ってきた人間には、よくわからない理屈かもしれないな。だが、俺のやり方に文句があるなら、それは
どういうこと? 今は場所代の話をしているのに、なぜ王侯貴族が出てくるの?
静かに混乱する私に向け、ダミアンは
「なぁ、お嬢ちゃん。王侯貴族のように上に立つ者の本来の役目とはなんだと思う?」
「それは……戦時には
「ああ、そうだな。だが、現実はどうだ? 王も貴族も、王都に住まう民の
私は言葉に
「王宮の連中から見たらゴミみたいな人生でも、生きてさえいれば、そのうちいいことがあるかもしれないじゃねぇか。今苦しんでる連中にそう思わせるためには、まず連中を生かすための金がいる。王宮の
……ああ、そういうことか。ここまで話を聞いたことで、私にもようやくダミアンの言い分が理解できた。彼は国に何も期待しない。その代わり、国のルールにも従わない。自分の周りの人間を食べさせていくために、彼は自分にできることを
ただ、ダミアンの主張や立場はわかっても、場所代の支払いにはやっぱり
私とダミアンの
私は短い時間内で必死に答えを導き出そうとした。でも、なかなか集中できない。風向きが変わったのか、辺りを
この
「どうだい、お嬢ちゃん? 納得したなら、おとなしく場所代を払ってくれないか?」
今までの
きっとこれが最後のチャンスだ。私はゴクリとツバを吞み込み、「わかりました」と答えた。
「お、物わかりがよくて助かるね」
「はい。あなたの話を聞いていて、わかったのです。王都で暮らす人々の生活を向上させるためには、より多くの資金が必要だと。ですが、今のあなたのやり方では
「へー。世間知らずのお嬢ちゃんに、いったい何ができるって言うんだい?」
ダミアンの顔からすっと笑みが消えた。危険を察したラルスが私を
「世間知らずでも、ご提案できることはあります。私があなたであれば、廃棄予定の魚を使って保存食を作り、新たな
「ハッ! そんなの、すでにやってる。魚を塩や
「私の方法は違います。塩や酢を極力使わずに魚を数ヶ月もたせてみせます」
ダミアンが「本気か?」という目で私を見てくる。私は力強くうなずいて見せた。
この時、私の
「例えば一ヶ月間、私の提案する方法で魚を
今後の生産について話すのは、さすがに
案の定、ダミアンは利益の話が出た時点で、この提案を検討する態勢に入ってくれたらしい。彼はしばらくの間、
「利益の一割を欲しがるとは、見た目に似合わず、ごうつくばりなお嬢ちゃんだな。だが、本当にそんな方法があるなら、得られるもうけはかなりのものになる。その話に乗ってやろう」
よし、
「お嬢ちゃんの提案は、成功すればもうけもでかい。だが、失敗したらどうするんだ?」
「その場合は、おとなしく場所代をお支払い……」
「それじゃ足りないな。こっちもお嬢ちゃんの提案に乗って一定の労力を
やっぱりこの人は抜け目ない。ダミアンは私が
仮にも一国の王女が一ヶ月間も王宮から姿を消したら、どんな悪評を立てられることか。ただでさえ最悪な評判をこれ以上
「悪いがダミアン、あんたにヴィオラ様を預けることはできない」
「ほぅ? なら
「無理な相談だな。代わりに、あんたにはこれを貸そう。万が一計画が失敗したり、ヴィオラ様が途中で逃げ出したりしたら、これを売って、その金をあんたの
ラルスがダミアンの前に手を差し出す。後ろから見ていた私は息を
「ラルス、やめて。そんな大切なものを
「心配いりません。あなたは魚の長期保存を本気で実現させるつもりなんでしょう?」
「……ええ、まぁ」
「なら、あなたが俺を信じてくれたように、俺もあなたを信じるだけだ」
ラルスが
「騎士の兄ちゃん、
ダミアンがラルスから指輪を受け取り、私の方を向く。いけない。今はラルスのことを考えている場合じゃなかった。私は気を引き
「あなたの仲間に魚屋と瓶作りの職人はいる? もしいたら、協力してもらいたいの」
私の
いろいろ不安はあっても、宣言した以上は
こうして、まさかの魚を相手に、私の試行
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