第二章 異世界で経営戦略を①
薬の転売
私が店内に入ると、カウンターで新聞を読んでいた店主がちらっと顔を上げ、「いらっしゃい」と無愛想に応じた。間違いない。彼はこの間、エリクから薬を買い取っていた男だ。
「こんにちは。今、少しよろしいでしょうか?」
私がカウンターの前まで来たことに気づいて、ようやく店主が
「なんだい? まだ若いのに、どこか悪くしてるのかい? それとも
「いいえ。私は売りに来たんです。アナリー様が治療院で作った、腹痛用のお薬を」
店主の顔つきが
私がおとなしく待っていると、やがて店主がカウンターを指でトントンとたたいて言った。
「持ってきた薬をここに置きな。続きは中身を見てからだ」
よかった。とりあえず話を聞く気になってくれたらしい。
私が言われた通りにすると、店主はすぐ薬包を手に取った。中から出てきた粉の
「あんた、うちのことは誰に聞いたんだ?」
「エリクさんに教えてもらいました」
「なるほど、あの男がね」
知り合いの名前まで聞いて、やっと少し
「これはアナリー様の調合した薬に
「私にはちょっとしたつてがありまして」
表面上は
転売防止策の
それから薬の
こうして元手がかかるようになれば、転売で得られる利益も少なくなる。その結果、転売は割に合わない商売だと感じるようになったのか、転売用に薬をもらいに来る人も減ったんだ。
「それで、いかがでしょう? こちらの薬にご興味を持っていただけましたか?」
私は営業スマイルを
「アナリー様の作る薬は効能が確かで売れ行きもいいからな。できれば、あんたとは定期的に取引を続けたいんだが、今後も治療院から薬をもらってくることは可能か?」
「そうですね。それでしたら私が薬をお持ちするより、もっといい方法があります」
「なんだ、それは?」
「薬の調合法について、
「……は? あんたは薬を転売しに来たんだろう? それがどうして調合の話になる?」
「先ほどお見せした薬はあくまで見本であって、私が本当に売りたかったものは別にあります。そのお話をするため、私は今日アナリー様の代理として、こちらに参ったのです」
アナリーの名を聞き、店主が再び警戒を
「アナリー様はご自身で考案なさった調合法を、多くの方に安価でご提供したいとお考えです。具体的な調合法はこちらに書かれています。薬の転売品を
店主は私の出した書類を食い入るように見つめている。かかった、と私は思った。
私の聞き込み調査によると、この店主はアナリーの薬を入手できなくなったにもかかわらず、お客さんの中には薬を欲しがる人がいて困っているという。ここで彼が調合法を買う契約に同意すれば、転売品の薬を無理に購入する必要もなくなるわけだが、どうだろう?
私がじっと答えを待っていると、やがて店主の口からかすれた声がこぼれた。
「契約は考えてもいい。だが、その前にこの調合法が本物かどうか確認させてもらえないか?契約したあとに
「承知いたしました。どうかご確認ください」
書類を店主の前に差し出す。彼の目つきが変わった。もしかしたら、契約せずに初見で調合法を暗記しようとしているのかもしれない。だけど、残念! それじゃあ、薬は作れない。
「おい! この調合法は未完成じゃないか! ここに書かれている薬草Ⅹとはなんだ!?」
店主の悲鳴に、私は内心でニヤリと笑った。予想通りの行動に
「こちらの薬草Ⅹとは、アナリー様が
「あくまで薬草Ⅹの正体は教えず、アナリー様から直接買わないと調合できない仕組みを作ることで、調合法の無断使用を
当たり! いくら契約書の中で、「薬の調合量に応じて使用料を支払ってください」とか、「他の方に調合法を教えるのはやめてください」とか書いておいたところで、調合法を暗記されたら最後、契約を
その点、キーとなる薬草を治療院から提供するようにしておけば、いくら調合法を暗記されても、調合はできないものね。
「ただのお
「お
「……………………」
スヴェンみたいにニコニコしながら店主の答えを待つ。彼は私の
「負けたよ、降参だ。薬屋の俺では
「ありがとうございます!
「ああ、わかった。あんたは将来、いい商人になりそうだな。今後ともよろしく頼むよ」
店主が
私は店主と固く
「ヴィオラ様って、本職は
「……はい?」
いきなりの失礼な発言に足を止め、思わず
「あんなスムーズに人を言いくるめられるなんて、その技術をどこで習得したんです? そもそも転売
「そうね。でも、それだとアナリーの
私の答えに、ラルスが「あっ」と小さく声を上げる。私はうなずき、説明を続けた。
「ねぇラルス、アナリーの望みはなんだったか思い出してちょうだい。彼女は薬を必要としている人のもとに必要なだけ届けたいと願っているわ。とはいえ、彼女が一人で薬を作り続けたら、きっとまた過労で
私は調合法の書かれた紙をラルスの前でヒラヒラと振って見せた。
「これさえあれば、アナリーと同じ調合でたくさんの人に薬を作ってもらえるわ。しかも、治療院には調合法の使用料も入ってきて、
ニッと笑って、書面をカバンの中にしまう。私を見るラルスの顔に苦笑が
「とりあえず、あなたを敵に回さない方がいいということだけは、よくわかりましたよ」
「あら、ありがとう。では疑問が解消したところで、次の商談に向かいましょう。薬の転売品を
ラルスがやれやれと肩をすくめる。私は契約成立の
◆◆◆◆◆◆◆
翌朝早くから、私は足取りも軽く
出だしは上々。仕事も楽しい。ただ、今の私にはちょっとした悩みがあった。
「おはようございます、お姉様! 今日もお早いですね」
治療院の
こんな美少女に
「おはよう、アナリー。そのお姉様って呼び方、まだ続けるの?」
「お
「いや、別にその呼び方が
「そんなことありません! お姉様は世界一のお姉様です!」
アナリーが胸の前で手を組み、
なんで私、一週間前に「お姉様」呼びを許可しちゃったんだろう?
それがそもそもの
「お姉様とのお出かけ、ずっと楽しみにしていたんです」
アナリーが外出用の
「ああ、うん。お出かけと言っても、今日の目的は契約書の
「それでも構いません。お姉様と
なに、このかわいい生き物! 私が
ヒロインがかわいすぎて困るって、私の立場的にはどうかと思う。そんなルート、ゲームには存在しなかったし、この関係が今後ゲームにどんな
ただ、それでも私はアナリーを
「昨日も話したけど、今日は本契約のために薬屋を五軒回るわ。
「はい、お姉様! どこまでもついて行きます!」
アナリーの素直でかわいい反応に、またもや私の
「お二人とも、出発の準備が
「ラルス、ありがとう。お姉様、一緒に参りましょう!」
アナリーが私の手を引いて外に出る。
「段差がありますから、お気をつけください」
馬車を前にして、ラルスが当然のように手を差し出してきた。さすがゲームの攻略キャラ。こういうところが女性にモテるわけだ。私も治療院に通うようになってから気づいたことだけど、
「ヴィオラ様? どうかなさいましたか?」
あ、いけない。今は
「おーい、おまえら! どこへ行くんだ?」
急に大声で呼び止められ、声のした方を向く。私は思わず「げっ!」とうめきそうになった。なんであの男がここにいるわけ?
悪質なナンパ男にして転売ヤーのエリクが、こちらに向かって手を
私と同じことを考えたのか、ラルスがアナリーを背中に
「そうビビるなって。俺は今日、アナリーに
「なんでしょう? 残念ながら、エリクさんにお薬をお出しすることはもうできませんが」
アナリーが
「今日はおまえのところの場所代を回収しに来たんだよ。この川辺に店を構えている代金として、今月はダミアンさんに十万ラールを納めな」
は? 場所代? って、固定資産税でもあるまいし、なんのつもり?
疑問に思ってエリクを見ると、彼はなぜか胸を張って話を続けた。
「ダミアンさんっていうのは、ここら一帯を治めてる
……この男、そういうわけか! エリクの発言に、私は今までのからくりを理解した。
エリクは薬の転売で得た利益をすべて自分の
しかし、私たちが転売防止策を講じたせいで、今までのような利益を上げられなくなった。その不足分を、今度は場所代として巻き上げるつもりなのかもしれない。
「場所代は税金のようなものだぜ。痛い目に
「そんなこと、急に言われても……」
「なら、どうする? 場所代の代わりに、その清らかな
私は心の中で
「アナリー様、場所代を
「放せよ、ラルス! ダミアンさんに逆らって、ただで済むと思うのか!?」
「
こ、
これには、さすがのエリクもビビったらしい。ラルスが手を放した
「薄汚い人間はラルス、おまえの方だろう? 俺は知ってんだぜ。おまえは本来、教会の
安全
ラルスはエリクをにらんだまま、
「その様子、やっぱり
「もう一度
エリクとの
「ラルス、落ち着いて! エリクさん、息できてますか!?」
アナリーが
あとで塩でもまいておこうかしら? エリクにはもう二度と来ないでほしいわ。
ラルスの方を心配して見ると、彼はつらく苦しげな様子でエリクの去った先を見つめている。彼の過去に何があったか知らないけど、相当なダメージを受けたらしい。
ただ、ラルスが傷ついていることはわかっても、私は
その後、私とアナリーはラルスが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます