第一章 転職先は悪役王女?①
私、本当にこの仕事がしたかったのかな?
会社からの帰り道、私は暗い気持ちでため息をこぼしながら歩いていた。
二年前に新卒で外資系のコンサルタント
仕事である以上、自分の理想とかやりたいこととかは二の次だって言われるかもしれない。だけど、たった一度の人生をそんな風に
「私、もっといい仕事ができるようになりたい」
ぼそっとつぶやいた。その瞬間、私の背中を押すように、信号が青に変わった。
うん、そうだよね! 一度きりの人生、もっとやりたいことを追求した方がいいよね!
そう決意すると、
「危ないっ!」
誰かの悲鳴に重なって、キキーッとブレーキを
熱いとか痛いとか感じる間もない。全身を勢いよく地面にたたきつけられ、呼吸が止まる。
……私、死ぬのかな?
遠のいていく意識の中で、ぼんやり思った。心の中は後悔でいっぱいだった。
もし生まれ変わることがあったら、今度はもう周りに流されたりしない。何があっても妥協せず、自分の意志を
「そっか。私、本当に生まれ変わったんだね」
国王試験が始まった翌朝のこと。私は自分の部屋の鏡を見て、しみじみとつぶやいた。
鏡に映っていたのは、上質のルビーを
転生してから十六年間も
前世で
私がまじまじと鏡の中の自分を観察していると、部屋の
「ヴィオレッタ様、おはようございます。お加減はいかがでしょうか?」
「おはよう。昨日は
私が答えた瞬間、部屋の外で息を
「あの、朝食はいつものように、ベッドにお持ちしてよろしいのでしょうか?」
「え? ベッド?」
私は一瞬ポカンとして、すぐに
私は侍女にニコッと笑いかけ、彼女の前に手を差し出した。
「いつも朝食を運んでくれて、ありがとう。トレイはここで私が預かるわ」
「え……」
侍女が固まる。その手からトレイがすべり落ちた。「危ない!」と思った時にはもう、熱々のカフェオレが
「も、申し訳ございません! お許しを……!」
「それより大丈夫!?
私は
「ここはもういいから。すぐに手を冷やして、薬を
私の指示に、侍女はなぜか無反応。なんで? まさか何も言えないくらい痛いの?
心配して見ると、彼女の顔は
「どうしたの? やっぱり手が」
「い、いえ! あの、私はシミ
私が手を放した、その一瞬の
私は首をひねり……ややあって、ポンと手を打った。
そうだ、今の私はヴィオレッタだった。今までの私なら、
いやぁ、実に過激で
こうして前世を思い出すまでは考えたこともなかったけど、実は私、あちこちで
案外、レナルドが王位に
でも待ってよ! ヴィオレッタの処刑、本当にあるかもしれない!
私は嫌な予感に
この悪役顔に見覚えがあると思った時から、
「ゲームの世界?」
そう、あれは前世で私が就活に
あのゲームとまったく同じだ。グランドール王国という国名も同じなら、光の乙女を
この王国で新しく王になる者は、教会が選び教育した「光の乙女」候補の中から、自らの代の「光の乙女」を選び、彼女の手で
あのゲームのヒロインは、そんな乙女候補の一人だった。彼女は弱者救済に消極的な教会のあり方に反発して教会を飛び出し、下町で薬局を開く。そこへお
中でも最大のイベントは、ラストの革命よね。ヒロインは、王宮を追われた王子様に協力して王位
私は試験で王を目指すものの、レナルドたち兄弟に敗れてしまい、自分を王に選ばなかった父王を
せっかく来世に転職した途端、殺される
そんなの絶対に嫌よ!
◆◆◆◆◆◆◆
その日の午後、私は重たい足を引きずり、王宮の
目的はただ一つ。本を読んで、ゲームの
ここの図書館って、こんなに広くて立派だったっけ?
同じ王宮内にありながら、ここに来るのは、実は数年ぶりだった。前世を思い出す前の私は、活字を読むと
でも、前世を思い出した今は
はぁー、やっぱり図書館はいいわー。
私は本の
目が合ってしまったんだ。こちらに向けられた、ものすごく
私はコホンと
「ごきげんよう、レナルド。今日もいいお天気ね」
レナルドの手から、高価そうな
ちょっと! 図書館の本は
私は
「自分で拾うから
本を拾おうとしただけで、ここまで
今までの私はワガママ
「どうしたんだ、ヴィオレッタ? まだ調子が悪いのか?」
急に
「体調はもうすっかり元通りよ。それより昨日は助けてくれて、ありがとう。
「別に礼を言われるほどのことじゃない。私は人として当然の行いをしたまでだ」
「ううん、当然じゃないわ。今までの私には、できなかったことだもの」
「……………………」
あ、まずい。レナルドの不信感がアップした気がする。その目が「君は何を言いたいんだ?」と
私は精一杯の誠実さを込め、レナルドに向かって頭を下げた。
「ヴィオレッタ? 急に何を」
「今までたくさん
「……ああ、王位
レナルドは
今の提案はやっぱり難しかったか。今までずっと敵対的だった女の態度が急に
失った信用を、これからどうやって回復していこう?
私は
「ご
うっ、つらい……。胸を押さえ、声のした方を見ると、本棚の
彼の名は、スヴェン。最年少で王立学院の博士号を取得した秀才にして、私とレナルド、そしてリアムの家庭教師として
「ヴィオレッタ様が図書館にいらっしゃるとは、お
スヴェンは
レナルドと同じように、私はスヴェンとも対立したくない。どちらかといえば、彼には勉強を教えてもらいたいくらいで……そうよ! それでいいじゃない!
「ヴィオレッタ様、いかがなさいましたか?」
急に押し黙った私を心配してか、スヴェンが近づいてくる。私は彼に向かって頭を下げた。
「お願いです、スヴェン先生! この国のことについて、私にいろいろ教えてください!」
「……………………」
スヴェンは器用にも笑顔のまま、あっけにとられているようだった。今までの私を知っている人なら、そうなる気持ちもわかるよ。だけど、前世を思い出した今はもう違うんだ。
「さっきもレナルドに言いましたが、私は自覚したのです。今までの私が王女としていかに
私の急な変化をスヴェンはどう受け止めるだろう? 顔を上げ、ドキドキしながら答えを待つ。スヴェンは私の目をじっと見つめ返し、ややあって、わずかに
「私でよければ、ヴィオレッタ様のお力になりましょう。そのための家庭教師ですから」
「ありがとうございます!」
よし、まずは第一関門クリア!
スヴェンに勉強を教えてもらえれば、効率よくいろんな知識を吸収できるものね。さらに、私が改心したことをアピールできるチャンスも増える。まさに一石二鳥だ。
「ヴィオレッタ様には、少々こちらでお待ちいただけますでしょうか? 本を何冊か
スヴェンが私に背を向け、図書館の奥へ消えていく。やがて
「スヴェン先生、まさかそれ全部……」
「はい。今のあなたに必要だと思われる、最低限の知識が載った本です。まずはご自身で、これらすべてに目をお通しください」
実はこの人、私が勉強から
「今日は実に喜ばしい日です。あのヴィオレッタ様が王国の地理や歴史に加え、内政や外交、
スヴェンがさらっと勉強内容を増やしつつ、私に微笑みかける。
「昼の間、私は図書館にいます。質問がございましたら、いつでも気軽にお
「……ありがとうございます、スヴェン先生。これからもよろしくお願いいたします」
私のお礼が棒読みになってしまった点は、大目に見てもらいたい。
私は台車を押して適当な席へ向かうと、そこで
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