第三章 笑顔と信頼はプライスレス①
前世の
その日の夕方も、私は治療院から帰るなり王宮の図書館に向かった。周りに人がいないのをいいことに、いつもの席に
このノートには、前世の記憶と今世で私が経験したことがメモしてある。それらを何度見比べても、やっぱりわからない。今、一番好感度の高い
たぶんラルスは
じゃあレナルドかと思いきや、それも違う。彼は光の
ゲーム中では、下町を散策中に
残る攻略キャラは第二王子のリアムだけど、やっぱりこれも違うんじゃないかな?
リアムは自分の部屋に引き
このままアナリーが誰とも
ノートをにらみながら、思わず頭をかきむしった。その時だった。図書館の奥の方で、ドサドサッと
「あの、すごい音がしましたけど、平気ですか?……って、リアム?」
秘密のノートを
本棚の上の方にある本を取ろうとして、失敗したのだろう。
「リアム、大丈夫? 怪我してない?」
リアムがハッとして振り返る。長い
「ご、ごめんなさい。僕……」
「もしよければ、本の片付けを手伝うわよ」
「いえ! 大丈夫です!」
リアムが勢いよく立ち上がる。彼はさっきの失敗が嘘のように
「僕はこれで……その、失礼します!」
リアムはその
何もそこまで恐がらなくたっていいのに……。まぁ、今までの私の言動を思えば、リアムがそうなるのも仕方ないか。前世を思い出す前の私は他の多くの貴族たちと同じように、「リアムは王族にふさわしくない」と、彼の
次にリアムに会うのはいつになるだろう? 今度は少しでも
私はため息を
◆◆◆◆◆◆◆
「お姉様、お顔の色が
アナリーが心配そうに話しかけてきたのは、翌日の治療院でのことだった。
いけない。仕事中なのに、うっかり船を
「昨日は調べ物をしていたせいで、
私は説明しながら、患者さんのデータをグラフや表にまとめたノートをアナリーに
アナリーが最新のページにざっと目を通し、
「いつもありがとうございます。お姉様がこうやって患者さんのデータをまとめてくださるおかげで、薬草の在庫管理や準備もすごく楽になったんですよ」
「そう? 役に立てたのなら、嬉しいわ。私もあなたを過労で
私がさらりと答えた、その
「その言葉、そのままお姉様にお返しします。お
「うっ……うん、そうだよね。ごめん」
アナリーの言う通りだ。せっかく
「お
急にどうしたんだろう? アナリーがいたずらっ子のように目を
もしかして私、アナリーへの愛情を
「最近お疲れのようでしたので、
アナリーが善意百パーセントのキラキラした目で見上げてくる。いや、待って。薬草にしても、この乾いた牧草のような
「お姉様、薬草は苦手でしたか? なんか表情が険しくなっていらっしゃるような……」
「え、そんなことないわよ? わーい、ありがとう。
アナリーが私のために作ってくれたものをむげに
ちらっとアナリーの様子を
リバースだけは絶対にダメだ。アナリーを悲しませてしまう。ここは
私は足を
私が固く決意した、まさにその時、後ろで治療院の
「こんにちは……って、お
「ヴィオラ様? その格好はいったい……」
ラルスがダミアンを連れて来たようだが、今の私に構っている
最後の一
「アナリー様! まさかあの薬草ジュースをヴィオラ様に飲ませたのですか?」
「え、ええ。疲労回復にいいと思って」
「ダメじゃないですか! あれは
私はなんてものを飲まされたんだろう。道理で死ぬほどまずいはずだ。
かすかに目を開けると、ダミアンがこちらを見下ろしながらニヤニヤ笑ってるのが見えた。
「大の男が気絶するほどまずい薬を仁王立ちで一気飲みかぁ。ただもんじゃないと思っていたが、
「お姉様、ごめんなさい。私はこういう仕事をしているせいか、薬草に対する味覚が人とずれているのかもしれません」
アナリーがしゅんと
「アナリーは私のためを思って行動してくれたんだから、気にしないで。今回のことは、私の舌が
「お姉様……! 本当にごめんなさい!」
アナリーが
「もしよければ、お口直しにどうぞ」
「ありがとう、ラルス。……はー、甘くておいしい。これはなんのジュースなの?」
「……ただの水ですが」
「え?」
は、恥ずかしい! 水のおいしさが傷ついた心と舌に
「おかわり、いりますか?」
ラルスに聞かれ、私は首を横に
「それでダミアン、今日はなんの用? まさか私をからかいに来ただけじゃないでしょう?」
一息ついて落ち着いた私は治療院の外に椅子を出し、ダミアンと並んで座った。
「そうイライラすんなって。そんなに目をつり上げてちゃ、せっかくの美人が台無しだぜ」
「残念ながら、この悪役顔は生まれつきよ」
「それもそうか。悪い、悪い」
この男は……! 一度
私の視線がきつくなったことを察したのか、ダミアンが笑いを引っ込める。
「
「何? 大量生産を始める前の試作段階で、何か問題が生じたの?」
「いや、問題は納入先の方だ。思ったほど瓶詰めの注文が取れてなくて、困ってる」
「え……」
ダミアンの答えを私は心底意外に感じた。瓶詰めのように便利で保存の
「売れない原因に心当たりは? 具体的にはどういう人たちに営業をかけて、どういった理由で
「うちとつき合いのあるビストロを中心に声をかけたんだ。だが、『普通に魚屋で魚が売られてるのに、なんでわざわざ瓶詰めの魚を買う必要があるんだ』と
「それは完全にターゲティングを間違えたわね」
「ターゲ……って、なんだ?」
いけない。つい前世の専門用語を使ってしまった。そりゃあ、わからないわよね。
「えーと……ダミアンは、魚を瓶詰めにして売ることの最大の利点はなんだと思う?」
「そりゃあ、長持ちさせられることだろう?」
「じゃあ次に、そういった保存食を必要としているのはどういう人たちだと思う?」
「
「その案、すごくいいわね。ただ、私はそれ以上にもっと大口の
「そりゃあ、
「軍よ」
ダミアンが息を吞む。その目が「本気か?」と
瓶詰めのように保存の利く食料は行軍や訓練時の
私の説明を聞いたダミアンは、
「お嬢ちゃんの戦略はわかったよ。で、俺たちの瓶詰めをどうやって軍に売り込むんだ?」
「ダミアンに軍関係の知り合いは」
「いるように見えるか? どちらかと言やぁ、俺たちは軍に
意味もなく胸を張るダミアンを前にして、私は頭を
顔の広いダミアンのことだから、軍に知り合いの一人もいるだろうと思い込んでいた。だけど冷静に考えてみれば、彼みたいな
一国の王女である私は一応軍につてがある。しかし、最近の私は貴族たちの間で「ヴィオレッタ様、国王試験のプレッシャーに耐えられずにご乱心」だの、「
そんな私が軍に声をかけたら、どうなるか。ありもしない陰謀を疑われたあげく、王位
「ひょっとして、あいつなら軍につてがあるんじゃないか?」
「誰? それってどういう人? 王都の商人?」
とっさに食いついた私の反応が意外だったのか、ダミアンは軽く目を
「俺の知り合いに、ちょっと
「相手は貴族なのに、仲が良さそうね」
ダミアンにも私の疑問が伝わったのか、彼はちょっと照れくさそうに笑って答えた。
「あいつは特別さ。貴族の
「ちょっと待って! まさか私も
「何言ってんだ? こういう時、言い出しっぺが一緒に来ないでどうする?」
うっ、ごもっとも。ただ
「相手は貴族でも本当にいい奴だから安心しなって。ただ、奴はかなりの美形だから、お
ダミアンが
私は仕方なくダミアンと並んで
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