カクヨムの恋

 12月24日。突然、キミは僕の前に現れる。


 僕が近況ノートに「うへぇ明日も実験だ」とか「正門脇のスタバで」とか書き散らしてあったことを、手がかりにして、なのかな? 点と線? 探偵かと思ったよ。

 最近の推理小説じゃ使わないような叙述トリックも、見事に看破してさ。


 今思うと、誰も読まない僕のラブコメ小説や出来損ないのSF小説にも、キャンパスの様子や研究室の妙に詳しい描写もあったから、ヒントになってたのかな。キミくらいだからね、時刻表みたいな僕の全作品を読んだ人は、きっと。


 会いに来るなら来るって、コメントくれればよかったのに! 「いま、会いにゆきます」なんてさ。

 まぁ、応援コメントや近況ノートだと、他の人も見られるからね。恥ずかしがり屋のキミには、なかなかハードルが高い。互いの連絡先も知らなかったしね。


 もちろん、これはカクヨム運営からの配慮なんだよ。べつに利用規約で恋愛が禁止されてるわけじゃない。でも、自称ラブコメ作家にプライベートな連絡をとりたい人はいないけど、女子高生小説家と連絡とりたい輩は、山程いるでしょ?

 近況ノート、気をつけて書きなよ。


 僕がその日の実験を早めに切り上げ帰ろうとすると、キミは6号館の前で夕暮れにぽつんと待っててさ。クリスマス・イブの夕方の、もう真っ暗な大学キャンパスで、女の子が1人でだよ?


 古びたレンガ造りの建屋に、砂岩のファサードと階段。黄色いナトリウム灯。学科名の銅板が下がる石柱にもたれ、白のダッフルコートでちょこんと立つキミ。

 マフラーも巻かず、寒そうなキミに僕が「こんばんわ」と声をかけると、少しムッとしていた唇が桃色に緩む。


 その笑顔に、僕は一瞬でキミだと分かり、君の名ペンネームを呼んだ。


 キミはこくりと小さく頷き、上目遣いで僕の顔を眺めた。僕の背は高くないけど、キミは想像していたよりも小柄だった。僕は思わず息を呑んだ。小説で読んだより、キミはずっとキレイで、子供になりたい大人の顔をしていた。

 大人になりたい子供の顔、じゃなくてね。


 僕が「どうして?」と聞いたら、キミは何を思ったか「ロケに来ました」なんて、おどけてみせたね。こうして、僕のほうがずっと子供なんだ、って分かった。


「ハハハ。何の?」

「恋の、ですかね……」


 キミは少し首をかしげながら、何かを試すように、まじまじと僕の顔を見つめた。なんでも見通すような、2つの黒い瞳を向けられ、なんだかこっちが恥ずかしい。

 それでキミが、イルミネーションが見たいって子供みたいなこというからさ。寒空の下をてくてく歩いて向かったよね。他愛もない話をしながら。


 打ち上げ花火みたいな観覧車を見上げる歩道橋の上まで来た時、いきなりキミが「わたし、人を好きになったことが無かったんです」なんて泣くから、びっくりした。

 僕が「だいじょうぶ。そのままでいいんだよ」ってキミの頬に触れたら、温かい涙がもっと流れ出てきてさ。


 あのとき、キミの頬をしたたる、この世のものとは思えないほど美しい涙に、もうこれ以上キミを泣かせない、って誓ったんだけどな……。


 ☆☆☆☆☆


 その10年後の12月24日――つまりこの文章を書いている今日だ。

 僕はおおきな手術を控えている。かなりの高確率で、僕に明日はない。


 僕の横ですすり泣くキミを、もうこれ以上、悲しませたくない。僕はキミのことを泣かせてばっかりだ。

 このままだと、父も母も失ったキミを、また、1人にさせてしまう。それに、きっと、キミが恋愛小説家でいられなくなったのは、僕がカクヨムでキミを見つけて、キミと恋をしてしまったせいだ。


 光速を越えて移動することも、タイムトラベルも、物理法則は許さない。さすがに、応用物理学科を出てるからね。それは分かってる。


 でも、小説は違う。未来にも、過去にも送れる。


 だから、いま僕は2030年から10年前のキミに向けてこの短編を書いている。

 キミは僕と出会わなくていい。そのほうが、キミにとって幸せな未来が、少なくとも僕といるよりは随分マシなのが待ってるはずだから。


 最後に1つだけ、賭けをしよう?


 2020年のキミが、この短編小説を2020年の僕より早く見つけ出し、レビューコメントを先に書くことができたなら、キミの勝ち。僕はやっぱりキミに好きだと告げる。

 キミは大学で待ち伏せして、僕は観覧車でキスをしよう。

 

 でも、僕のほうがキミより早くコメントを書けたら、さよならだ。24日、キミは告白してきたクラスメイトと過ごすこと。

 キミを勝たせたいと思うカクヨム宇宙のみんなは、この短編を見てすぐ★をつけるかもしれないね。だって僕は★が少ない小説を発見したくてうずうずしてる頃だろうから。


 さあ、確率と勝負だ。


 キミが見ることになる、僕のレビューコメントは多分、こんな感じだ。


 ★★★ Excellent!!!

 事実は小説よりもカワイイ!?

 

 す るする読めて、意外な結末を見る恋愛ストーリー。

 き っとこの2人なら、いつかどこかで再会しそう。

 だ から、どんな結末になってもハッピーエンド。


 

 

 

 

 


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カクヨムの恋 嶌田あき @haru-natsu-aki-fuyu

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