第3話 知恵ある魔物の襲撃

孤児院の作りは簡素で合理的なものになっている。高さは四階までで全部の部屋が同じ広さなのは、さながら地球の小学校のようだった。


「この建物にもゴーストが使われているのですよ。土で作ったのですが、普通に土を固めると崩れるです。でもゴーストのエネルギーで圧縮すると崩れなくなるです。更にパパが開発した魔術具で土に接着効果を付与すると、固めた土の塊をどんどんくっつけていくことができるのですよ。同じ形の壁をたくさん作って組み上げていくと、この孤児院になるですよ。」


ブフリは自慢げに孤児院の建物について話してくれた。


「ここは錬金術ギルドに所属していたブフリのパパが作ったのですよ。ブフリは孤児じゃないですが、パパの作ったこの家にママと一緒に暮しているのですよ。ママはここの院長なのですよ。」


「そうなんだね。ブフリの父様もここにいるの?」


レオはブフリと並んで歩きながら聞いた。


「パパはいま遠くにいるですよ。真理に近づけそうといって旅に出ていきましたです。」


「そうなんだ。それじゃあ寂しいね。」


「まったくですよ。ここにいると好きなものが作れて最高ですよ。」


ブフリはこの孤児院のエンジニアらしい。ゴースト値の測定器や撮影装置もブフリの開発品とのことだ。地球のカメラと違ってゴーストしか映らない撮影装置らしいが。


ブフリやリアムやサキはすでに学校を卒業している。この孤児院では成人組がチームリーダーとなって子供らを指揮する仕組みを採っていた。これは子供らを鍛えやすい環境に置くとともに、死亡率を減らすための工夫であった。成人後に孤児院に戻ってくるものは意外と多く、優秀なリーダーの指導によりここ十年は死亡者を出さずに済んでいる。


「この院出身の子供は優秀なのです。兵士として徴兵されずにギルドに引き抜かれる子も多いのですよ。リアムも軍術ギルドの所属になっているです。ゼルさんと並んで実験場の管理が仕事ですよ。」


そのとき奥の部屋から焦った声色でブフリを呼ぶ声がした。


「ブフリまずい、あの魔物は飼い犬かもしれない。こっち来て映像をみて、ここ、細くて見にくいけど、糸状のゴーストが空に向かって放たれてる。パターンに規則性がありそうなんだよ。これたぶん信号じゃないかな。」


ブフリは映像を確認すると別の机に座ってた男の子に向かって叫んだ。


「テス、マル対のゴーストの総量をチェックするです。あとエネルギー波長のパターン解析をやるです。」


「総量は5241。パターン解析はもうすぐ終わる。・・・・・・出た。二種類の波形がある。ブフリ、あれ使役獣だ。魔物のゴーストの上から誰かのゴーストで上書きされてる。」


「魔物を使役獣にするなんて文献の中でしか見たこと無いですよ。これはまずいかもです。」


ブフリは部屋を飛び出して、廊下の窓を勢いよく開けて叫んだ。


「ゼル!みんな!すぐにそれから離れるです!まずいのが来るかもです・・・・・。」


ブフリが叫んでいる途中で空から何かが落ちてきた。幸運にも落下位置が魔物の死骸のある場所ではなく広場の真ん中だったため、落下の衝撃に巻き込まれたものはいなかった。


「総員退避!森の中に逃げ込め!バラけてからチームで合流!」


ゼルの指示が飛ぶ中で、レオは窓から広場に飛び降りながら(今日空から落ちてくるの二回目だね)なんてことを考えていた。


そして森に入って木の後ろに身を隠し、弓に矢をセットして広場の中央を窺った。


やがて土煙が晴れる。中から現れたのは二本の足で立つ人間では無い何かだった。


(ゴリラの魔物かな?)


レオはそう推測した。確かに全身を黒い毛が覆った姿はゴリラを想像しなくもない。


「マスター言った、白い髪のオンナを連れてこい、どこ?」


レオの耳のみがこの魔物の独り言を拾った。


(やばい、今度は喋る魔物だ。白い髪、ミナがそうだけど他にもいるかな。誰かと合流しなきゃ。)


レオは森の中を駆け抜けて孤児院の裏手方向に進んだ。孤児院の裏から森に入ったブフリ隊がいるはずだった。


喋る魔物は驚異というのがこの世界の常識だ。喋るということは知能があるということで、ただでさえ防御力と攻撃力の高い魔物が学習して動くようになると、火力のみでの押し切りができなくなり討伐難度が跳ね上がる。


レオがブフリ隊のテスを見つけて合流したころ、二足歩行の魔物はイノシシの魔物の死骸に近づいて何やら調べていた。その様子を見たゼルも魔物が調べるという異様さに気づき、知能のある魔物と判断して都市まで撤退することに決めた。


「サキ隊は街まで即時撤退。ギルドに連絡して応援要請。タクミとミナは俺と行動。リアムと合流してみんなを逃すぞ。」


全員が頷いて返事をすると、サキは隊を率いて森の奥へと入っていった。広場を大きく迂回して都市を目指す。


「まず院に向かう。裏手の森にリアムがいるはずだ。あの魔物が院に向かう素振りをみせたら、俺とタクミで足止め。ミナはリアムと合流したのち、屋上から緊急避難の狼煙を上げて森で訓練中のやつらに異常を知らせる。その後は撤退戦だ。」


「大砲は準備しますか?」


「あの手の魔物には大砲は当たらん。放棄する。魔装は確保しておけ。」


「了解。」


三人は広場を回り込むように森の中を移動した。そのとき辺りを一瞬の違和感が襲った。三人ともそれを感じ取ったが、それが何かを理解したのはタクミだけだった。


(”微量だけど、ゴーストが魔物の方から飛んできて自分に当たって反射するのを感じた。たぶんソナーだ。みんなの位置がバレたっぽい。問題は索敵範囲とアイツがどこに向かうかだ。”)


タクミは地球からの転移者のせいか、自分の幽体からエネルギーを取り出すことがほとんどできない。この世界の人間が持つ幽体と外界を繋ぐ機関を持たないのだろう。つまりタクミは魔術具を使うことができない。その代わり微量のゴーストの扱いに長けていた。ゴーストに対する感度がこの世界の誰よりも高かった。


「ゼルさん止まって、気付かれた。」


「今のでか?ミナはそのまま行け、合流を優先しろ。」


ミナはそのまま走り抜け、ゼルとタクミは魔物に注意を向けた。魔物は院側と森側で迷ってる様子だったが、死骸の向こうの森に視線を定め、空手でいう正拳突きの構えを取った。直後にタクミはその場から飛び出したが間に合わず、魔物の空を切った突きが大砲となり森の木々を吹き飛ばして道を作った。狙われたのはサキ達だった。


「こんにゃろ。」


タクミは飛び出した勢いで魔物の横腹に飛び蹴りを食らわせた。タクミと魔物には相当な体格差があったのだが、魔物は吹き飛び木をへし折って森に姿を消した。


「ゼル、サキ達の確認を!」


「バカやろう、お前一人に任せていけるか。サキが生きてればみんな助かる。こいつはこのままここに釘付けにする。」


「・・・了解!」


タクミは追い討ちをかけるべく森の中に突入する。しかし面倒そうに立ち上がる魔物を視認したところで、魔物の正面に立ち止まった。


「話は通じるか?」


「あー?」


「会話できるか?」


「オレ、白い髪の女を取りにきた。オレ、白い髪のオンナを連れて帰る。おまえ、白くない。」


(”その前に女じゃないけどな。ミナが目的ってことか。ゼルに伝えないと。”)


ゼルは中距離を担当しているため魔物の声は聞こえていない。


「わかった、いま連れてくる。あそこの広場で待ってろ。」


「あー?いいぞ、あっちのニンゲン食って待ってる。」


(”人間食うとか怖いな。たぶん魔物も嘘をつかないだろうから一先ず良しとしよう。ミナを逃してサキを助けないと。”)


タクミは後方に飛び退いて広場まで戻った。


「ゼル、アイツの狙いはミナだ。髪の白い女を探してる。ミナを逃して。俺がアイツの相手をする。」


「まじかよ、先に行かせたのが功を奏したな。だけど残るのは俺のほう・・・。」


ゼルが言い終える前に魔物が森から空中に飛び出してきた。正拳突きで作った道の先、サキ達の方向に向かっている。タクミが素早く反応して駆け出す。放物線を描いた魔物が落ちてきたところに合わせてタクミも空中に飛び上がり、飛び込みの回し蹴りを食らわせた。魔物は再び吹き飛んで森に落下したが、タクミも魔物のフックにより逆方向に吹き飛んだ。


「しまった、ニンゲン殺すな言われてた。あー、ニンゲン食うと死ぬのか?・・・ん?」


タクミは着地と同時に駆けて魔物との距離を詰めていた。さっき殴って殺したはずの人間が生きて目の前に現れたことに少し惚けた様子の魔物は、突然笑い出して次に雄叫びを上げた。


「ニンゲン生きてた。壊れない。楽しい。遊ぼう。」


壊れないおもちゃを見つけた子供のような様子の魔物は、ドラミングをして感情を空に放った。タクミは緊張して相対する。


(”さっき飛ばされたときサキと何人かが見えた。救助中みたいだったからここで時間を稼げば全員助けられる。”)


「おい魔物、名前はあるのか?」


「名前、あるぞ。ランドリア、っていう。」


「わかったランドリア、遊ぼう。」

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