第4話 初めての共闘

タクミは、この魔物とのタイマンで勝ち目がないことは既に理解していたものの、負けないことはできると考えていた。地球という異世界出身のタクミもまた規格外の力の持ち主だった。


ゴーストの微量な変化を感知してランドリアの攻撃を察知し、その攻撃を躱していく。隙をついてランドリアの重心が浮いたところを狙って合気により遠くに投げ飛ばすが、ランドリアはすぐさま立ち上がってタクミに突進してくる。タクミはその勢いを利用してランドリアを地面に叩き付けた。腹這いに倒されたランドリアは両手を使って飛び起き、前蹴りを繰り出す。タクミはそれを低くなって躱しながら相手の軸足を刈り、低い位置に落ちてきたランドリアの顔を蹴り上げた。ランドリアはそれを手で受け止め、横向きの体勢のままなぎ払うような蹴りでタクミの後頭部を狙う。タクミはそれを前廻りで躱し、そのまま踵落としに移行してランドリアを地面にめり込ませた。


次々と繰り出されるランドリアの攻撃を、タクミは一つもミスすることなく捌いていく。異世界でゴーストの感知能力と日本の武道を融合させて魔物相手でも使える格闘術に昇華させたタクミは、自称するに値する紛れもない天才であった。


「楽しい。楽しい。」


ランドリアは原初の感情のままにタクミを殴りつける。タクミは躱しつつ時折反撃を加えるが、ランドリアには効いていない様子だった。


(”柔道も習ってれば良かったかな。関節技ならダメージを入れられたかも。体格が違いすぎて無理かな。”)


躱し続ければ永遠に足止めが可能なのだが、魔物は削らない限りその膨大なゴーストと重量によりほぼ無尽蔵の体力を持ち、一方でタクミは自分のゴーストが使えないという欠点を持っていた。その差は埋められないほど大きく、体力の消耗と共にランドリアの攻撃がタクミに当たるのは時間の問題であった。とはいえ、素手でダメージが通らないのであれば躱し続けるしかない。タクミが距離を取れば、ランドリアは命令や食欲を思い出してサキやミナのほうに行くかもしれないのだ。


「これはドウダ?」


ランドリアは広場で見せた正拳突きの構えをとった。タクミはランドリアの右手でゴースト濃度が高まるのを知覚し、サキ達のいる方角に気を付けつつ、ランドリアとの距離を詰めて相対し、合気の構えで正拳突きを迎え撃った。


ランドリアの右拳がタクミに迫る。タクミは右腕でランドリアの右拳を払いつつ、そのまま体を反転させてから左脚でランドリアの左脇腹に回し蹴りを放った。


ランドリアは蹴られた方向に吹き飛び、タクミも正拳突きの衝撃波で吹き飛んだ。


「"だー、もう、やっぱり吹き飛んだ。思った通りゴーストを使って衝撃波を放出してたんだ。馬鹿じゃなければそろそろ何か戦法を変えてくるかも。馬鹿だとありがたいんだけど。流石にあのパンチをまともに食らったらやばいだろうし。さっきのフックの時みたいに自分から飛んでもいいけど、こっちだけ吹き飛んだら隙だらけになって詰みそうだしな。あーあ、嬉しそうな顔をしちゃって。"」


ランドリアは悠然とした歩き方でタクミの方へと向かってきた。歩きながら、ランドリアが纏うゴーストの濃度が高まっていく。タクミは少し冷や汗をかいた。


「”力押しか、これは、ヤバイかも。”」


味方と連携が取れれば力押しのほうが楽なのだが、一対一ではそうではない。圧倒的なパワーによる力押しが最強なのだ。


タクミが決死の表情でランドリアを迎え撃とうとしたその瞬間、風切り音とともに飛翔してきた青く輝く槍のような矢が、ランドリアの背中から突き刺さり胸を貫いた。次いですぐに飛んできた二本目は脇腹を抉り、一息ついて飛んできた三本目はランドリアの頭に突き刺った。三本の槍に突き抜かれたランドリアは体を地面に沈め、絶命した。


タクミは一息ついて槍が飛んできた方向に目を向けると、孤児院の屋上に人影が見えた。それがレオだということは遠くてタクミにはわからなかったが。


("あそこから狙撃したのか。この魔物を三発で絶命させるなんて、誰だろう。というかあのゴースト濃度を貫けるなんて、凄いな。")


「助かったー!ありがとー!」


タクミは大声で感謝を伝えると、孤児院の屋上から視線を外して背を向けた。そして無事を祈りながらサキ達の方へと駆け出した。


——


「ふーっ。お腹空いたー。」


レオは、魔物が倒れたのを確認してから一息ついた。実はもっと前に援護に入れたのだが、タクミが魔物と互角に渡り合っているのを見て、レオが援護するのではなくタクミに援護してもらうことにしたのだった。つまり陽動である。


時は数分前に戻る。


「タクミってあんなに強いんだね。確かに空手と合気の上達は早かったけど、ゴーストの恩恵無しであんなの吹っ飛ばせるものかなー?凄いや。」


隣にはテスがいて、測定器付きスコープで魔物のゴースト濃度の偏りをチェックしてもらっていた。テスが観察と測定をしている間、レオは弓を引き絞って具現化した矢にゴーストを注ぎ込み、ゴースト濃度を高めて一撃必殺の武器へと昇華させていた。十分な時間をかけて作り出されたのは輝く青槍だった。


「レオ、魔物の後頭部と背中の中心はゴースト濃度が気薄だよ。特にタクミに意識が向けば向くほどその傾向が強いよ。」


「わかった、テスありがとう。ちょっと下がってて、狙いをつけるから。」


レオはテスを下がらせて、片膝をついて更に弓を引き絞った。狙撃の対象により周辺の木々が薙ぎ倒されたことで射線は容易に通っていた。しかしその動きが速いことと、タクミが近接戦闘をしていたため難しい射撃になると感じた。


(タクミと連携が取れてれば空中に放り投げてもらうんだけどなぁ。)


レオはチャンスを待った。しかしそれも大変な作業で、ゴーストが矢から離散しないよう維持することに強い集中と体力が必要だった。しかも弓を引き絞りつつ、青い光が魔物に見つからないように気をつけないといけない。


そしてチャンスがやってきた。両者が吹き飛び距離が離れた後、魔物は動きを緩め、ゆっくりと歩いてタクミに近づいて行った。しかも背中が見えている。


レオは狙いを定めて槍のような矢を撃ち放った。


【雷神三連】


そう唱えられた矢は音の速度で回転しながら魔物に迫り、背中から胸を貫いた。レオはそれを目で追わず、着弾を確認する前にすぐさま二の矢を撃ち、三の矢は狙いを付け直してから放った。


「テス、確認してくれるかな。」


「魔物は倒れて沈黙してる。タクミが何か叫んでるよ。あっ、森の方に行っちゃった。」


「まだ終わってないってことかな。テス、ミナが言ってた狼煙を上げてくれる?状況が分からないからゼルの指示通り街まで退こう。」


「了解。」


テスは狼煙の準備を始めた。


「ふーっ、お腹すいた。」


レオは孤児院の屋上の床に大の字に寝転がり、空腹のお腹をさすりながら呟いた。

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