第5話 ゴースト使いは食事が大事

「食べたー。美味しかったー。もうお腹いっぱい。」


レオは魔物撃破の後に動けなくなってしまい、リアムに背負ってもらって都市コルムールまで戻ってきた。あの三本の矢にそれだけのゴーストを込めたのだった。そして都市に戻るやいなや、西門のすぐ側にある大衆食堂に駆け込んでリアムと大食い選手権を繰り広げた。ちなみにどの都市の入り口にも、大食いのゴースト使い達を目当てとした食堂や酒場が必ずある。


ゴースト消費過多で動けなくなっていたレオだが、食べたからといってすぐに動けるようになる訳ではない。ゴーストに奪われた体力と質量を取り戻すには時間がかかる。つまり、食べた物を消化させて吸収させるべく、何もせずに待つ必要があった。寝ると効率が良い。通常の体力回復と一緒であった。


「院長とミナはギルドに行って報告をしているよ。そろそろ状況確認のためにギルドの斥候部隊が西の森に出発する頃かもしれない。ブフリは研究所の方だろう。僕は君をクロスバッハの家に送ってからギルドでゼルさん達を待つよ。もう戻ってきてるかもしれないし。」


ここでいうギルドとは軍術ギルド・ウストのコルムール支部のことだ。クロスバッハ家が主幹となっている。軍術ギルドには他にノス、サス、イストの計四つがあり、この国の東西南北をそれぞれで管轄している。十人会に名を連ねてるのもこの四つのギルドだった。


「かたじけないです。」


リアムはレオを家まで送ってくれるつもりらしい。タクミやサキ、他の子供達が心配だろうに、目の前のレオを優先してくれる。良い人だ。


「いいんだ、君がいなかったらあの魔物は倒せなかったからね。君がタクミを訪ねてきていて運が良かったよ。ありがとう。」


「それほどでも。」


レオは前世で観た国民的アニメの主人公の子供の真似をした。伝わるわけがないが。


「タクミがあれだけ魔物を抑えられていたから、リアムさんの魔装があれば削りきれたと思いますよ。ゼルさんなんかも凄腕でしょ?あの人気配がヤバいですよね、二番目の兄様と同じ匂いがします。」


「どうだろう、ゼルさんは指揮から外せないし、僕の魔装だと時間がかかってタクミが消耗してしまうし、喋ったってことは知能があるわけだから対応してくるだろうし、削るのは難しかったんじゃないかな。今まで喋る魔物と相対したことが無いしね。」


「そうですか、そうなると相手がタクミに集中している内に撃てたのは運が良かったです。タクミが相手の周囲への警戒を薄めてくれてたから当たりました。」


「一撃で致命傷を与えたことが凄いよ。君の狙撃の能力も相当だと思うけど、その魔術具はどうなってるの?ブフリが興奮して盗もうとしてたよ。あの魔物を貫くくらいのゴースト量に耐えられる魔術具なんてありえないですよ、って言ってた。」


リアムのブフリの真似が意外と上手くて、レオは笑ってしまった。


「この弓は普通の魔術具ですよ。ゴーストのエネルギーを増幅させる仕組みはないんです。矢を具現化するだけで、あの時の矢は自分でゴーストを纏わせたんですよ。」


「えっ、君、魔装の補助なしでそんなことできるの?」


「はい、他にも射線を曲げたりもできます。子供の頃、って今も子供ですけど、師匠から魔術具の扱いを習っているときに、魔物はゴーストで皮膚を強化したりするので人間も魔術具無しで色々できるんじゃないかって議論になったんですよ。それで師匠と試行錯誤してたら纏いだけできるようになったんです。といっても練度の高い創出系の魔術具じゃないとダメでした。初めて使う魔術具だと纏わせられなかったです。魔術具にプラスアルファの効果を付与できるので実用性は高いのですが、魔装の補助がなくて燃費が悪いので実戦向きではないですね。」


「なるほど、魔装がないときの奥の手としては使えそうだね。僕も修練してみようかな。」


「・・・・・・うっ。」


「どうした?」


「その時の師匠のシゴキを思い出したら吐きそうに・・・。」


「習得は大変そうだね・・・。」


そんな会話をした後、レオはリアムに家まで送ったのだが、その道中にリアムの背中で寝てしまった。後日聞いたところ、リアムはレオの状態についてメイドに問い詰められ、ギルドからの報告の裏取りのために執事長に尋問され、クタクタになってギルドに到着したのは陽が落ちた後だったらしい。善意で送ってくれたのに申し訳ないことをしたとレオは思った。


——


さて、今回の魔物の襲撃による人的被害はサキ隊で負傷者が出たのみであった。サキがタクミのいうソナーを感じた直後に進路を変更したのが良かったらしい、隊員全員が魔物の大砲を直撃せずに済んだ。負傷は彼女らが爆風とそれによって飛んできた木々に曝されたことに因る。


レオは次の日の朝までグッスリ寝て起きたら、体力が回復して問題なく動けるようになっていた。メイド達にはまだ寝てろと心配されたが、レオの師匠が発した「甘やかすでない」という一言で誰も何も言わなくなった。


レオは師匠に今回の交戦の詳細を報告して、珍しく褒めてもらった。


「難しい判断じゃったな、お主の狙撃が失敗してたら、おそらくお主は死んでいただろう。そしてお主を守るために大勢も死んでいただろう。成功させたことで一人の死者も出さなかったことは偉かったが、それが最適な行動だったかどうかは考えてみる必要がありそうじゃの。ゼルという小僧がタクミという小僧に合流すればリスクの低い撤退戦も出来たかもしれんぞ。」


実りのある反省会をするためにゼルとタクミを呼べとお達しが出た。二人を探しにギルドに来たレオは、二人とブフリが実況見分をすべくギルドの技術班とともに孤児院に出かけていると聞いて、クロスバッハ家で夕食を取ろうという趣旨の伝言を残しておいた。地獄の反省会のことはワザと伏せておく。ゼルなどは、クロスバッハ家の前当主と反省会をするなどと知ったら青ざめることだろう。


その後にレオはギルドにいたミナと会った。


「ミナ、無事で良かったね。」


「レオ様がやっつけてくれたらしいですね、ありがとうございます。ますます妾にしてもらいたくなっちゃっいました。」


「だから僕六男だよぉ、そんな甲斐性はないよぉ。それに妾なんてミナに失礼だよ。僕には正妻でももったいないくらいだよ。」


実際、サラサラの白い髪が銀色に輝いて誰もが振り向くような美人であった。


「あら、相変わらずお上手ですね。レオ様なら妾でも幸せにしてくれそうだから平気ですよ。」


「そう?じゃあお願いしちゃおっかなぁ。えへへへへ。」


「レオ様・・・・・・。」


「ところであの使役獣の目的がミナだったみたいなんだけど、心当たりってあるの?」


「ギルドの方にも確認されたのですが、私は赤子の頃に孤児院に拾われていて他に知り合いもいませんし、特に特殊技能も無いですし、誘拐の線でも有効利用の線でも思い当たることが無いのです。ただ、白い髪の女を拐おうとしていたと聞きましたので、白い髪自体に何かあるのかもしれませんね。」


「白い髪が何かの材料になるとか?」


「童話に白い髪の女神の話があるでしょう?あの童話でいえば、白い髪は女神を現世に写しこむ触媒なのですよ。女神からすれば目印で、人側からすれば呼水なのです。そんな感じの特別な何かが目的だったのかもしれません。」


「それも可能性の話だなぁ。あとはミナの持つ豊富なゴースト量が目的か。何にしてもしばらくは気をつけたほうが良いね。一人にならないようにしてね。」


「ゴースト量でいったら私よりもレオ様のほうが狙われてしまいますよ。そしたら私が守ってあげますね。」


「その時はお願いするね。」


「ふふっ。」


—-


夕食時にはゼルとタクミが訪ねてきて、師匠と一緒に四人で食卓を共にした。ゼルはガチゴチに緊張していたが、タクミはあっけらかんとしたもので、目上の人という以上のことは感じていないようだった。それよりも食事に夢中で、涙すら流していた。


「”うどんが食べられるなんて、なんて幸せなんだ・・・。しかも出汁もしっかり取れてるし、醤油のような味もする。泣きそう。レオ、おまえ凄いな、うどんだけじゃなくて醤油の作り方も覚えてたのか?”」


「フフッ、日本語になってるよ。そんなに喜んでくれて嬉しいなぁ。醤油と味噌はかなり試行錯誤したよ。なんとなくしか覚えてなかったからさ。発酵なんてやったこと無かったし。たぶん本物とは違うやり方になったと思うけど、それなりの味にはなったかな。味噌汁も出そうか?」


「”頼む!”」


タクミは泣きながら日本の味を自前の箸で頬張った。レオはニコニコとそれを眺めている。


「タクミよ、お主は本当にレオの記憶にある世界の人間なのじゃな。チキュウといったかの。」


タクミは箸を置いてレオの師匠と向き合った。


「そうです。レオの記憶の中、タケルという名前の少年と双子だった・・・でした。地球でちょっと大変なことがあって、そのとき俺はこの星に転移して、タケルはレオに転生したみたいです。信じられ・・・ますか?」


「実はの、そのことで話があるのじゃよ。そこのゼルを含め、あの孤児院の関係者にはチキュウを知っている者が何人かおるのじゃ。」


「・・・えっ?」


驚いたのはレオだった。


「いやいや師匠、僕がいろいろ地球について喋っても全然反応してくれなかったじゃない。むしろ冷ややかな目で見てきたというか。えっ?どういうこと?皆で僕を騙してたってこと?・・・嘘でしょ?」


「レオよ、すまなかったの、この家でチキュウを知ってたのはワシだけじゃったし、お主のいうチキュウとワシの知ってるチキュウが同じでない可能性もあったのでな。それに生まれる前の記憶があるなどと広まるのもクロスバッハ家にとって良くなかったからの、恥ずかしいことと感じるように仕向けたのじゃよ。」


「・・・・・・・・・泣きたい。」


もしかするとその話で意気投合できたかもしれない相手が物凄い身近にいて、しかしその人物に「何を言ってるのだこの子は?」みたいな目を向けられていたことを思ったレオは、「師匠のばかー!」と飛び出していってしまった。


「・・・それでじゃ、まず伝えておきたいのは、ゼル達からは何も聞いていなかったと思うが、それはワシが口止めしていたからじゃ。レオのように、恨むならワシを恨みなさい。」


「いえ、ビックリしたけど、俺の他にも転移者がいる可能性は考えていたので、その・・・レオの師匠さん・・・が地球を知ってる理由を教えてくれれば、大丈夫です。」


「賢い子じゃな。その通りで、お主の他にもチキュウで育ったという人間がいたのじゃよ、そしてその人間を孤児院で一時期だけ保護していたのじゃ。」


「子供だったのですか?」


「いや、すでに成人していた。”刀”という剣を持っていてな、お主と同じくゴーストの恩恵を受けられず魔術具を使えなかったが、これもお主と同様で常識を遥かに超えた強靭な肉体の持ち主じゃった。」


「今はどうしてるのですか?」


「・・・・・・すでに死んでおる。ワシが殺した。」


「その経緯を聞くことはできますか?」


「その前にこちらから聞きたいことがあるのじゃよ。お主の言うチキュウとあやつの言うチキュウが同じか確かめたいのじゃ。ただ、あやつの言葉がわからなかったのでの、断片的な単語から意見を聞かせて欲しい。」


「わかりました。大丈夫です。」


「まず名前じゃが、あやつの名はの、ヤギュウトモノリといったのじゃ。」

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