第6話 メイドの殺気は異様に怖い

柳生友矩。


江戸時代に早世した柳生家の一人の名がそれであった。


そして、その後に出てきた単語から、この世界に来ていたヤギュウトモノリは柳生十兵衛の弟である友矩の可能性が高いと判断できた。


“武士”

“公方様”

“慶長”

“江戸”

“鉄砲”


そして“刀”。


(“柳生か、ワクワクしちゃうな。宮本武蔵とか柳生石舟斎とか、大好きだったなぁ。タケルと夢中になって剣豪達の伝記を読んだのを思い出す。実利以上に興味で話を聞きたくなっちゃった。”)


タクミはそう思った。


「すみません、説明が難しいので少し言葉が悪くなります。」


「かまわんよ。」


「おそらく同じ地球からの転移者。国は同じ、時代が違う。俺の時代よりも300年前を生きた人で、その頃の国は長い戦争が終わった直後。剣に生きる人が多くて、命が軽くて誇りが重かった。その中で”柳生”は剣の一族。そしてその人”柳生友矩”は”将軍”に仕えた人、”将軍”は国で一番偉い人のことです。」


「なるほどの、誇りが命よりも重い、か。しかし、お主がアヤツのことを知ってるのは何故じゃ?」


「その人の父と兄が有名で、俺の時代でも記録が残ってるから。それに”公方様”は”将軍”のことで、彼がそう口にしたなら俺の知ってる人と同じと思う。名を騙ってなければ。」


「少なくともヤギュウトモノリという名前の男がチキュウにいたということかの。お主の時代も命は軽かったのかね?」


「俺の時代は命が一番重かった。死罪ですら反対する人がいる時代。国には二度と戦争をしないという法律があった。」


「お主はどう思っているのじゃ?」


「教育でそう教え込まれてるから、人を殺めるのは到底無理だと思う。無力化がせいぜい。」


「大切な人が殺されてもかね?」


「難しい。その時にどう選択するかは分からない・・・です。」


タクミは地球から飛ばされた時のことを思い出していた。


「わかったのじゃ。あやつの時代のことをもっと詳しく聞きたいが、レオに通訳をしてもらったほうが良さそうじゃの。また日を改めるとしよう。あやつのことはそこの小僧から聞くと良い。だが、他の者に話が漏れることは禁ずる。院の関係者でもじゃ。今日は二人とも泊まって行きなさい。」


「はっ!」


ゼルは食事が始まってから初めて発する言葉を口にした。緊張しっ放しであったし、泊まっていかなければならないことに不吉を覚えたが、会合が終わる雰囲気にはホッとしていた。


「それでは場所を移して反省会を行うぞよ。」


ゼルの安堵は絶望へと塗り変わっていった。


———


反省会が終わり、湯浴みをして就寝の時間となった。


タクミが当てがわれた部屋で寝る準備をしていると、コンコンと誰かがノックをする音が聞こえた。


「はい。」


ドアを開けるとそこに居たのはメイドの一人で、タクミを迎えに来たらしいことがわかった。


「レオ様付きのラピルと申します。レオ様がお呼びですので迎えに参りました。お付き添い願えますか。」


「わかった。ちょっと待って。」


タクミは靴を履いてからこれも充てがわれた寝巻きのままで廊下に出て、ラピルに付いていった。貴族ではないので、作法に煩くないのはタクミにとってありがたかった。


(”それにしても綺麗な人だけど、なぜか殺気を感じるな。佇まいも達人のそれだし、さすがにこのまま変なとこに連れて行かれて襲われるなんてことはないと思うけど、一応警戒はしておこう。”)


タクミはラピルが魔術具を身につけていることに気づいていた。両手首と両足首に魔術具の気配を感じるため、おそらく身体強化系だろうと目星を付けた。


そんな警戒も杞憂に終わり、タクミは応接間のような部屋に案内されて無事にレオと合流することができた。ただ、ラピルは去ることなく部屋に残っている。


「”あのメイドに凄い殺気を向けられてるんだけど、俺何かしたかな?”」


タクミはラピルに分からないように日本語で聞いた。


「ああ、暗殺を警戒してるんだよ。過保護なだけだから許してあげて。」


レオは小声で教えてくれた。


(”それだけじゃない気がするけどなぁ。”)


「それで用はなんだ?」


「話がしたいだけだよ、タクミの強さのこととか、学校のこととか、日本のこととか、食事の時に師匠と話した内容とかね!」


最後のとこだけヤケに気持ちが篭っていた。


「まだ師匠を怒ってるのな。」


反省会のときもレオが不貞腐れているのはミエミエだった。


「そりゃそうだよ!どれだけ兄様達にからかわれてきたか、黒歴史に認定していたのに分かち合える人が身近にいたなんて。その人が黒歴史になるよう仕向けていたなんて、こんな酷い仕打ちあると思う?」


「まぁまぁ、”それよりさ、戦国時代とか江戸時代のことって覚えてる?宮本武蔵とかさ、新陰流とかさ。最強の剣豪は誰だろうって話したこととかさ。”」


「うーん、なんとなく覚えてるかな。話してれば思い出せる気がするよ。」


「”じゃあさ、まず上泉信綱が新陰流を開いてさ、疋田豊五郎や神後伊豆守とかの弟子達に・・・。”」


タクミの楽しそうな声が夜通し響いていた。


———


次の日、ゼルは孤児院に戻る先発隊を指揮するためにギルドへ向けて出発した。タクミは屋敷に残って訓練に参加するよう言われたため、これもまた当てがわれた戦闘服に身を包んで訓練場へとラピルに案内してもらっていた。相変わらず彼女からは殺気を感じる。


訓練場はタクミ達が一番乗りであった。どうやらラピルによるオリエンテーションがあるらしい。剣を持って広場の中央で相対するよう指示された。ラピルは剣を二本持っている。二刀流なのだろうか。


「この剣には実体がなく、斬撃はこのように身体をすり抜けます。」


ラピルが自分の腕を切って示した。


「ただし、剣同士だと通常の剣のようにぶつかり合い、衝撃に変わります。」


今度は二本の剣をぶつけ合ってすり抜けないことを見せてくれた。


「その戦闘服にも仕掛けがあって、この剣で切られると斬られたところが光って斬撃の痕が残ります。光の強さは受けた斬撃の深さに比例します。ここまではよろしいでしょうか。」


「この剣って魔術具だよね?俺使えないけど大丈夫なの?」


「それは内蔵ゴーストで起動しているので貴方でも使えます。」


「わかった。」


「それでは模擬戦をしてみます。始めはゆっくり打ち込みますので、剣で受けてください。少しずつ速くしていきますので対応し続けて下さい。」


「わかった。」


「いきます。」


ラピルは二刀のまま、ゆっくりとした斬撃を繰り出してきた。タクミはそれをひとつひとつ丁寧に捌いていく。


少しずつ速くなる斬撃の中で、タクミはラピルの剣術に見惚れていた。剣道とは異なる太刀筋のそれは、恐ろしく滑らかで剣舞のような美しさがあった。世界一の空手の型を見たときのような、惚れ惚れとする舞であった。


攻撃して良いとは言われていないため、タクミは徐々に受けきれなくなり次第に切っ先による太刀跡が残るようになった。まだ淡い光り方で切り傷程度だが、致命傷を受けるのは時間の問題なので剣を捨ててかわすことに専念することにした。


ラピルの間合いに対して絶妙な距離を取り、致命傷のみを防ぎつつラピルの剣撃を観察する。滑らかだった剣撃はラピルの両手首に潜むゴーストの気配が強くなった辺りから荒々しく変わっていった。滑らかなままだったらかわし切れないと感じていたが、荒々しく隙があるならやりようがある、とタクミは思った。


(”このメイドさんは魔術具を使わないほうが強いんじゃないかなぁ。ああ、でも魔物相手には力が必要か。”)


攻撃を許可されてなくとも受け流すなら良いだろうと思い、タクミは剣撃の隙を縫って間合いを詰め、合気の要領で振り下ろされる相手の手を払い、近距離で相手の斬撃を曲げて無理矢理かわし始めた。


そのとき、突如ラピルの殺気が強くなった。顔を見ると怒っている。


タクミはヤバイと思ってラピルの手を掴み、捻って空に投げ飛ばした。


ラピルが空中にいる間に距離を取るつもりだったが、ラピルは空を蹴ってタクミに詰め寄ってきた。想定外の動きにタクミはなす術もなく細切れに切り刻まれた。


ピッカピカである。


「あっははは、凄い光ったね、それ10回は死んでるよ。」


笑ったのはレオだった。どうやら途中から見ていたらしい。


「眩しいよ。」


タクミは平坦な声で言った。自分を細切れにした相手は、スッキリしたのか殺気を無くして気まずそうに明後日の方向を向いていた。


「それにしてもタクミは無茶するね、ラピルの剣撃をあんな近くで捌くなんて。ラピルもムキになってたし、見てて面白かったよ。」


「”このメイドさん怖いよ、凄い殺気をぶつけて来るんだもん。やっぱり俺何かしたんじゃないの?”」


「負けず嫌いなだけだよ。」


(”絶対にそれだけじゃ無いと思う。”)

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