地球の双子、異世界を救う
世上石亥
第1話 日本人を探すなら米か箸
「おまえ、ちょっとこれ持ってみろ。」
その言葉と共に渡されたのは二本の細く短い棒だった。二本とも片手で楽に持つことができ、端に行くほど細くなっているその形状を、レオ=フォン=クロスバッハはよく知っていた。
箸だ。
この世界の文化では見ないものだが、懐かしい気持ちでつい細い先端を動かして何かをつまむ動作をしてしまう。
「やっぱり。おまえ遠い星からの転生者だろ。地球って星の。」
レオは少年が発した突然の単語に言葉を失ってしまった。
「・・・・・・・えっ?」
辛うじて出たのは間抜けな声だけだった。
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レオは物心ついた時から前世の記憶を持っていた。幼い頃はその記憶が自分だけの特殊なこととは思っておらず、周りに隠すことなく喋っていたが、周りからは想像力が豊かなちょっと変わった子供と思われただけで、それをまともに信じたものは少なかった。
自分が普通でないことが恥ずかしくなる年齢になると、レオはその記憶を封印していった。そのためか、前世での享年が11歳という若さだったせいか、それともレオという二度目の人生に上書きされつつあるのか、その前世の記憶はやや色褪せて鮮明さを失ってしまったが、それでもレオはレオ=フォン=クロスバッハとしての人生はアイカワタケルの人生からバトンを受けたのだと感じていた。
そんなレオはもうすぐ13歳、この世界では13歳になると家を出て全寮制の学校に入学しなければならない。そこで5年間鍛え上げるのだ。これは義務教育というより兵役に近い。
学校にはいくつかの種類があり、基本的には家の職業で入学先が決まる。医者や錬金士などの家系であれば魔術学校、鍛治屋や建築家などの家系であれば工術学校、軍事系の家系であれば軍術学校などだ。
レオの入学予定先は国防魔装学校だった。そこは他と異なり家系に縛られない学校で、いわゆる兵士を養成する学校だ。四女や五男、孤児などの家系からあぶれた人間が多い。軍術学校出のエリートに指揮されて国を守るのが将来の仕事となる。
その学校に通うための準備で兄と街に買い出しに来た時、レオは同じく買い物に来ていた黒髪の少年を見かけて声をかけた。というのもこの世界では黒髪は珍しく、さらにその少年の顔立ちに親近感を覚えたからだった。
「君はどこから来たんだい?」
突然声をかけてきたレオを訝しむように黒髪の少年は鋭い目つきでレオに相対した。
「・・・おまえ誰?」
「あっ、ごめん。自分から名乗るべきだったね。ぼくはレオ=フォン=クロスバッハ。軍術ギルド所属のクロスバッハ家の六男だよ。」
「クロスバッハ?・・・そう。何の用?」
「君の黒髪で珍しいから思わず声をかけてみたんだ。あっ、気を悪くしたらごめん。変な気持ちは無いんだ、ただ少し懐かしくて。」
「・・・懐かしい?」
「あっ・・・。ごめん何でも無い。声をかけてごめんね。ぼくは行くね。気にしないで。それじゃあ。」
初対面でイタイ奴と思われたくないために慌てふためきその場から去ろうとするレオを見つめながら、黒髪の少年もまた自分のカバンから何かを取り出そうと慌て出した。
「おまえ、行くな、ちょっと待て。」
少年の表情は先ほどまでの訝しむ目つきではなく、何かの期待を込めた必死な表情に変わっていた。やっとの思いでカバンから取り出したものは二本の細く短い棒で、それをレオに突き出してこう口にした。
「おまえ、ちょっとこれ持ってみろ。」
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地球という単語を聞いたのはいつぶりだろう。レオはそんなことを考えていた。死ぬちょっと前に読んだ本に地球は一つの生命体とか書いてあった気がする。それでも地球は回っていると言ったのは誰だったっけか。レオは直前の羞恥心とあまりの衝撃的な単語に混乱し、湧いてくる思考を抑えられずに放心していた。右手に持った箸は宙から何かを掴み取ろうとしていた。
「答えろ。地球ってわかるか?」
「・・・・・・えっ?」
まだ混乱から立ち直れていないレオは、目の前の少年が必死になっているのに気づいて、自分が変なことをしたんだと思い至りますます慌ててしまった。
「答えろって。」
少年が問い詰める。
「ごめん、ぼくが変なことを言ったんだよね。なんて言ったのかわからないけど、えーと、えっ、地球?」
レオはまだ戸惑っている。
「そう、地球だよ。おまえそこから来たんだろ?転生者ってやつだろ?」
少年はレオにグッと近づいて更に問い詰めてきた。
「テンセイシャ・・・?地球・・・!?」
そこにレオの三つ上の兄が会話に割り込んできた。
「どうしたんだ?生まれる前のことは封印したんじゃなかったのか?」
この兄はレオが生まれる前の記憶があると主張していたことを知っていたし、レオが羞恥心からその話題を避けるようになったのも知っていた。レオが記憶に蓋をするようになったのはこの兄を筆頭に揶揄われてのことだった。
「チキュウってあれだろ、レオが生まれる前に暮らしてた場所の名前だろ?国の名前はニホンだったか。」
レオの兄は揶揄うつもりでニヤリとしながらレオに言ったが、その言葉にいち早く反応したのは黒髪の少年だった。
「日本!やっぱりいた。やっと会えた。名前はなんだ?”えーと、前世での君の名前を教えて欲しい”。」
兄の登場でレオの混乱は増すばかりだったが、トドメを刺したのは少年の最後の言葉だった。それはこの国の言葉ではなく、この世界の言葉でもなく、紛れもなく日本語だった。レオは状況について行けず、頭が痛くなってきて逃げ出した。店の外に飛び出して、街の中心の広場までかけていき、顔なじみの女性が開いている露店の横に仰向けに倒れ込んだ。
「レオちゃんじゃない、そんなに息を切らしてどうしたんだい。そんなに私の作る”今川”焼きが食べたかったのかい。」
「おばちゃん、ごめん何か飲むものちょうだい。」
「あらあら、ちょっと待ってなさい、いま用意するからね。」
露店の女性はそう言って木の水筒から木のコップに水を注いでレオに差し出した。
「そうそうレオちゃん、今度今川焼きの中に入れる具材を増やそうと思うのだけど、何かアイデアないかい。レオちゃんが教えてくれたこのお菓子はとても好評なんだけど、別の味も食べたいというお客さんが多いのよ。クリームともう一つあるとこの店も盤石なんだけどねぇ。」
レオは水を飲み干してふーっと一息つくと、コップをおばちゃんに返しながら言った。
「あー落ち着いてきた。おばちゃん水をありがとう。作り方はわからないんだけど、小豆と砂糖で作る甘味が合うと思うよ。”餡子”っていう名前。」
「あら、小豆で甘味を作るのかい。そうねぇ、試してみようかしら。試作したら味見をお願いね。」
「わかった。おばちゃんありがとう。」
レオは自分の息が整ったのを確認してから、ゆっくりと立ち上がって前をみた。そして「よしっ」と呟いて兄と黒髪の少年が残っているはずの店に向かって歩き出した。
店のすぐ外にレオの兄と少年がいた。何やらレオの生まれる前の物語について話し込んでいるらしい。所々で日本語の単語がレオの耳に入ってきた。
「あー、ただいま戻りました。」
レオが二人に向かってそう言うと、少年は嬉しそうな顔で、兄はニヤリとした顔でレオを見てきた。
「レオ、良かったな、故郷がお前と同じらしいぞ。少年、楽しかったよ。また話を聞かせてくれよな。レオ、俺は買い物を続けてくるからお前はその少年と話してていいぞ。設定が固まったらまた昔みたいに教えてくれよな。でももう少しリアリティがあったほうがいいぞ。太陽が赤いってのはいまいちだったな。」
そう言ってレオの兄は店の中に入っていった。どうやら彼はこの少年とレオが二人で空想に耽っていたと勘違いしたようで、レオは恥ずかしくなって逃げたと兄に思われたと悟り、恥ずかしさで顔を赤くした。
(そういえば、地球って言葉を最後に聞いたのはこの兄様からだったな。)
「今はレオって名前なのか。前は日本人で合ってるか?その記憶があるのか?」
黒髪の少年が聞いてきた。
「合ってるし覚えてる。えーと、そこに座って話をしようか。」
二人は木陰に移動して座り込んだ。お互いに自分から話したくてタイミングを見計らってる様子だった。レオはまだ箸を握り締めていた。
「えーと、君はなぜ地球と日本のことを知ってるの?」
「”日本語でもいいかな?まだこの世界の言葉と発音に馴染めてなくて、うまく喋れないんだ。日本語は理解できる?”」
「うん、わかる。けど喋るのは慣れてないから僕はククール語で話すね。」
「”わかった。お前も色々と確認したいことがあるだろうけど、まずは俺にとって一番大事なことから教えて欲しい。前の名前を教えてくれないか。”」
「”アイカワタケル”だよ。」
レオがその名前を発したとたん、黒髪の少年は目を見開いて立ち上がり、目に涙を溜め始めた。そして力が抜けたように再びしゃがみ込み、はぁーと大きく息を吐き出した。
「”2000年生まれ、東京都武蔵野市、兄弟は双子の兄と妹の3人、父親の名前は藍川真司、母親の名前は藍川祥子か?”」
今度はレオが呆然とする番だった。一度は落ち着いた頭がまた混乱し始める。
「え?なんで知ってるの。それを知ってるのはこの世界にはいない・・・、いや僕の家の人間なら知ってる。ということは・・・(この子は僕の家のことを調べてる?)、いや親の名前や武蔵野市なんて単語は喋ったことがないはず、たぶんだけど。それにこの子は日本語を話してる。ということは・・・どういうこと?」
「”ブツブツ言ってないで頼むから答えてくれないか?”」
黒髪の少年は焦れたようにレオに問い詰めた。
「あっ、うん。そうだよ。全部合ってる。なぜ君がそれを知ってるのか気になるけど。」
少年は安堵の表情で息を吐き出した。頬を涙が伝ってる。
「”やっと会えた。良かったぁ、あいつが言ってたのは本当だった。どうしてこんなことになったのかは分からないけど、こうして生きて会えたのだから感謝しかない。この二年間辛かったなぁ、だって俺まだ小学生だよ。あっ、もう中学生か。涙が止まらないや。天才で良かったぁ。お父さん、お母さん、ありがとう。拾ってくれた院長にも感謝しないと。”」
「ねぇ、泣いてるの?どうしたの?なんで僕の生まれる前のことを知ってるの?それになんで日本語を喋れるの?」
「”それは、君が俺の弟だからだよ。”」
「・・・・。」
「”・・・・。”」
「・・・・・・・・・えっ?」
「”俺の名前はタクミ、藍川巧。君の前世の双子の兄と同じ名前だろ?マンションの一階に住んでて、連雀小学校に通って、一緒に将棋したり空手や合気道を習ったり。俺ら二人は近所でも天才児で有名だった。覚えてない?というか俺ら一卵性の双子なんだからこの顔を覚えてないのか?自分と同じ顔だぞ。”」
そう言われてみればレオには既視感があった。彼に話しかけたのも黒髪に興味を持っただけでなくなんとなく懐かしさを覚えたからであり、記憶が色褪せたとはいえ忘れてはいけないとても大事な顔のように思えてきた。とはいえ、生まれ変わってからの12年の歳月は長い。レオはこれから自分がしゃべることがこの泣いている少年を傷つけてしまうのではないかと不安になった。
「顔は、記憶にある気がする。”将棋”も”空手”も”合気道”もわかる。天才って言われてたことも覚えてる(兄様達に揶揄われた一番の原因だから)。でも、ごめん、兄と言われてもピンとこないよ。タクミの記憶はあるけど、いまの僕はタケルじゃないんだ。そもそもなんでタクミがここにいるのさ。ここは地球じゃないのに。あの黒い太陽は地球には無いはずだよ。」
「”そうだよな、俺と違ってタケルは転生してるんだから、信じられないのもわかるし、混乱するのもわかる。でも大丈夫、この反応は想定してた。想像する時間はあったし、だって俺は天才だから。”」
タクミは腕で涙を拭って笑って言った。
「”あんなことが起こった後にまたタケルに生きて会えたのが嬉しいんだ。それに、タケルがここにいるなら他にも希望が出てきた。これからは前を向いて生きていけるんだよ。あの黒い太陽に絶望しなくていいんだ。だからタケル、俺が日本語を話したことで俺がタクミだってことは信用できるだろ?それで一つだけ願いを聞いて欲しい。学校に入学したらチームを組んでくれないか。”」
「・・・・・・・えっ?」
「”タケル・・・じゃない、レオ、俺と友達になってくれないか。”」
レオは混乱を超えて思考を停止してしまった。誰も信じてくれなかった(それどころか揶揄いの対象だった)レオの前世で兄だったという少年が現れて、当然のように日本語を話してレオの前世のことを言い当ててくる。それだけでも衝撃的なのに、最後のオチが友達になって欲しいだとは。話の落差が大きすぎてレオは呆然としてしまった。
「う、うん。えっ?学校でチーム?どういうこと?・・・同じ学校なの?」
「さっきレオの兄ちゃんに聞いた。おまえ国防に入るんだろ?俺もだ。あそこのカリキュラムは小隊が基本だから同じチームになってくれ。」
タクミはレオの混乱を見て、敢えてククール語に切り替えた。
「あー、うん。わかった。いや、ごめん、ちょっと考えさせて欲しい。頭を整理しないと。気持ちも。」
「ゆっくりでいい。あと、俺は西の森の孤児院にいる。孤児だからそっちに会いには行けないけど、おまえがこっちに来ることはできる。聞きたいことがあれば来て欲しい。聞きたいことがなくても来てくれたら嬉しい。」
「あー、それはわかった。」
「良かった。おまえの兄ちゃんが買い物終わったみたいだから、今日はこれでさよならしよう。俺も買い物がある。また会えるのを楽しみにしてる。」
「わかった。・・・一つだけ教えて欲しいんだけど、なんでこんなものを持ち歩いてたの?」
レオは手に持った箸を掲げてタクミに問いかけた。
「"今川焼きなんて名前のものが売ってたから日本人がいると思ったんだ。日本人を見つけるなら米か箸だろ?”」
タクミはニッコリ笑って日本語で答えた。
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