第2話 孤児院は実験場

レオは西の森を目指して一人で歩いていた。実はすでに二度、兄に連れ添ってもらってタクミに会いにきており、それゆえ一人でも道順に不安は無く迷子になる心配もなかった。また、クロスバッハは軍術系の名家であり、レオは幼少の頃より戦闘系の技術を叩き込まれていて、特に組手と狙撃の腕はすでに学校を卒業している二つ上の兄をも抜く実力を持っていたので、たとえ魔物が出る森であろうと一人で森をウロつくことについての不安は持っていなかった。


ちなみにこの国には王族と貴族が居らず、各ギルドが主要な権力を握っている。統治は主要ギルドからの代表者による集まり「十人会」が執り行い、十人会が指名した人材が各都市の市長となり実務を行う仕組みになっていた。主要ギルドのうち、軍術ギルドからは四つのギルドが十人会に参加している。そのため自然と軍事国家の道に進んでしまうように思えるが、実際には軍に権力を持たせないための工夫であり、四つの軍術ギルドに権力争いという名の仲違いをさせることで軍事力が一極集中しないように配慮してあった。


レオは森の入り口まで来ると、立ち止まって鞄から一眼のスコープを取り出した。


「サーチオン・ゴースト」


レオはそう唱えてスコープを覗き込み、森の方角を隈なく調べ始めた。すると孤児院の方向に強い反応を見ることができたが、レオはそれを無視してまた違う方角を調べた。


「うん大丈夫、魔物はいないや。」


そう呟いてスコープを鞄に戻すと、背負っていた弓の端を地面に刺して、しならせて弦を取り付けた。この弓もスコープと同じく魔術具である。針のような形状の貫通力の高い矢を具現化することができる優れもので、矢を持ち歩かなくて良いというメリットがある。更にレオの特技により射線を曲げたり回転させて攻撃力を上げたりすることができる。


レオは弓を片手に再び歩き出し、森の中に入っていった。ここの森は背の高い木が多く、木の上の方でのみ枝を伸ばして葉を広げるため、根本のほうは邪魔な枝や茂る雑草が少なく歩きやすくなっている。


ふと遠くに目をやると、向かって10時の方向に大きな牡鹿がいるのが見えた。レオは少し考えた後で、孤児院への土産を増やすべく鹿を狩ることにした。少し遠いので風向きに気をつけて鹿に近づく。ある程度まで近づくと鹿がレオに気づいたのか耳をピクピクとさせ始めた。


これ以上近づくのは難しいと判断したレオは、巨木のすぐ向こうにいる鹿の頭だけが見える位置に移動し、弓を横に構えて弦を引いた。レオが弦を引くと同時に何もなかったところに赤味がかった針のような矢が現れ、レオが弦を弾くと矢が射出された。矢は鹿の足元前方に向かって進み、鹿の手前に到達したところで巨木を巻き込むように跳ね上がって鹿の顎から頭を貫いた。鹿は一瞬で絶命し、その巨体で地面を揺らした。


「ふー、うまくいったぞ。あれは一人じゃ運べないから、血抜きだけして後でみんなで取りに来よう。」


レオは近くの斜面に鹿を移動させて、頭を下にした状態で鹿の動脈を切った。


「これでよし、オオカミとかクマに横取りされなきゃいいけど。」


と、レオがその場から去ろうとしたとき、空からレオに向かって落ちて来るものがあった。それはレオの前方に落下し、衝撃波とともに2メートルほどのクレーターを作った。レオは反射的に「プロテクト」と呟いてシールド型の魔術具を展開し、衝撃波から身を守った。そして急いでクレーターから距離を取って巨木の後ろに身を隠し、弓を引き絞って矢を具現化した状態のままそっとクレーターのほうを覗き込んだ。


土煙が消えたとき、レオがその中心に見たものは土下座した鳥だった。


「・・・・・・・”スズメ?”」


「突然こんな不躾なことを申し出てしまい大変心苦しいのですが、何卒その牡鹿を拙者に譲って頂けないで候か。腹を空かせて彷徨っていたら、なんと拙者の好物の匂い、居てもたってもいられなくなり、真っ逆さまに落ちてきた次第で御座います。何卒、何卒お情けを頂戴したく。」


「・・・・・・・”武士?”」


レオはブンブンと頭を振った。タクミに会ってからレオの頭には日本語が浮かびやすくなっていた。


「タクミと会って前世の記憶がハッキリしてきたのかな。えーと、君はゴーストだね。自律型のゴーストを見るのは初めてだ。確か自律型ゴーストは自由気ままで扱いにくいけど、嘘がつけなかったはず。さっき言ったことは本当のことってことだね。」


「その通りで御座います。何卒その牡鹿を頂ければこれ幸い。」


鳥は土下座をやり直した。


「ふふっ、言葉使いが可笑しいね。いいよ、あげる。でもその前に一つ教えて、君は人間を襲ったことある?」


「いいえ、誓って御座いません。そんな事をしたらマスターに丸焼きにされてしまい候。」


「君は誰かの使役獣なんだね。じゃあ鹿は置いてくから自由にしていいよ。それじゃあね。」


「かたじけない。このご恩は必ずお返し致します候。」


「ふふっ、いいよ、気にしないで。」


鳥は直立不動のお辞儀をしてレオを見送った。



引き続き森を歩きながら、レオは師匠の言葉を思い出していた。師匠とは祖父のことで、クロスバッハ家では孫が生まれると家督を息子に譲り、隠居して孫の教育に当たるというのが伝統だった。レオも祖父を師匠と崇め、勉学から戦闘術まで幅広く知識と技能を叩き込まれている。


「レオよ、ゴーストとはこの星におけるテクノロジーであり災害じゃ。生き物を構成する三元素の一つ、幽体がその本質じゃが、その幽体をエネルギー源に起動するのが魔術具じゃ。その効果は多岐に渡り、今なお研究と開発が続いている。ゴーストをエネルギーとして使った例じゃな。そして幽体が暴走して肥大化し、精神体を食べてしまった状態が魔物じゃ。これはより原初の欲求が強い肉食の野獣がなりやすい。人間は精神体が非常に強いため魔物になりにくいが、絶望して考えるのを止めたときや、薬物で自我を殺した時に魔物化してしまうときがある。魔物化はゴーストが災害化した事例じゃな。」


「師匠は人の魔物と戦ったことあるの?」


「・・・ある。」


「強かった?」


「悲惨じゃった。レオよ、人の魔物化ほど悲しいことはない。とにかく肉体を鍛えなさい。強い肉体に強い精神体が宿り、強いゴーストを扱えるようになるのじゃ。ちなみにゴーストから消費したエネルギーは肉体から補填される。」


「つまりどういうこと?」


「体重が減る。」


「???」


「魔術具を使い続けると疲れて腹が減るのじゃ。最後には倒れて動けなくなる。」


「走り続けると疲れて動けなくなるのと同じってこと?」


「厳密には違うのじゃが、似たようなものじゃな。」


「あの鳥はゴーストだったから、幽体のみの存在が何かしらの原因で肉体と精神体を得たってことだね。自律型ってことは高位の幽体だったのかな。地球でいう”精霊”みたいなもの?使役獣だったから誰かに無理やり受肉させられたのかも。高位の幽体を受肉させるなんてとんでもない人がいるものだなぁ。」


鳥と別れてから30分くらい歩いたところで孤児院が見えてきた。木漏れ日の奥に建物があり、建物の前が広場になっている。


「よし、もう少しだ。」


そのとき孤児院の広場の端で爆発が起こった。


「うわっ、ビックリした。」


レオは鞄からスコープを取り出して覗き込んだ。


「あれは見るからに魔物だなぁ。元はイノシシかな。大分膨らんでるけど。」


レオは魔物の周辺を探るようにスコープを動かした。


「大人と子供で距離を取って魔物を囲んでる。あっ、魔装してる人もいる。あれタクミかなぁ。違う、タクミ居た。素手じゃん。大砲みたいなのもあるぞ。さっきの爆発はあれを撃ったのかな。子供らの中距離射撃で魔物の動線を絞って大人が近距離で魔物を削ってる。流石だなぁ。行ってみよっと。」


レオはスコープをカバンに戻して弓を片手に走り出した。レオが孤児院に着くまでに二回爆発が起こり、孤児院に着くころには魔物は削りに削られて動けない状態となっていた。魔物はゴーストが肥大化しているためエネルギー量が多く、削るのも大変だが絶命させるのはもっと大変で、ゴーストにより硬化された外皮を深く突破しなければならない。レオが孤児院の広場に到着すると、大人達の声が聞こえてきた。


「測定するぞー、準備しろー。リアムは新型ブレードの出力を最大にして待機、ミナはマル対の反撃に備えてプロテクト展開、タクミはマル対が動きそうになったら削って阻止。」


どうやら新型ブレードの性能を試すようだ。軍術ギルドかどこかのギルドの開発部隊にそう指示されているのだろうとレオは思い至った。


「こんにちはー。また来ましたー。」


「おう、レオ様か。ちょっと待っててくれ、さっさと実験を終わらせないといけないからな。」


指示をしていた大人の一人が答えた。


そう、この孤児院は魔術具の試作品の実験場なのである。軍術ギルドが運営主となっており、試作品を試すとともに孤児を兵隊として育てて国のために活かすという、一石二鳥の施策を取っていた。孤児院運営資金を捻出するために他のギルドからの依頼をこなすこともある。孤児としても、都市の結界の外という危険はあるが、衣食住が保証されて将来の仕事にもありつけるこの状況は願ったりで、結界の外で生き残るために日々体を鍛えて技能を磨くのであった。


「よし、測定準備OKだ。リアム、やれ。」


「はい!」


すると返事をした魔装姿の青年が魔物に向かって駆け出し、跳躍をしてブレードを上から魔物に叩きつけた。ブレードはきっちりと振り下ろされ魔物を真っ二つにしたかに思えたが、魔物は切れることなくそこに残存していた。


「なるほど、あれは実体のない剣なんだね。」


常に炎を噴射している剣といえばわかりやすいだろうか、実体が無いため物理的に弾かれることがなく、戦闘を有利に進められるだろう。特に初見では止めにくい。


「でもあれは燃費が悪いだろうなぁ。当てたからといって必ずダメージが通る訳でも無さそうだし。」


斬撃した後に距離を取っていたリアムに指示が飛ぶ。


「次は突きだ。リアム用意。」


「はい。」


リアムが突きを繰り出すべく駆け出そうとした時、うずくまっていた魔物が頭だけを持ち上げて首を振る動作をした。


「ミナ防御、タクミは動きを止めろ。リアムは上から行け。」


「「「はい。」」」


三人の返事が重なった後、最初に動いたのはミナだった。


「プロテクト・キューブ。」


魔物の正面に飛び出したミナはボックス状の防御障壁を展開して魔物が鼻の先端で放った斬撃を止めた。次にタクミが横から近づいて魔物の胴を掴み、柔を使って一呼吸のうちにひっくり返した。


「おいしょ。リアムよろしく。」


腹が空を向いた状態の魔物の上からリアムが落ちてくる。ブレードは重力のままに魔物の腹に突き刺さり、魔物を絶命させた。


「やったね。」


ミナが喜ぶように声をあげる。


「うーん、タクミがマル対をひっくり返しちゃったからなー。柔らかい腹じゃなくて硬い外皮側でデータを取りたかったけど、うーん。怒られるかも。」


「ゼルさん、これ壊れちゃったみたい。」


ゼルと呼ばれた男が振り向くと、リアムが新型のブレードの出力を上げたり下げたりしているところだった。出力が変わるたびに揺らいだり消えたりしている。


「あー、これ絶対怒られるやつだ。」


ゼルは見たくないと言わんばかりに手で目を塞いで空を仰いだ。


「ゼルさんドンマイ。」


タクミがそう言うとゼルはタクミを見て、


「後で反省会だからな。」


と言った。


「うわー、タクミさんご愁傷様です。ちーん。」


とミナ。そこに到着したレオが割り込んだ。


「前に来た時も思ったけど、みんな仲が良いよね。いいな、この雰囲気。うちなんてスパルタだもん。」


レオはタクミの側に寄ってお疲れ様と言った。


「ちゃんと一人で来れたな。よしよし。」


「そりゃ来れるよ。もしできなかったら師匠に何をさせられるか・・・。」


レオは師匠による鍛錬を思い出して気持ちが暗くなった。


「いらっしゃいレオ様。またお会いできて光栄です。」


「僕もだよミナ。君みたいな美人に会えて嬉しいよ。」


「まぁ、お上手ですね。成人したら是非、私を妾にして下さいね。」


「僕は六男だから妾とか無理だよ・・・。タクミー、ミナがいじめてくるよぉ。」


「おまえが女慣れしてるほうが怖い。」


そんな風に三人で談笑していると、ゼルが遠くからタクミとミナに声をかけた。


「タクミー、ミナー、マル対を解体するから手伝え。レオ様は先に院に行っててくれ。リアムは魔装を解いて解析に回してこい。サキ隊は大砲を片付けてリヤカー準備。ブフリ隊はデータ解析と映像編集をしてレポートを準備しろ。急げ、さっさと終わらせるぞ。」


「オーケーボス、レオまた後で。」


タクミはレオに手を振って魔物の残骸のあるところに駆けていった。

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