第9話 タクミの強さの理由とは?
ここでタクミの強さについて触れておく。
それには二つの理由があった。
一つは重力の違い。この星の質量は地球よりも小さく重力が弱い。そのためにタクミはこの星の住人よりも密度の高い筋肉を持ち、速く動くことができた。力とは重さと加速度である。両方を凌駕するタクミは、魔術具が使えずとも比肩するもののいない力を発揮することができた。
だが、それだけでは肉弾戦で魔物に匹敵できる理由にはならない。なぜなら魔物の方が遥かに重く、ゴーストの恩恵も受けているのだから。
タクミの力を人外のものにしているのは二つ目の理由のほう。
実はタクミはゴーストを使えないのではなく、外側に放出できないだけで内側に溜め込むことは出来ていた。これを実現しているのが武道の呼吸法であり、地球でいうところの気を練る行為そのものである。ゴーストの影響が強いこの世界では、気を練ることで得られる力が地球の何十倍にもなった。タクミが高いゴースト感度を持つのもこのことに因る。
二つの理由により、タクミはこの世界で素手で魔物と渡り合える稀有な存在となっているのだが、とはいえ無双できるほどこの世界の軍事力は甘くはない。人間の最大の武器はどの星でも変わらないのだ。そう、数と知恵である。
————
レオとタクミは2対4で躓いた。2対3は相手がメイドではなく、ハンターギルドのB級中堅パーティだったこともあり余裕でクリアしたのだが(時々ハンター達がトレーニングのためにクロスバッハ家の訓練場を利用していた)、2対4から登場したクロスバッハ家の家臣で最強の男、警備長のグレイにより強化された連携を崩せず、シールドの使えないタクミが削られてリタイアするパターンで終始した。途中で昼飯休憩がてら長めの話し合いを入れたが、その後に再開した戦闘でも結果は同じであった。
「うーん、崩せないね、どうしようか。」
「”思い切ってグローブとブーツを外してみようか。攻撃は全てレオが担当して、俺は捌きと陽動でレオの援護をする形はどうだ?”」
「それだと相手からみてタクミが怖くないよね。グローブだけ外そうか。」
「”あとさ、レオの技の中でソナーみたいなのできない?相手の全員の位置がわかると良いんだけど。”」
「このスコープがそんな仕様だけど、ずっとオンにしてたら僕の位置がバレちゃうよ。」
「”それを纏でできないか?矢にその特性を纏わせて着弾したら球状に放出とかさ。”」
「難しいことを言うね。やってみようか。」
レオは弓に矢をセットし、自分のゴーストを上乗せして特性をイメージさせた。
「探針。」
そう呟いて射出して近くの木に当てた。言葉を呟いたのは言語化したほうがイメージを具現化しやすいからである。
「うーん、僕は感じないなぁ。どうだった?」
タクミはニヤリと笑みを浮かべ、親指を立てた拳で応えた。
——-
「それでは今日最後の戦闘訓練じゃ。始めるぞい。」
師匠の号令でスタートした直後、レオがまず訓練場の中央に矢を撃ち込んだ。この行動を見たグレイの脳裏に浮かんだのは、敢えて位置を知らせることでシールドの使えるレオが前衛となりタクミが潜むという戦術であった。
グレイはそれを逆手に取り、レオに長距離戦を仕掛けるようメイド達に指示をした。二人がかりなら撃ち負けることはない。そしてもう二人で潜んでタクミの襲撃を待つ。人数で勝っている限り崩される事はないと考えていた、自分達の位置がバレていなければ。
「いくよ、ねーさん。」
背の小さい可愛らしいメイドが言った。
「ミクルちゃんがお姉さんでしょ。」
背の高い大人びた美人のメイドが答えた。
「誰が見てもヤクルの方がねーさんなんだもん。」
背の小さいミクルが不貞腐れた声で言った。
「まぁそう見えるわよねぇ。」
大人びたヤクルはおっとりした声で答えた。
「死ね死ね死ね。」
「ミクルちゃん、レオ様に向かって死ねはないでしょ。」
そんな雑談をしながら、メイドの姉妹、ヤクルとミクルがレオに向かって矢を放つ。姉妹の矢にはレオのような多彩な効果は付与されていないが、その分だけ速度と威力に優れていた。
姉妹の矢がレオの周りを吹き飛ばしていく。姉妹はレオを牽制するだけで良いため、狙いを定めずに乱射していた。
レオも曲射で応戦した。姉妹にとって、真横や真上からから飛んでくる矢は多方面に意識を取られるため厄介だった。ヤクルがそれらをシールドで防いでミクルを射撃に専念させる。そうして二人でレオを遠距離に釘付けにしていた。
が、実は釘付けにされていたのは姉妹のほうであり、レオは時折【探針】を打ちながらタクミに敵情報を送っていたのである。そしてタクミは固まって潜んでいる二人を強襲する。グレイと、もう一人はメリルだった。
タクミが二人に接近した時、まずメリルが風切音で危険を察した。が、方向がわからない。それもそのはず、タクミが近づいていたのは空中からだった。レオが曲射でヤクルの意識を散らし、タクミが大木の上から飛び出すのを隠したのだった。
タクミはまずメリルに狙いをつけ、空中でメリルの襟を掴んで宙にひっくり返し、着地と同時に蹴り上げた。本当はそのまま飛び蹴りのほうが良かったのだけど、威力が強すぎる懸念があったので手加減できるほうを選んだのだった。
光り輝き明らかにリタイアとなったメリル。その影でグレイが抜刀していた。形状は細身でレイピアに近い。
タクミは抜き打ちの一線をしゃがんで躱し、返しが帰ってくる前にしゃがんだまま下段の回し蹴りを放った。グレイはそれを飛んで躱し、返しの一線をタクミに打ち下ろした。しかし、立ち上がりながら間合いを詰めたタクミに持ち手を止められて、更に上段蹴りの対応に迫られた。
「プロテクト」
タクミの上段蹴りはシールドに阻まれたが、シールドのほう粉々に砕け散った。シールドは壊されると機能障害が起こってすぐには再使用が出来なくなる。
着地したグレイは、持っていた剣を消して逆手に出現させた。それでタクミに斬りかかるが、その刃が届く前にタクミによって空中に投げ飛ばされた。
「線撃:燕。」
空中で距離があるにも関わらず、グレイはタクミに斬撃を放った。すると斬撃が光の筋となってタクミに襲いかかる。タクミが躱し切れずに掠って少し光ったところで、グレイの体を二本の矢が貫いた。レオの地を這うような曲射がグレイを捕えたのだった。
(”あと二人。”)
すぐにタクミにも矢が飛んでくるはずであるため、一旦退避して潜み直す。
「ねぇねーさん、メイド長とグレイさんがやられちゃったよ。」
とミクル。
「あらあら、メリルと警備長がやられちゃったのね。どうしようかミクルちゃん。」
とヤクル。
「グレイさんがやられるような相手ならもう勝てないんじゃないの。」
「簡単に諦めちゃダメよミクルちゃん。」
「わかった、じゃあ行ってくる。イヤッホーイ。」
と、弓を捨て、はしゃいだ表情で高台から飛び出していった。
当然、無防備なミクルはレオに狙われる。レオのいる方角から上空に複数の矢が打ち上がり、ミクルを取り囲むように殺到した。
「プロテクト:カラム」
それをヤクルが、ミクルの周りにトンネル状にシールドを張って防御した。ミクルの進行方向のみシールドが無いため、そこから侵入してきた矢はミクルが剣を具現化して叩き落とした。
再度レオから矢が打ち上がる。今度は二手に分かれてミクルとヤクルに殺到した。ミクルは自分の剣撃で叩き落とす構え、ヤクルはシールドを張って対処しようとした。
その時ヤクルを横から狙う影があった。タクミである。ヤクルがタクミに気づきシールドを広げたが、タクミによって割られてしまう。具現化させた矢を手にとってタクミを牽制するが、一手早いタクミの下段蹴りにより体勢を崩してしまい、その後の逆足による中段蹴りでリタイアとなった。
ミクルの方も、複数の矢による多角的な攻撃を剣で捌いたところでレオによる直線的な【投網】に捕まり、その後の射撃を捌けずにピッカピカに光ってリタイアとなった。
「あー負けちゃったー。レオ様ひどい。」
ミクルが項垂れる。
「警備長がやられた時点でもう勝ち目は無かったのよミクルちゃん。」
「諦めるなって言ったのはねーさんじゃん・・・って何でお姫様抱っこをされてるのさ。スッキリした顔をしちゃって。ズルい!」
ヤクルはタクミに、「動けないの、責任を取って」と迫って強引にお姫様抱っこをさせたのだった。どうやらソラリスがされてるのを見て羨ましくなったらしい。
「だって凄い激しくされて、動けなくなったんだもん。」
まだ女性に慣れていない、思春期に足を踏み入れたばかりのタクミは固まってしまっている。
「タクミを揶揄うのはやめてあげて。」
レオが助け舟を出す。
「イヤです、レオ様みたいな女性慣れした人よりタクミさんのような初心な殿方のほうが好みなのです。」
ヤクルはタクミに抱きついて離れない。
「ヤクル、離れなさい。タクミくん、済まなかったわね。良い蹴りだったわよ。」
メリルが言うと、ヤクルは瞬時に姿勢を正して立ち上がった。そしてタクミの頬にキスをすると、メリルとミクルと共に去っていった。
タクミはヤクルの香りを間近で感じてしまい、どうしていいのか分からず、ただドギマギしていた。何故かはわからないが、試合に勝って勝負に負けたように感じていた。
「“ここのメイド、怖い。”」
「そう?みんな優しいよ。」
タクミの独り言が耳に入ったレオが笑いながら答えた。
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