第11話 出発の朝
普通にヤクルの申し出を断り、タクミは一人部屋でレポートを読んでいた。
それによると、襲撃してきた魔物は三体、そのうち喋る知能持ちが一体、喋らなかったが知能があると思われる魔物がもう一体、もう一体は通常の魔物と思われる。そのベースは、喋ったのが猿、喋らないのが熊に近い。通常の魔物は巨大なトカゲだった。先行して襲ってきたトカゲは、空から降ってきたらしい。孤児院のメンバー三名(ゼル、リアム、ヴィル)でトカゲは難なく撃退できたが、その後に乱入してきた知能持ちの二体のうち、熊のほうに建物を破壊された。そして猿が壊れた建物内に残された非戦闘員(ギルドの調査隊)の命と引き換えに責任者の女を要求。院長が自発的に出ていき、何かを話した後に単騎で猿と交戦。背後から熊に昏倒させられて拐われていった。調査隊のデータは建物の崩壊により破損して残っていない。しかし観測者の言葉では三体とも使役獣の痕跡が無かったとのこと。群れるという記録のない魔物が群れたとすると最悪の事態が想定される。
行方不明者
べヘリ=ギンガム(孤児院長)
負傷者リストは後日レポートするとある。
その後、タクミは考え事をしながら寝た。なぜかタケルと妹のタズナと三人で手を繋いで歩く夢を見た。まだ小学校に入る前の年齢だろうか。タズナが言った。
「”にぃに、ほしがこわれる。ちょっとまちがえちゃったみたい。”」
「”何をまちがえたんだ?”」
「”つかいかただよー。”」
「”何の?”」
「”なんのだろー。”」
「”誰が?”」
「”だれがだろー。”」
そこで起きた。
「変な夢。」
タクミは頭をかいてそそくさとベッドから這い出た。寝る前にソラリスが持ってきてくれたツナギの戦闘服に着替え、椅子に座って水を飲む。すると窓の外から声が聞こえてきた。
「グレイさん、おはようございます。ゼルさん、怪我は?」
窓から覗くとグレイとゼルが見えたのでタクミは声をかけた。他に数名がいた。ゼルが返事せずに手招きをしたのでタクミは窓から飛び降りようとしたが、ゼルが慌てて止めるジェスチャーをしたため踏み止まった。迂回してこいという。
「おうタクミ、心配かけたな。また知能持ちが来るんだから参ったよ。つえーの何のって、よくあんなのと渡り合ったな。しかも一人で。お前、もう俺より強いんじゃねーのか。」
「怪我は?それと皆は?」
「俺はゴーストが枯渇しちまって動けなくなっただけよ。後はかすり傷だな。まだ本調子じゃねーが、ちゃんと食べたから道々回復するだろうぜ。リアムも同じだ。ただアイツは魔装でゴースト枯渇だから縮んじまってるよ。しばらくは待機だな。ヴィルが脳震盪で記憶が飛んじまった。院長とミナのことは聞いてるな。」
「うん。」
「その辺は道々話そう。今はサキが院長代理だ。」
「サキなら大丈夫。みんな安心してるはず。」
「ああ、そうだな。」
そこへグレイが近づいてきた。
「おはようございます、タクミくん。要望のソナーですが、ひとまずこれでどうかと開発部が持ってきました。スコープにバッテリーとゴースト発振装置をつけて、代わりに一部の装置を外したものだそうです。バッテリーは内蔵ゴーストを貯める装置で、そのボタンを押すと起動します。反射した発振ゴーストはそのレンズを通すと増幅されるらしく、スコープの覗き穴をタクミくんがゴーストを検知しやすい部位に当てて使うと効果が上がるかもということでした。」
グレイは紙を広げて中身を読みながらタクミに説明した。開発部からのレポートだろうか。
「ありがとうございます。試してもいい?」
「もちろん。そのツマミで出力を調整して下さい。出力が強いほど索敵の距離が伸びますが、内蔵ゴーストの消費が大きいそうです。あと全方位ではなく前方の30°くらいが範囲とのことでした。」
タクミは出力を最小にしてゼルに訓練場の方向に立ってもらい、その方向に向けてボタンを押してみた。ゼルが持つ魔術具は反応したが、訓練場からは反応がない。今度は最大にしてみる。すると訓練場で誰かが魔術具を使って訓練している反応が感じて取れた。その後に色々と実験をして、最小で30メートル、最大で500メートル程度とわかった。また、左の親指を覗き穴に添えて使うと一番感度が高い気がした。300メートルの索敵設定で内蔵ゴースト満タン時に30回使用可能、このくらいが実用的だろうか。ちなみにクロスバッハ家の建物内はまったく参照できなかった。盗み見防止の反射フィールドが張り巡らされてるらしい。道理で建物の出入り時に違和感を感じるわけだ、とタクミは思った。
「それと、会話を通信に乗せる魔術具はまだ存在しません。予め決めておいたパターンを送る程度の通信技術は実用化されているのですが、それで連携を取るにはかなりの訓練が必要なのと、大きくて重いので基地間の通信くらいにしか使えていないのが現状です。ですので今回はご用意できずということになります。」
「わかった、大丈夫。」
タクミはモールス信号なら使えそうと思ったが、携帯性が悪いのでは実用性は低いだろう。地球の技術が使えれば良いのだが、理論はわかっていても実際に作る技術はない。集積回路など作り方も設備もわからない。ナノメートルオーダーの技術が使われているらしいが、どうすればそんなことができるのか。巷に溢れていたプラスチックもそうだ。タクミは地球の人々の偉大さを改めて感じた。
タクミがそんなことを感じていたとき、グレイは何かに気付いて空を見上げていた。空には鷹のような鷲のような一羽の鳥が黒い太陽を周回するように飛んでいた。
「それではタクミくん、レイブン家の者が到着したようなので迎えに参りましょう。レオ様も向かっているはずです。」
そう言うと、グレイは周りの人間に指示を出してから正門の方向に歩き出した。その歩き方は言い表せないくらい格好がよく、警備長というより執事長という方がしっくりくる気がした。
「ゼルさん、グレイさんってかっこいい。」
タクミは小声でゼルに言った。
「そうかぁ、なんか気取りすぎてて、なんかこうゾワゾワするんだよな。あいつ、国防で俺と同期なんだぜ。当時は荒くれてたのになぁ。」
ゼルは歩きながら、タクミに学校時代のグレイとの因縁について語り出した。統括すると、グレイが隊長として指揮してた隊とゼルが隊員として属していた隊はライバル同士で、グレイの隊のせいで万年次点だったという話だった。極めつけは、ソロで学年No.1を決める卒業記念大会の決勝でグレイとゼルが対峙していて、そこでグレイに中距離から圧倒されて近づけず、為すすべなく破れたのをタクミに大げさに熱く語り、結果タクミの中でゼルの評価が下がるという可哀想な時間となってしまった。
ちなみに国防ではソロ行動を重視していないため、卒業記念大会は成績に関係のないただのお祭りとなる。古今東西、「最強は誰だ」に盛り上がるのは変わらないらしい。
ゼルとタクミがグレイに付いて歩いていくと、正門に数人の人影が見えた。レオが知らない女性と話している。ユピルとヤクルの姿もあった。
「あっ、タクミ、おはよう。紹介するよ、この人がアンジュだよ。アンジュ、こっちがタクミ。」
タクミは駆け寄り、レオが紹介してくれた女性に頭を下げた。が、頭を上げた時に女性の目が閉じられているのに気づき、慌てて言葉で挨拶をした。
「タクミです。よろしくお願いします。」
タクミがそういうと、アンジュは少し笑ってから答えた。
「優しいのですね。大丈夫ですよ、見えています。アンジュ=レイブンです。こちらこそよろしくお願いしますね。」
レオやタクミよりも頭一つ分だけ背が高く少しぽっちゃりとした女性は、微笑みながらタクミに手を差し出してきた。変わらず目は閉じていた。
タクミはその手を握り返し、握手をした。と、その時に地球でいう狼のような動物がアンジュと握手をしているタクミの手を鼻で嗅ぎ、ペロッとひと舐めをしてきた。次いで上空から鷹のような動物が降りてきて、タクミの腕に止まった。
「あら、びっくりしないのですね。やっぱり優しい方。紹介しますね、この子達は私の目であり家族でもあるリヨンとルコンです。」
アンジュがリヨンと言ったときに狼の方がウォーンと鳴き、ルコンと言ったときに鷹の方が翼を広げて挨拶をしてきた。
「はは、よろしくリヨン、ルコン。」
「アンジュは目が生まれつき見えないんだよ。でも、その代わりにギフトがあったみたい、使役獣の五感と感情を通して周りを確認することができるんだ。使役獣との繋がりが強いんだろうね。それで今回は連絡係と索敵と連携の軸を担ってもらう予定だよ。」
レオが説明してくれた。
「それじゃあ、時間がもったいないからこのまま出発しよう。朝ごはんと各種すり合わせは行軍しながらやるよ。グレイ、荷物の準備は終わってる?」
「はい、レオ様。ユピルとヤクルが兵站を担当します。」
「アンジュ、ユピル達に道案内を一匹つけてくれる?」
「わかりました。」
すると、アンジュのバックの中からリスのような動物が頭を出し、地面に飛び降りてヤクルの肩に登った。リスにしてみれば背の高い方を選んだだけなのだが、ヤクルはユピルに勝ち誇った顔をしていた。
「では、ゼルさん、アンジュ、タクミ、行くよ。まずは孤児院を出発地点に設定。タクミとルコンは現場に先着して魔物の残滓を確認。方角を決定したらルコンを通じてアンジュに連絡。そして僕たちと合流まで孤児院で待機すること。質問はある?」
タクミが手を挙げた。
「隊長はゼルさんじゃないの?」
「さっき父様に言われて、僕に隊長代理をやれってさ。ゼルさんは実質相談役。経験を積ませたいみたい。」
レオは肩をすくめながら言った。
「了解、ボス。」
タクミは敬礼をしてレオを揶揄った。
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